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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第十四話 機は巡る

 転換点は訪れた。

 一度は潮目(しおめ)の悪さに危機感を(いだ)いたが、どういう理由(わけ)か【星】がこちらへ寝返った。


 演技(フリ)である可能性も考えられるため油断は出来ないが、好機だ。


 審判(シン)の援護がない今ならば、死神(ヌン)を下せる——と、フェイヴァは対峙するヌンを視界に捉えて、一気に距離を詰めた。


 反射的にヌンが大鎌を天高く持ち上げ振り下ろす。

 フェイヴァは槍の片方で受け止めると、すかさずもう一本の槍を構える。


 狙うは急所。心臓の位置。


 これで終止符(ピリオド)

 フェイヴァはそう確信した。


 けれども——。



「殺しちゃ、ダメッ!」



 と、槍を穿(うが)つ直前に(ツァディー)の叫び声が聞こえ、フェイヴァは咄嗟(とっさ)に軌道をずらした。


 突き出した槍はヌンの衣服を裂き、脇腹を(えぐ)って血飛沫(ちしぶき)が舞う。



「う……あぁッ!!」



 苦痛の(うめ)きと共に大鎌に籠められたヌンの力が(ゆる)み、フェイヴァは鎌を受け止めている方の槍を押し込んで行った。


 突き出した槍を戻して、二対の槍で押す。

 耐えきれなくなったヌンが後方へよろめき、フェイヴァはすかさず槍を反転。

 石突(いしづき)で先程(えぐ)った彼女の腹部を打った。


 ヌンが声にならない悲鳴を上げて前のめりになる。


 フェイヴァはヌンの意識を刈り取るべく素早く彼女の背後に回り、頸椎(けいつい)を槍で(したた)かに打ち付けた。


 と、ヌンの身体が頭から地面に倒れ込んだ。


 そうして、数秒経過した後もヌンが起き上がる気配はなかった。


 本当はこのまま仕留めるべきなのだが——。



『星の導きに(したが)って』



 という、誰かの(ささや)きがフェイヴァの耳朶(じだ)を打った。


 声を無視してはいけないと()()が告げている。


 この感覚にファイヴァは覚えがあった。

 〝使徒の本能〟だ。


 つまり声の(あるじ)は——そういう事なのだろう。






 フェイヴァは次に自分がすべき事は、と視線を彷徨(さまよ)わせた。


 ヌンとシンは意識喪失(そうしつ)

 ベートは魔術を封じられ、手負い。

 ラメドは健在だがツァディーが魔術器で牽制(けんせい)しているのと、負傷を押して斬り込むディーンにより(おさ)えられている。


 教皇ノエルは——動く気配がない。

 戦いの決着まで傍観者に徹する心積もりのようだ。


 振り返るとリシアが他の王国騎士へ懸命(けんめい)に治癒術を(ほどこ)す姿が見受けられた。


 もう間もなく彼らも戦線へ復帰するだろう。


 ならば、とフェイヴァが前方へ向き直ると、紫黄水晶(アメトリン)のようなツァディーの大きな瞳と目が合った。



運命(カフ)、レーシュのところへ……行って……!

 世界を……流れを、掴むためにっ!」



 フェイヴァは無音で(うなず)き、颯爽(さっそう)と駆け出した。


 戦況は好転しつつある。

 均衡を崩す契機を逃してはならない。






 ——フェイヴァは二つの戦場を視界に(とら)える。


 二頭の獅子(しし)とアイゼンを相手に奮闘(ふんとう)するルーカスの戦場と、

 唱歌(しょうか)が響き合い、アインの繰り出す数多の魔獣と舞うように踊るイリアの戦場だ。


 状況的にはルーカスの戦いに手を貸した方が良さそうに思えたが、星の導きもある。


 フェイヴァは高い位置にある魔輝石(マナストーン)の上で嬉々として指を鳴らし、魔獣を生み出すアインに目標を(さだ)めて跳んだ。


 隆起する魔輝石(マナストーン)を足場に、点々と伝い上って行く。


 アインは舞踏(ダンス)に夢中で、まだこちらの動きに気付いていない。


 不意打ちをかける好機(チャンス)

 一足(いっそく)で迫れる距離まで駆け上がったフェイヴァは、(あし)に力を籠めて蹴り込んだ。


 (きら)めく穂先をアインに向けて、引き絞った弓から放たれた矢の(ごと)く飛翔、一直線にアインの体を貫く。


 だが、槍が貫通した直後、アインの体は黒い粒子となって消えてしまった。


 (きり)で形どられた幻影だとフェイヴァは瞬時に理解する。



「無粋ねぇ。私とレーシュの舞曲(ワルツ)を邪魔するなんて」



 鈴を鳴らしたような声に続いて、指を弾く音が響いた。

 するとフェイヴァの周囲に黒い霧が立ち込め、魔狼(まろう)の姿を成して襲って来た。


 これも幻影だ。

 槍で()ぎ払えば簡単に霧散した。



(……アインはどこだ?)



 その姿を探してフェイヴァは辺りを見渡す。


 下ではイリアが複数の魔狼と、不死鳥(フェネクス)を思わせる魔鳥(まちょう)と戦っており——彼女が美しき旋律(せんりつ)(かな)でると、大気を震わせ黄や紫に明滅する轟雷(ごうらい)(そら)より下った。


 寸分の狂いもなく落とされた雷によって魔鳥(まちょう)が地へ()ち、魔狼は霧散して行く。


 そして銀糸から(のぞ)く彼女の瞳が、フェイヴァに向けられた。

 勿忘草(わすれなぐさ)色の虹彩(こうさい)が彼女の意思を伝えるかのように輝いている。


 自分を呼んでいる、と感じたフェイヴァは()んだ。


 槍の一本を見悶(みもだ)える魔鳥(まちょう)投擲(とうてき)してトドメの一撃とし、自分自身はイリアのすぐ(そば)に着地した。






「フェイヴァ、アインの相手をお願い。私はルーカスのところへ行くわ」



 イリアは言うや否や、フェイヴァの答えを聞く前に駆け出して行った。


 フェイヴァはその背を見送りながら「承知」と返す。


 彼女が何を()そうとしているのか尋ねる間もなく、返答が聞こえているかも怪しいところだ。



(だが、それで良い)



 今重要なのはイリア()が自分を必要とし、役割を与えたという事実、それだけ。



「ちょっと、レーシュ!

 勝手に配役の交代はナシよー!」



 テンポよく鳴り響く音と共に生み出された魔獣の幻影が周辺を囲み、また何体かの魔獣がイリアを追って行くのが見えた。


 仕留めたはずの魔鳥も復活の(きざ)しを見せている。

 数体の小物ならば問題ないだろうが、アレに彼女の後を追わせる訳にはいかない。


 フェイヴァは()石突(いしづき)に近い部分で握り込むと、円を(えが)くように振り回した。


 一体でも多く巻き込めるように、大きく。


 移動しながら魔獣を蹴散らして、先ほど投擲(とうてき)した槍を回収する。


 直後に魔鳥が復活し、火の粉を振り撒いて飛び立とうとするのが見えて——フェイヴァは手元に戻したばかりの槍を再度投げ放った。



『ギイエェッ!!』



 槍は見事に魔鳥の腹に突き刺さり、不快な(さえず)りが鼓膜を振動させた。


 幻影に痛覚は存在しないはずだがよく出来ている。


 フェイヴァは槍の軌道に続き、高度を上げようとする魔鳥に取り付くと槍を引き抜き巨躯(きょく)の首を目掛けて一閃。


 追い打ちにもう一太刀、二本目の槍から繰り出す斬撃を浴びせて離脱した。

 魔鳥は再び地へ墜ち、斬った個所から霧へ(かえ)っている。


 けれども、アレが不死鳥(フェネクス)を模した魔獣であるなら、すぐに復活するのだろう。



「もうっ! ここからが盛り上がるところだったのに。

 まさかステラが寝返るなんてね」



 不機嫌な鈴の音が後方より響く。

 振り返れば腰に手を当て頬を(ふく)らませるアインの姿があった。


 フェイヴァは矛先をアインへ向け、告げる。



「これよりお前の相手はオレだ」



 アインの眉間に幾重(いくえ)もの(しわ)が寄った。



「貴方みたいな人と遊んでも、面白くもなーんともないんだけど?」



 唇を(とが)らせて、()れた髪を指で(いじく)り回し、心底つまらなそうにしている。


 その姿は一見無防備に見えるが、彼女の能力を考えると斬り込んだところで容易にはいかないだろう。



「……まぁ、仕方ないから遊んであげるわ」



 アインは指の代わりに両手を何度か打ち合わせて鳴らした。


 と、濃い霧が一帯を包み込み、ついさっき倒した魔鳥が瞬時に復活。

 次いで魔狼(まろう)金獅子(きんじし)、果てはドラゴンの幻影までもが生み出されて行き——。


 戦場は(またた)く間に魔獣で埋め尽くされた。


 この全てを斬り伏せるのは流石に骨が折れるが、ここが正念場だ。


 フェイヴァは腰を低くして両手の槍を構えた。






 〝太陽の御楯(みたて)〟の名に()けて。

 主の意思を守る(ため)、フェイヴァは()を示す。

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