第十三話 星はかく語りき
時は少し遡り、ベートとシンが魔術阻害を受ける前——。
ツァディーはベートの発動した魔術、荒れ狂う水流の波が王国の騎士達を飲み込んで行く様子を見ていた。
今広がる光景はツァディーが未来視で見た映像の一つ。
彼らは結界魔術でこの難を逃れているはずだ。
「耐えている……と、思います」
「王国の特務部隊だったか。選りすぐりのエリートだとは聞いていたが、簡単には取らせてくれないな」
ベートが「ふぅ」と溜息を吐いている。
「死神が運命に抑えられてしまってるのも痛いね」
「ヌンのもたらす〝死〟に抗う力。奴が賜った神秘の力でしょう」
眉尻を下げたシンが、髪の合間から右だけ覗く橄欖石のような瞳で、激闘を繰り広げるヌンとカフを見つめ、受け答えしたラメドが剣を天に掲げた。
燦々とした青白い神力の波動が剣身に集まり——十全に纏ったところで振り下ろした。
エネルギー波が、カフに一直線へ向かって行く。
——が、カフは危なげもなくそれを回避。
手持ち無沙汰となっていたベートも援護に炎の魔術を放って見せたが、槍で器用に掻き消されてしまっていた。
「……人間とは思えない動きだ。あれこそ化物だな」
「先代の運命も並外れた身体能力の持ち主でしたが、それ以上ですね」
「持久戦を覚悟するのがよさそうだな」
ベートとラメドの会話を聞きながら、ツァディーは予知で見た未来を思い返す。
もうすぐ、運命と死神の戦いは決着する。
——運命の勝利で。
死神の能力は言うなれば一撃必殺。
防がれてしまえば、大きな決定打に欠ける。
闇、時属性の魔術にも優れた彼女だけれど、カフには通用しない。
対するカフは武に天賦の才と持久力がある。
ヌンのような一撃必殺の力は持ち合わせていないものの、地力で勝利をもぎ取る強さを備えていた。
神秘も彼の特性を良い方向へ伸ばす一助となっているようだった。
(ヌンとカフの戦いは、そのまま、静観……)
ツァディーは未来を——ノエルが辿る最悪な結末を回避すると決めた。
そのために介入すべき時機は正しく選択しなければならない。
もうすぐ、審判を落とすべく、王国の騎士達が行動を開始する。
そこが大きな分岐点の一つ。
ツァディーは守るべき人のため、動く。
「——魔術が、収束したら、王国の騎士達……シンを……狙って来ます」
「それは本当か?」
ベートの問い掛けに、ツァディーは頷いた。
「星詠み、前は曖昧だったけど……鮮明に未来を、視る事が出来るように、なったの」
「女神様も我らに味方しているという事だな」
「来るとわかっているなら、防ぐことも容易いですね」
ラメドとシンの言葉に、ツァディーは再度頷いた。
「油断させて、叩けばいい。……ツァディーが、援護する」
ツァディーはポケットに忍ばせていた、手のひらサイズの球体を複数取り出す。
これは〝アルタイル〟と名付けられた魔術器。
ツァディーのマナによって稼働し、マナを指向性のエネルギーとして放つ。
魔輝石で作られた武器だ。
旋律の戦姫の代名詞——〝滅光煌閃翔〟を模倣して設計されたらしい。
「……前衛が二人。ベートの牽制役が一人。最後の一人が、風の魔術を使って……その間にベートとシンに魔術阻害を……」
「ほう? あれを使えるヤツがいるのか。面白いな。シン、防げるか?」
「一度受ける事になるね。けど、問題ないよ。すぐに解呪出来る」
「なら一芝居打つか」
ベートが水晶の瞳を三日月に細めて、不敵に笑った。
悪人みたいな顔だな、とツァディーは思う。
けれどそれもあながち間違いではないだろう、とも。
自分達が為そうとしていた事は、理不尽な犠牲を強いるやり方。
世間から〝悪〟と思われても仕方ない。
ツァディーもずっと、葛藤はあった。
この計画を聞かされた時から「これでいいのかな?」と。
パール神殿でノエルが改変した術式の稼働実験をした時——。
神殿にいた人達は、巡礼団に同行していた教徒達も含め、みんなその犠牲となった。
そして、疑似宝珠接続の際、一瞬綻びが生じた事でクリフォトと繋がり、未曾有の大災害が起きてしまった。
覚悟はしていたけど、実際に犠牲となった人達を見て惑い、「このまま進めて……いいのかな?」と問い掛けた。
でも、みんな口を揃えて同じような事を言う。
犠牲も致し方ない、と。
無理矢理、納得するしかなかった。
それがひいてはノエルと世界を守る事になるのだから、と自分に言い聞かせて。
(あの時……行動を起こしていれば……)
そうは思うが「もしも」を考えても仕方のない事。
ツァディーは頭を振って、やるべき事に集中しよう、と気持ちを切り替える。
ここから先に選ぶのは茨の道。
心を強く持たなければいけない。
「——と、流れはこんなところだな。ツァディー、いいか?」
ベートの問い掛けに、ツァディーは頷いた。
正直、話は聞いていなかったが視たので概要はわかる。
魔術の波が引き始めたのを見て「そろそろ来ますね」とシンが呟いた。
「完膚なきまでに叩きのめしてあげましょう」
ラメドが藍玉の瞳を鋭く細め、彼女の闘争心を視覚化したような、燃え盛る蒼白い波動を纏わせた剣を構えた。
——かくして、ベートとシンは魔術阻害を甘んじて受け、さも危機であるかのように装った。
有利を確信した王国騎士達が駆けて来て、ツァディーは魔術器を空中へと投げる。
「飛んで……っ! 〝アルタイル〟!」
マナを注ぎ入れた魔術器は一斉に閃光を発し、ツァディーはそれを操り光線を放って、王国騎士の四肢を撃ち貫いた。
目の眩む光と攻撃に彼らが足を止めたところへ、ラメドの神聖剣の剣技〝我が正義は此処に在り〟による極大のエネルギー派が浴びせられ——。
この戦いは節目を迎える。
「ちょっと隙を見せたらこれか。ちょろいもんだな」
演技で膝をついていたベートが起き上がり、地に伏した騎士達を見て不遜に笑った。
治癒術師の女性は健在で、立て直そうと治癒術を使っているが、このままいけば制圧は時間の問題。
「やはり我らの敵ではありませんでしたね」
「シン、早いとこ解呪を頼む。この機に乗じて、一気に落とすぞ」
「わかってるよ、少し待って」
シンが左目にかかる海色の前髪を払い、耳に掛ける。
左の橄欖石の瞳には、聖痕がくっきりと浮かんでいた。
——今が時機だ。
ツァディーはシンの手を引っ張り、呼びかける。
「シンお兄ちゃん」
「うん?」
シンの瞳がツァディーに向いた。
と、ツァディーはその瞳を見つめ返し、シンの顔——聖痕へ手を伸ばす。
『天体の星々よ……【審判】に示して、星の行く先を』
そう囁くと、ツァディーの左胸の聖痕と、シンの左目の聖痕が同時に輝いた。
聖痕を通じて【星】の神秘の力を作用させ——未来を視せる。
すると、シンは数度の瞬きの後、意識を飛ばした。
ドサリと音を立てて、シンの体が地に落ちる。
「ツァディー、何してる!?」
ベートが驚愕の表情を浮かべた。
当然だ。
詰めの大事な場面で、魔術を封じられている状態で、解呪出来るシンが倒れたのだから。
ラメドも目を丸くしている。
二人からしたら、自分の行動は理解出来ないものだろう。
けれどこれは、ノエルを守るために必要な事。
ツァディーは向けられる視線に胸が痛むのを感じながら、アルタイルの照準を二人に定め——。
光線を撃ち出した。
「ぐっ!?」
「ツァディー!!」
それはベートの腕を掠め、ラメドには回避された。
命を奪う意図はないので、これでいい。
でも、彼らはこう思うはずだ。
「裏切るのか? ツァディー」
——と。
底冷えするような低い音域が、後方より聞こえた。
振り返り見上げると、祭壇からノエルが見下ろしている。
彼の灰簾石の瞳は、いつもツァディーに向けていた暖かみはなく、極寒の冬を思わせる冷たさだ。
(ごめん、なさい、ノエル様。今は、こうするしかない……の)
ツァディーはノエルの問いに答えず視線を逸らして、無言で王国騎士達の方へ歩く。
瀕死の彼らから、驚異の目が向いていた。
「……君の事は、妹のように思っていた。残念だよ」
ツァディーは背に投げかけられたノエルの言葉に悲しみを抱く。
全てを正直に、ありのまま話せたら誤解を招く事もなく、こんな気持ちにもならなかっただろう。
けれどそれは出来ない話だ。
ツァディーは立ち止まり、涙が出そうになるのを堪えながら声を振り絞った。
「星はかく語りき……!」
選択せよ。
何を犠牲とし、何を救うのか。
代償なくして新たな未来は作れない。
「ツァディーは、ツァディーのために……戦う!」
【星】は選んだ。
例え誹りを受けようとも、ノエルを守るために。
ノエルを裏切るという、茨の道を——。
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