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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第十五話 目覚めなさい、愛し子よ

 アイゼンの放った一撃。

 獅子を模した炎、高エネルギー体となった灼熱の炎塊(えんかい)がルーカスを飲み込んだ。


 ——その時。


 ルーカスの胸元、軍服の下で何かが輝いた。

 (まばゆ)い光は一瞬にして広がり、マナを含んだ風が巻き起こる。


 光と風は、ルーカスを守るように幾重(いくえ)もの盾を形成していった。



「——何!?」

「これは……」



 結界、だろう。


 熱が遮断(しゃだん)されて痛みを感じなくなった。

 そればかりか負った傷が治っていく。


 この魔術には見覚えがある。


 治癒と防壁を兼ねた領域魔術〝慈愛の七つの円環アイアス・メディテイション〟。

 小規模だが、それに酷似(こくじ)した魔術がルーカスの周囲に展開していた。


 輝きを放ったのは、首から掛けたペンデュラム。

 イリアから手渡された物だ。



(「お守り」だと言ってはいたが、まさかこんな効果があったとは。

 ……(まさ)しくお守りだな)



 あのまま攻撃を受け止めていたなら、負傷は(まぬが)れなかった。

 彼女の想いが自分を守ってくれたのだ。


 イリアへの感謝と(いと)しい気持ちが込み上げて、胸が熱くなった。






「ルーカス」



 (りん)とした高音域(ソプラノ)の声が響く。


 声のした方へ向くと——銀糸を(なび)かせるイリアの姿があった。



「イリア?」



 彼女はアインと戦っていたはず。

 いつの間にこちらへ来たのだろう。


 疑問に思っていると、至近距離に歩み寄ったイリアがルーカスの左手を取り、指を組み合わせるように握った。


 戦闘の真っただ中だ。

 単純な触れ合いという訳ではないのだろうが——。


 行動の意図がわからず、ルーカスが目を見張るとイリアは微笑んだ。



「私が、貴方を(みちび)(うた)い手となる。だから、恐れず受け入れて」

「受け入れる……?」



 一体何の事を言っているのか。


 彼女は答える代わりに右手をルーカスの胸、心臓の位置に添えて、長い睫毛(まつげ)の生える(まぶた)を閉じた。


 大きく息が吸い込まれ、薄紅の唇が(うた)(つむ)ぐ——。






『輝いて神秘(アルカナ)よ それは約束の証


 願いを叶える 女神(わたし)の祝福



 覚えているわ (いと)し子よ


 深淵(しんえん)の闇より()ずる虚無(きょむ)の力を()いて


 眠りについた()りし日を



 絶望を(きざ)んだ魂よ 私の(あい)する(いと)し子よ


 さあ、(くびき)を解き放ちましょう



 (あか)き血脈を継ぎし者


 旋律(せんりつ)(しるべ)に羽ばたけ【世界】



 想いを胸に 意志を(つるぎ)


 奇跡を()り成す力と変えて』






 イリアの(つむ)ぐ歌に呼応してルーカスの鼓動が脈打った。


 腕輪に隠された聖痕(せいこん)と、体を巡る血潮(ちしお)が熱したように煮えたぎっている。



(——なん、だ? 力が……)



 奥底から気力、活力、体力といった〝力〟が(あふ)れ出てくる感覚があった。


 イリアの(まぶた)がゆっくり開かれ、宝石のように(きら)めく勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳が(あら)わになる。


 繋ぎ合わせた手と、添えられた手も静かに離された。



『目覚めなさい【世界(タヴ)】』



 心臓が大きく鼓動した。


 すると、普段は魔術器で抑え込まれ、今はノエルに封じられているはずの〝破壊の力〟が解き放たれ、紅く揺らめく波動がルーカスを包んだ。



(かせ)が……」



 縛られる事のない解放感と、体を満たす〝力〟に引き()られて、気持ちが高揚(こうよう)していく。


 今ならば何事も()せるという万能感すらある。





 ——全てを破壊して、終わらせることも——。






 一瞬、恐ろしい考えが頭を(よぎ)った。


 平時ならばおよそ至らない思考に、自分自身で困惑する。



「破壊の力はね……【世界】が、かの神から奪い、封じてきた権能(けんのう)なの」



 〝かの神〟と言われて思いつくのは女神(めがみ)魔神(まじん)だ。

 だが、前者であればイリアはこの様な言い方をしない。


 とすれば、この力の由来が何であるのか、()(はか)るまでもなくわかる事だ。



「魔神の権能……か」



 イリアが静かに首を縦に振った。

 先のような思考の変質も、解放した力の影響だろうか。


 そう考えると身の毛がよだった。



「過ぎた力は(わざわ)いとなる。でも、ルーカスなら大丈夫」



 イリアが口元を緩ませて、春に咲く花の様に微笑んだ。



「【世界(タヴ)】……その力で切り開いて。

 私も一緒に(うた)うから」



 すっと、イリアの手がルーカスに差し伸べられる。


 彼女の瞳に迷いや恐れはない。

 破壊の力が、ルーカスが彼女自身を傷つける事はないと、確信しているのだ。


 信頼してくれている事が嬉しいと同時に、頼もしかった。



(イリアが信じてくれるならば、大丈夫。

 俺は恐れず、進むことが出来る)



 彼女の想いに応えよう——と、ルーカスはイリアの手に自身の左手を重ねた。



「イリア、共に(つむ)ごう」

「うん。私の想いと歌は、ルーカスと共にある」



 ルーカスはイリアと視線を交わせ、どちらからともなく(うなず)いた。



(この力で、勝利への道を切り開く——!)






 ペンデュラムが輝きを失い、展開した結界が収束していく。


 ルーカスはイリアと重ねた手を刀へ。

 両手で(つか)を握り込んで正面へ構え、打ち倒すべき相手、再び二頭の獅子(しし)(したが)えたアイゼンを見据(みす)えた。



「その紅き波動、聖下が封じられたはずの破壊の力……。

 なるほど、聖下と同じく女神の代理人であるイリア様なら、(じょう)を外す事が出来るという事か」

「決着を付けよう、アイゼン殿」



 ルーカスは(まと)った波動を刀へと集中させる。

 心臓が脈動する(たび)に力が(あふ)れ、紅いゆらめきが刀身を超えて、炎のように燃え上がった。


 アイゼンもまた炎の宿る(つるぎ)を構えて、口を引き結んだ。



『——(つむ)ぐは黎明(れいめい)の賛歌』



 並び立ったイリアの歌声を合図に、ルーカスは地を蹴った。


 まずはアイゼンを落とす。

 意気込んで距離を詰めると獅子が一頭、立ち向かって来た。


 が、破壊の力を解放した今ならば障害にもならない。


 刹那(せつな)に斬り抜いて、駆ける。



「おおおッ! 蹂躙せよ(シュトルムアングリフ)!」



 獅子を模した青白い灼熱のエネルギー派が、振りかぶられたアイゼンの剣から放たれた。


 ルーカスの視界を炎が埋め尽くしたが、これもあらゆるものを破壊する力の前では無意味だ。

 

 紅い輝きを増す刀を振って、斬る。


 一瞬にして炎は掻き消え、眼前に眉を(ひそ)めて奥歯を噛み締めるアイゼンが見えた。


 ——と、その横から幻影の魔獣が数体、飛び出して来た。



『明けの明星(みょうじょう) 照らす道は神への(いただき)

 光よ、撃ち(はら)え』



 魔獣はイリアの唱歌により具象化した魔術、空に広がる魔法陣より撃ち出された閃光に撃ち抜かれて霧となった。


 視界の端にまだ魔獣の姿は見えるが、(つゆ)払いは彼女がしてくれるだろう。



(しるべ)と証は此の胸に輝く神秘(アルカナ)



 ルーカスは歌声を耳に入れながら刃を下手(したて)に刀を構え、アイゼンに迫る。



「私は、負ける訳にはいかぬのだッ!!」



 気迫が(こも)って大きく振りかぶられたアイゼンの剣が、ルーカスの眉間目掛けて振り下ろされた。


 負けられないのは、こちらも同じだ。


 ルーカスは躊躇(ためら)わず破壊の力を纏わせた刀を下段から振り抜く。


 二人の刃がぶつかって、高く()んだ金属音が響き渡り——。


 アイゼンの剣が砕け散った。



(つむ)ぎましょう (かな)でましょう

 燦爛(さんらん)(きら)めく光よ()ちて』



 そこへ上空から放たれた無数の光が、白き鋼鉄(こうてつ)の装甲を容易く貫通してアイゼンの四肢(しし)穿(うが)った。



「ぐッあああ!!」



 アイゼンは(ひざ)を折った。

 武器を失った上に、深手を負っている。


 手を下さずとも、(しばら)くは動けないだろう。






 苦戦を期したアイゼンとの戦い。

 イリアの助力により、白星が上がった瞬間だ。

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