第八話 ロベルトが強く在る為の理由 王国騎士と女神の使徒①
ルーカスが【戦車】、イリアが【悪魔】、フェイヴァが【死神】と対峙する最中——。
ロベルトはディーン、ハーシェル、アーネスト、そして治癒術師のリシアと共に、【審判】、【魔術師】、【正義】、【星】との戦闘を繰り広げていた。
「はああッ!」
意気込むような掛け声に併せて、蒼白い輝きを纏ったラメドの剣が、蜂蜜色の金髪のポニーテールの揺れる頭頂部に掲げられ——空を斬って振り抜かれた。
纏っていた輝きが剣閃の先へ、光の衝撃波が地面を走る。
これは〝神聖剣〟と呼ばれる剣技の為せる技。
神力を武器に纏わせる事で斬撃を強化したり、光線に近しい波動を射出して遠方を攻撃する事も出来る、威力とリーチに優れた剣技だ。
ロベルトはディーンと並走し、ラメドへ向かって駆けた。
前方から連続して飛んで来る光を躱して、最接近。
ラメドが剣を振り切った直後、目配せでディーンとタイミングを合わせ、左右から同時に斬り込んで行く。
「甘い!」
すかさずラメドの剣が真横へ薙ぎ払われ、閃を描く斬撃が光の衝撃波を放った。
驚異的な反応速度にロベルトは舌を巻く。
咄嗟に剣を盾にしたため大きな負傷は免れるが、刃を合わせる事は叶わず。
ロベルトとディーンは風圧により飛ばされた。
その合間を「オレの存在も忘れるなよ!」と、新緑色の風を纏ったハーシェルが駆け抜け、双剣をラメドに振り下ろすが——彼女は難なく受け止める。
「ラメドにばかり気を取られていると、命取りになるぞ?」
ベートが杖で地を打ち鳴らした。
すると頭上から〝凍結輪舞雨〟の魔術による氷のつぶてが降り注ぐ。
皆、魔術を回避する行動を取り、ラメドと切り結んだハーシェルも後退していった。
『踊れ、舞え! 疾風の刃!』
飛び退きざまにハーシェルが風の魔術を発動する。
『拘禁せよ! 岩石の監獄!』
後方に控えるアーネストも土の魔術を発動させ、飛翔する風の刃と、地面から隆起した壁の如き岩石がベートへ迫る。
だが、シンがベートへ向けて右手を差し出すと、純白の翼を思わせる光の結界が展開し、魔術から彼の身を護った。
ハーシェルが「ダメか」と舌打ちをしている。
「そら、お返しだ」
先ほどよりも大きな、杖を打ち鳴らす音が聞こえた。
次の瞬間「ゴロゴロ」と雷鳴が響き、空から稲妻が降って落ちる。
一人一人を狙って的確に、紫電が走った。
『——母なる大地よ、汝の加護を今此処に! 地母神の護盾!』
アーネストの唱えた結界魔術が、頭上に光の盾を作り出し雷を遮断する。
お陰で事なきを得るが、ほっと一息つく間もなく、ラメドの剣戟による光が地を駆け、ロベルトは横へ跳んだ。
回避した先にはハーシェルの姿があり、そこへ目掛けてもう一発、光が撃ち込まれる。
体を横に逸らして逃れるが、動きに遅れた後ろ髪を掠め、毛先がはらりと舞った。
「あっぶね! 使徒ってのはほんと規格外っすね……っ!」
ハーシェルの言葉にロベルトは「ああ」と頷く。
「威力・速度・リーチに優れたラメドの神聖剣、無詠唱で発動するベートの高位魔術、タイムラグのない的確なシンの支援。もう一人の少女の能力はまだわからないが、圧倒的に不利な状況だ」
——せめてこちらも大規模な魔術で牽制出来れば。
(こんな時、アイシャが居れば……)
と、一瞬ロベルトは思ってしまう。
けれどすぐ、そう考えてしまった自分の不甲斐なさを恥じた。
(駄目だ、弱気になるな。思い出せ、何のために騎士を志したのか……!)
ロベルトは自分が騎士となったきっかけに、想いを馳せた。
——ハミルトン伯爵家の長男として、ロベルトは生を受けた。
家族構成は両親と、歳の離れた弟が一人。
伯爵家は騎士の家系ではなく、商家だ。
長男のため、順当にいけば家を継ぐ立場にあった。
本来であれば、騎士を志すなどあり得ない選択肢だ。
ならば何故、その道を選んだのか——。
一重に、アイシャを守るためだ。
魔術の才能があるから、と本人の意思を無視して軍属の道へ進まされた彼女を守るために、ロベルトは騎士になった。
——アイシャとの出会いは幼少期。
商談へ赴く父に連れられて訪れた先、シェラード男爵家の屋敷で出会った。
幼い彼女の容姿は目を惹かれるものがあり、お辞儀の際に紫がかった艶のある青く長い髪が揺れ、紫水晶のように神秘的な色合いの少し吊り上がった瞳がこちら見つめる姿に、ドキリと胸の高鳴った覚えがある。
〝一目惚れ〟というやつだろう。
会話を交わせば〝愛想のない、高飛車な女の子〟という印象を受けたが、交流を重ねていく内に、その印象も変わった。
アイシャはちょっと不器用なだけで、本当は人一倍、好奇心が強く活発な子。
加えて頭の回転が速く聡明で、大人びた面も見せるが年相応に可憐な少女だった。
だが、出世欲が強く野心家な男爵夫妻は、アイシャをのし上がるための道具としか見ておらず、彼女が子供らしくあるのを許さなかった。
才能を伸ばすために勉学を強要し、狭い価値観という鳥籠の中に閉じ込めて。
羽ばたけぬよう、翼を奪った。
アイシャは——自由を奪われた鳥だ。
ロベルトも伯爵家の後継ぎとして、色々な制約を課される事はあったが、そこから考えても男爵夫妻の行動は異常である。
抗えず敷かれたレールを進むアイシャを見て、ロベルトは思った。
〝何者にも縛られず、自由に羽ばたいて欲しい〟と。
それが叶わぬのならせめて。
〝アイシャが傷つく事のないように、自分が彼女を守ろう〟とも。
——そんな想いで、騎士となる道を選んだ。
両親の反対は勿論あったが、対話を繰り返し、最終的には納得してくれた。
〝信念に準じ、後悔のない人生を歩め〟とは、父の言葉だ。
送り出してくれた父に恥じぬよう、信念と彼女のために生きようとロベルトは誓った。
——だと言うのに。
先日の戦いでは、アイシャを危険な目に合わせてしまった。
運よく危機は脱したが、一歩間違えば彼女を永遠に失っていたかもしれない。
あの瞬間を思うと、恐怖心に全身の熱が引いて行った。
(……守れなかったくせに。都合よくアイシャを頼ろうとするなんて笑い種だ)
もう二度とあんな事が起きないよう、自分は強くあらねばならない。
ロベルトは奥歯を噛み締めて、対峙する女神の使徒へ瞳を向けた。
負傷した【死神】が【審判】の治療を受けているのが見える。
深手のようだが、一瞬のうちに治る様子を見て「シンは治癒術も厄介だなぁ」とぼやくディーンがの声が聞こえた。
再び、ラメドが閃光を放ち、ベートが杖で地を叩いて鳴らす音が響く。
ロベルトは被弾しないよう攻撃を避けつつ、思考を巡らせる。
ラメドとベートの猛攻を抜けて、刃を届かせるための策を捻り出すために。
「【星】のお嬢さんが動かないうちに、ベートかシンのどっちか一方……いや、狙うなら治癒術師のシンか。さっさと潰せりゃいいんだけどなぁ」
ディーンの言うように、治癒術師から落とすのは戦いの定石である。
しかし、圧倒的物量で押し切るには火力が足りず、接近戦で優位を取るのも困難な状況。
持てる手札を的確に切り、最大限に活かさなければならない。
(さて、どうするか……)
采配の手腕が問われる場面だ。
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