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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第十六話 余興の終曲(フィナーレ)

 ルーカスは次に倒すべき相手を探して戦場へ目を向けた。


 残っているのは——状況的に、正義(ラメド)悪魔(アイン)の二人だと思われる。


 だが、ラメドはロベルト達に任せておけば大丈夫だろう。

 人数差もあって、もうすぐ決着しそうな流れにある。


 対処すべきは大量の魔獣の幻影を操るアインだ。



「ルーカス、アインの幻影を断ち切って」



 イリアが一体の魔獣を差し示して見せた。


 指先を追っていくと、反物(たんもの)のように長く伸びた尾羽(おばね)をはためかせ、深蘇芳(ふかすおう)色の巨躯(きょく)黄丹(おうに)色の輪郭をした魔鳥(まちょう)が飛翔している。


 地上で魔獣と(たわむ)れるフェイヴァが、タイミングを計って攻撃を仕掛けているが——どうやら倒してもすぐに復活してしまうらしい。


 仕留めたと思った数秒後には元通りの姿で飛んでいた。



御伽話(おとぎばなし)不死鳥(フェネクス)。不死性が再現されていて、正攻法では落とせないの。でも、女神様の力の対極に位置するルーカスの力なら……」



 イリアの言葉にルーカスは(うなず)き、紅いオーラを宿した刀を正面へ構えた。



「大きな的だ、ここからでも届くだろう」



 両手で()をしっかりと握り、頭上へ(かか)げて。



「当たるなよ、フェイヴァ!」



 不死鳥(フェネクス)を斬るイメージで刀を振り抜いた。



 紅閃(こうせん)天翔斬(てんしょうざん)



 刀身を離れた紅い斬撃が空を()いて飛んだ。

 不死鳥(フェネクス)の動きを予測して、斬り上げる要領でもう一発。


 二つの斬撃が不死鳥(フェネクス)目掛けて飛んで行く。


 一発目は翼に、二発目は胴体に命中して——不死性を持つという魔鳥(まちょう)は、(はじ)けるように消え去った。






 後は大量の幻影を排除して、アインを(おさ)えればいい。


 どちらも今の状況ならば難しい事ではない。



「もう一手だな、決めて幕引きとしよう」

「そうね、舞踏会は終わる。終曲(フィナーレ)よ」



 イリアが宝剣を抜き、幻影の魔獣が埋め尽くす戦場へ向けた。

 魔術で一掃するつもりだろう。


 であれば、自分はアインに王手(チェック)をかけるため行動しよう、とルーカスは刀の(やいば)を上に返し、目線の位置に持つ(かすみ)の構えを取った。



『神なる旋律(せんりつ) 響け希望の(うた)



 (つむ)がれる歌声に呼応して、空中へ魔法陣が展開して行く。



(きら)めいて無垢なる光 終焉(しゅうえん)を告げる黎明(れいめい)



 ルーカスはいつでも駆け出せるように、開いた足に力を()めた。

 目を()らしてアインを注視する。



滅光煌閃翔ディ・ルフレール・ディストラクション



 展開した魔法陣から一斉に(きら)めきが()ち、戦場は魔獣の代わりに閃光(せんこう)で埋め尽くされた。


 目を覆いたくなる照度の中、ルーカスは魔術から(のが)れるアインの姿を瞳に(とら)え、駆ける。


 上だ。隆起する巨大な魔輝石(マナストーン)の上。

 魔術の及ばない——恐らく意図的にイリアがそうしたのだろう——場所に、アインは退避している。


 【世界】の神秘の(アルカナ)お陰か身体能力が飛躍的に向上しており、強化術をもらった時のように、いやそれ以上に体が軽い。


 一足(いっそく)の幅を広く、電光石火(でんこうせっか)(ごと)く迫り、アインの鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の瞳がルーカスを映す頃には、刀を細い首筋に突き付けていた。



「詰みだ、アイン」



 (やいば)が触れるか触れないかの位置。

 少しでもおかしな動きを見せれば、力で消し去れる距離だ。


 色素が薄く白い彼女の頬を(しずく)が伝った。



「うっそぉ……あの距離から一瞬?

 騎士様、人間辞めちゃった?」

「……今更だな」



 ルーカスは眉根を寄せて苦笑(くしょう)した。


 使徒となった者の大半は、(なか)人間(ひと)を辞めているような化物(ばけもの)(ぞろ)いだろう。


 それはさておき、これでこの戦いも決着だ。


 残すはラメドと戦うロベルト達の勝敗の行方だが——。



「あちらも決着したようだ」



 と、下から跳んで来て、アインの背後に槍を突き付けたフェイヴァが告げた。


 両手を上げて(まぶた)を伏せたアインが「はあ」と大きなため息を()らす。



「残念、もっと踊りたかったのになぁ。

 ——でも、騎士様。

 本当の試練はここからよ?」



 瞳の色に近い口紅(リップ)()れる唇が(あで)やかな()(えが)いて、アインはせせら笑った。


 どことなく、不気味な(わら)いだ。


 ノエルは健在だが、女神の使徒(アポストロス)という(とりで)瓦解(がかい)している。



(彼一人で逆転する手立てがあるとでもいうのか——?)



 ルーカスが疑問を(いだ)いていると「パチパチ」と、両手を打ち合わせる乾いた音が場に響いた。


 奥の祭壇(さいだん)()すノエルからだ。



「人数のハンデに【星】の裏切り。

 予想外の出来事(ハプニング)があったとはいえ、(あなど)っていた事を()びよう。

 女神の使徒(アポストロス)を下した君達の健闘に敬意を(ひょう)する」



 「カツン」と靴音(くつおと)を鳴らして一段ずつ丁寧(ていねい)に、ノエルが階段を(くだ)って行く。


 そうして一番下まで降り立つと、彼は下弦(かげん)の月のように(まぶた)(かぶ)せた瞳をこちらへ向けた。



「……アイン、いつまでそうしてるつもりだ?」

「えー? 死と隣り合わせの緊張感(スリル)(たま)らないじゃないですかぁ」

「悪い(くせ)だな。余興(よきょう)は終わりだ、戻れ」

「はぁーい。

 ——ってことで、今回もごめんね?」



 妖艶(ようえん)に笑みを深めたアインが、指ではなくと足元で「タンッ」と音を鳴らした。


 それはルーカスとフェイヴァが反応するよりも早く起きた事。

 一瞬にして濃い闇がアインの姿を隠し、次の瞬間には、彼女はノエルの隣へ並び立っていた。


 二人で囲んでいたのに「してやられた」とルーカスは唇を結ぶ。

 フェイヴァも苦々(にがにが)しい面持(おもも)ちだ。


 この場に留まる理由はなくなった。


 見下ろすとノエルの元へ歩むイリアの姿が見えたので、跳んで降りて彼女の(そば)へ立つ。

 フェイヴァも彼女の後ろに(ひか)えた。


 (しばら)く歩幅を合わせて歩く。

 ノエルへ最接近したところでイリアは立ち止まり、ルーカスもそれに合わせた。



「ノエル、〝術式改変(リベレイション)〟はここまでよ」



 イリアが右手に(たずさ)えた宝剣の切っ先が、ノエルへと向く。

 気丈に振舞っているが、彼女の剣は(わず)かに震えていた。


 血を分けた弟、ただ一人の家族と敵対し刃を向けているのだ。

 心を痛めて当然だろう。


 ルーカスはその心境を察して、剣を持つイリアの手に己の手を重ね、彼女の剣を強引に下げた。


 それから一歩前へ出て、自分の刀をノエルへ向ける。


 必要とあらば引導を渡すのは、自分の役目だ。



「聖下、約束通り女神の使徒(アポストロス)達は倒しました。負けを認めて投降して下さい」



 戦いの前。

 『僕が世界へもたらす変革、〝術式改変(リベレイション)〟。止めたければ、まずは女神の使徒(アポストロス)達を打ち倒して見せるんだね』——と言ったのを、ルーカスは覚えていた。



「よもや忘れてはいませんよね?

 『約束を守る主義』なのでしょう?」



 見る角度や当てる光によって色を変化させる、灰簾石(タンザナイト)のように神秘的で美しい瞳を見つめて、問う。


 彼は幾度(いくど)(まばた)きを繰り返し。



「負け……? フ、フフフ! アハハハッ!」



 狂ったように笑い声を上げた。

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