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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第十七話 術式改変≪リベレイション≫を始めよう

 女神の使徒(アポストロス)という(とりで)を失って——ノエルは狂ったように笑い声を響かせた。



「おいおい、教皇さん狂っちまったか?」

「元より正常な思考とは言えませんでしたが……」

「追い詰められてやけっぱちっすかね?」



 ディーン、アーネスト、ハーシェルの三名の声が後方より聞こえた。

 ルーカスは視線をほんの少し横へずらす。


 一班の(みな)が戦っていた場所には、地面に倒れているシンとヌン、ラメドとベートを拘束するロベルトと(ツァディー)の姿があった。


 真逆の方向では、負傷して(ひざ)を折ったまま動かないアイゼンがいる。


 残った女神の使徒(アポストロス)は教皇であるノエルとアインのみ。


 だというのに、ノエルは()()()()()

 彼の腕に絡みつくように身を寄せたアインからも、「くすくす」と耳に付く笑い声が聞こえた。



「フフッ、何か勘違いしているみたいだね?」



 笑いを(こら)えてこちらを見たノエルに、焦りの色はない。

 どこか余裕すら感じさせる風貌(ふうぼう)だ。



「『まずは』と言ったんだ。僕が力を(ふる)わないとは、一言も言っていないよ?」



 ノエルが左腕を真っ直ぐ伸ばし、手を(かか)げる。


 見せつけるように開かれた手のひらには——くっきりと聖痕(せいこん)()()(きざ)まれていた。



平伏(へいふく)せよ、愚民(ぐみん)



 威圧感(いあつかん)のある声が響く。

 まるで脳へ直接働きかけるような命令に、電撃が走って体の自由が奪われ、自分の意思とは関係なく動いた。


 ()を握る手から力が抜け、(すべ)り落ちた(かたな)が床と当たって陶磁器(とうじき)が割れたような音を立てる。


 (みな)も同様に握った得物を手放しており、金属の音が多重奏(アンサンブル)となって反響した。


 続いて(ひざ)を折って両手を床へ、頭も床に()り付ける形となる。

 言葉通り〝平伏〟させられた。



(この力は、何だ……!?)



 何故か、声を(はっ)する事も出来なくなっている。


 体が委縮(いしゅく)して、逆らえない。

 指一本、動かせなかった。



「さぞ不思議だろうね? 種明かしをしてあげるよ。

 姉さんもお前も、神秘(アルカナ)(ふた)つ宿しているだろう?

 僕もそうさ。これは【皇帝】の能力(ちから)

 カリスマと畏敬(いけい)()って、僕の命令を遵守(じゅんしゅ)させる力だ。

 お前が強靭(きょうじん)な精神力を持っていたとしても、使徒の本能と(あわ)せたら……。

 フフ、(あらが)えないよね?」



 ルーカスは頭を上げられない。

 視界に広がるのは無機質な床の色、そして笑い声と靴音が耳朶(じだ)に触れる。



「さて、これでわかっただろう? 茶番は終わりだ」



 ビリビリと肌を刺すマナの高まりを感じた。

 天を裂く雷鳴のような音も聞こえる。



(くっ……このままでは……! 動け!!)



 だがやはり、指も足も微動だにしない。


 ノエルが何か仕掛けて来るとわかっていても、体は凍結(フリーズ)している。



謀叛(むほん)(くわだ)てる者よ、罪咎(ざいきゅう)()いて眠れ。

 天罰の神槍ネメシス・ディ・リラディオ



 感情の乗らない(こと)()(つむ)がれ——苛烈(かれつ)な痛みがルーカスを襲った。



(——ぐ、うあッ!)



 体の至るところに何かが突き立てられている。


 突き刺し、肉を(えぐ)り、(あぶ)られたように熱を持った痛みが全身を駆け巡った。

 生温(なまあたた)かい液体が皮膚を伝う感覚もある。


 それでも体を動かす事は出来なかった。



「うぅ……ッ! ノ、エル……!」

「あぁ、姉さん。もう動けるの?

 同じ女神の代理人だから、使徒の本能が働かないせいか」



 「カツン」という靴音が聞こえる。

 イリアの方へ向かっている。



「やめて、お願い……っ!」

「ダメだよ、姉さん。危ないだろう?」

「ノエル、もう、やめてっ!」

「はぁ、仕方ないな」

「や、何するの!? いや!!」


(イリ、ア……!)



 彼女の悲痛な叫びが鼓膜と心を震わせた。

 が、依然として体は言う事を聞いてくれない。


 ノエルがイリアを手酷(てひど)く扱う事はないと思うが、音だけでは何が起きているのか知る事は出来ず、気持ちがさざめき立っていく。


 かくして「カラン」と金属を打ち付けつける音の後に、無音の時が流れた。


 脈打つ鼓動が早まる。



(くそ! 動け、動け……!!)



 痛みと苛立ち。

 視認出来ない状況に、ルーカスは気が狂いそうだった。



「……いい子だね。ここで大人しく見ていて。

 大丈夫、すぐに終わらせるよ」



 「ドサリ」と重みのあるものが落ちる、(ある)いは倒れる音がした。



「あらら、ノエル様ってば大胆。()けちゃうなぁ」

「効率よく力を作用させる(ため)だよ」

「言い訳、ですよねぇ。バレバレですよ?

 女神の血族は近親婚も普通だったみたいですし?」

「ディアナ。(たわむ)れが過ぎるぞ」



 愉悦(ゆえつ)(にじ)む鈴の音を、冷めた声色が(とが)めた。


 イリアの身に何が起きたのか。

 ノエルが彼女に何をしたのか。


 彼らの会話から推察(すいさつ)するしかないが——。


 連想された答えに(みにく)嫉妬心(しっとしん)()き上がる。


 ノエルがイリアへ向ける〝愛〟が、親愛を超えたものである事は理解していた。


 理解していたが、実際に突き付けられると、泥のように重く(まと)わり付いて離れない、どす黒い感情が胸に渦巻く。


 それに——イリアが泣いているような気がした。



(彼女の願いを叶え、未来を切り開くと誓った。

 だというのに、俺は……!)



 まんまとノエルの術中に()まった不甲斐(ふがい)ない自分にも腹が立つ。

 新たな神秘(アルカナ)をイリアが目覚めさせてくれたのに、これでは意味がない。



(この身に宿る力は、何の(ため)にある!

 大切な人を、守る(ため)だろう!

 頼む、動け! 動いてくれっ!!)



 想いが螺旋(らせん)のように巡った。

 怒りが体中の血を沸騰(ふっとう)させていく。



「……ノ……ル、やめ、て……」

「あはっ! まだ意識があるのね?

 流石レーシュ。精神力の高さはピカイチね!」

「心配しなくても、ここにいる彼らの命は取らないよ。

 彼らへの褒美(ほうび)だ。頑張りには報いないとね」

「……っ……う!」



 「そうじゃない、違う!」と叫ぶイリアの声が聞こえるかのようだった。

 けれども、イリアの想いはノエルに届く事はなく。



「姉さんと話したい気持ちは山々だけど、まずは術式改変(リベレイション)完遂(かんすい)しないと。

 終わったらゆっくり話そう」

「さあ、眠って、レーシュ。

 次に目が覚めた時には、きっと素敵な世界が待っているわ」



 一陣の風が吹き——静寂(せいじゃく)が訪れた。






 (しば)しの間を置いて。

 足音と気配が遠ざかって行く。

 ノエルは祭壇へ上がり、事を進めるつもりなのだろう。


 止めなくては、と焦燥感(しょうそうかん)に駆り立てられた。


 しかし、何も出来ぬまま、時は無情に過ぎて——。






 いつしか、パール神殿の宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)で聞いた不安を(あお)甲高(かんだか)い音色が、場を(にぎ)わせた。


 その(のち)に大地が震え、地の底から重低音が鳴り始める。


 術式改変(リベレイション)が進行しているのだと、理解した。

 このままでは取り返しが付かなくなる。



 ((こた)えろ、神秘(アルカナ)! 女神!!

 神秘(アルカナ)は、願いを叶える祝福なんだろう!?)



 彼女はそう(うた)っていた。



(——いや、女神なんぞに(すが)るな!)



 女神は確かに存在するだろう。

 さりとて、不確かなものに願掛けしても、現実となる保証はない。



(俺は……俺の想いは、力は……っ!

 何者にも縛られない、俺のものだ!!)



 未来を(ひら)くのは、いつだって自分自身だった。

 神秘(アルカナ)という力があっても、それは変わらない。


 選択するのは、己だ。

 だからこそ、信じなければ。

 

 自分を。


 力に翻弄(ほんろう)されず、縛られず。


 打ち勝つ強さが自分にはあるのだと。

 体を動かすため、思い、伝達し、足掻いた。



(……動け、動け、動け!

 動け!! 動けッ!!

 ——動けッ!!)



 「バキン」と、質量のある物を砕くような音がして、直後、(わず)かに指先が動いた。


 ルーカスの心に希望が(とも)る。






『……其方(そなた)は強いな【世界(タヴ)】。

 ()れど、心せよ。

 この先の道は……』



 懸命(けんめい)に抗う中、(かな)し気な(ささや)きが聞こえた。

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