第十三話 彼女を守る為に
ルーカスはファルネーゼ卿と今後についていくつか会話を交わし、話を終えた。
その後は屋敷の執事長に話を通し、イリアが不自由しないよう身の回りの世話を任せて——公爵邸を後にした。
すぐにイリアと顔を合わせるのが気まずかったからだ。
だからまずは、彼女が目覚め記憶喪失である事実を、陛下と公爵家の主たる父に報告し、今後の方針について話し合おうと考えた。
仕事を放り投げて来た事も、気掛かりだった。
ロベルトが代わりにこなしているのだろうが、それに甘えて任せきりには出来ない。
報告を終えたら職務に戻り、やるべき事を終えてから改めて、イリアと話そうと思った。
行政区へ向かう場所に揺られながら、ルーカスは考えを巡らせる。
イリアを守る為、自分に何が出来るのか——を。
(存在の秘匿は絶対だ)
素性について知っているのは陛下と父のグランベル公爵、ゼノンにディーン、そこに自分を含めた五人。
情報の漏洩に繋がる可能性もあるため、これ以上知る人間を増やすわけにはいかない。
(少なくとも、イリアが記憶を取り戻すまでは)
ファルネーゼ卿と公爵邸に仕える使用人には、彼女に関すことを口外しないよう緘口令を敷いている。
あの日の討伐に関わった騎士団員にも同様の処置を取っているが、再度徹底する必要があるだろう。
(貴族の間で既に広まってしまった噂については、別の餌を撒き話を逸らす事としよう)
話題に上がらなくなれば、噂など自然と廃れていくものだ。
(……身の安全の確保も必須だな)
以前の彼女は何人も寄せ付けない強さを持っていたが、記憶のない状態では戦えるのかさえ怪しい。
公爵邸で過ごしてもらうにしても、今の警備状況では心許なかった。
可能な限り自分も傍で見守るつもりだが、常に一緒に居られるとも限らない。
公爵邸の警備を強化し、可能であれば専属の護衛を付けるのが良いだろう。
(この件は陛下——伯父上と父上に相談してみよう)
陛下は一国を背負う為政者に相応しく厳格な人だが、義に厚い面も持ち合わせている。
六年前の戦争で亡くなったカレンを、動ける状態になかったルーカスの代わりに王国へ連れ帰り、教皇の名代として葬送の儀を取り仕切ったのがイリアだ。
ルーカスの恩人である事も加味して、良い様に取り計らってくれるはずだ、という確信があった。
(そして、真相究明。彼女の身に何が起こったのか、探らないとな)
真実を突き止めるためには、情報が必要だ。
彼女の記憶が戻ればそれが一番の近道だが、一昼夜で解決する事ではない。
積極的かつ迅速に行動しなければ、とルーカスは考えた。
あちらの状況を知るため、ディーンには早めに次の任務へ就いてもらう事になるだろう。
(彼女を良く知る、あいつと上手く接触出来るといいんだが……)
「あてがある」と言ったのは、それだ。
ただ、直接の連絡手段はないため、事前に示し合わせるのは難しい。
ディーンの働きに期待するしかない。
もうすぐ、アルカディア教団教皇聖下による聖地巡礼も執り行われる。
各国で人の流れが大きくなる時期、情報が得られやすくなる反面、警戒も必要だ。
今考えるべきことはこれくらいだろうか——と、思考を終えて、ルーカスは窓の外へ視線を向けた。
馬車の窓から見える王都は人々が行き交い、様々な感情を見せながら日常を送っている様子が垣間見える。
一見すると王都は今日も平和に見えた。
だが、世界は脅威に溢れている事をルーカスは知っていた。
最たる危機は帝国——エターク王国の南に位置するアディシェス帝国だ。
帝国は女神を是としておらず、反女神教とも言える独自の宗教〝エクリプス教〟を興し、国を挙げて空想で作り上げた魔神を心棒している。
〝力こそ全て。強さに勝る正義はない。〟
という教義の下、殺戮、略奪、暴力による支配を肯定し、各国への侵略を繰り返しているのだ。
ルーカスが〝救国の英雄〟と呼ばれるに至った、六年前の帝国との戦〝ディチェス平原の争乱〟では、多くの被害が出た上に戦乱の影響で地形も変わってしまった。
この戦争の折、王国は帝国との間に停戦協定を締結したが——帝国が協定を破って侵攻して来る可能性もある。
近年ではエターク王国の同盟国、海を隔て西にあるナビア連合王国の興りとなった内戦にも帝国は干渉していた。
直接的に大きな衝突はないものの国境での緊張は依然と続いており、予断を許さない状況だ。
増加を続ける魔獣被害に、謎のマナ欠乏症発症も脅威だ。
イリアの身に起きた出来事も、もしかしたら大きな事件の前触れなのでは?
と、そんな風にルーカスは考えてしまった。
(飛躍しすぎか? だが、用心するに越したことはない)
世界は混沌としている。
情勢がどう移り変わって行くかは読めないが、彼女を守る為に持てる力を行使して最善を尽くす。
それがかつて自分を救った、イリアへの恩返しになると信じて。
何故そこまでするのか。
彼女に気があるんだろう?
と、また幼馴染に揶揄われそうだとルーカスは思った。
(だとしても構わない。今の俺が在るのは、彼女のお陰なのだから)
王国の騎士としてこの国に生きる人々を守るために力を揮い、
何気ない日常を家族と、友人達と笑って過ごし、
そして、宿した力を恐れず、己の一部であると受け入れる事が出来たのは——。
(全部、イリアが居たからだ)
大切な人を亡くし、絶望を経験した過去。
彼女が居なければ自分は、宿した力を無差別に振るって、怨嗟を振り撒く化物になり果てるか、絶望に呑まれて廃人となっていたかもしれない。
(イリアは闇の中から俺を救い上げた光)
だから今度は、困難に直面した彼女にとって自分が、そういう存在で在りたい。
そんな思いを胸に抱いた。
——それが、恋情に近い感情である事には蓋をして。
ルーカスを乗せた馬車は王城へと進む。
第一部 第一章
「救国の英雄と記憶喪失の詠唱士」
終幕。
次章
第一部 第二章
「忍び寄る闇と誓い」
ルーカスは新たな謎と、記憶喪失のイリアが抱える問題に直面する。
その時、彼は何を想い、何を誓うのか——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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