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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第七話 ~生命の円環~【運命】と【死神】②

 槍と大鎌。

 形状の異なる(やいば)が衝突し、絶え間なく金属音が響いた。

 

 両手に武器を持っているため、手数の多いフェイヴァに対し、ヌンは防御に回る場面が多く見られ、押されて一歩、二歩と後退して行く。



「……ッ面倒」



 ヌンが打ち合いを止め、跳躍(ちょうやく)してフェイヴァから距離を取った。


 優位にあるのに、逃す手はない。


 追いかけるためフェイヴァは(あし)に力を()めて踏み込むが——。


 直後に頭上からベートの魔術による氷の雨が降り、遠方から幻影の魔狼(まろう)が駆けて来るのが見えて、対処すべく槍を振るうざるを得なかった。


 どちらも簡単に掻き消せる物量であったが、足を止めた数秒でヌンとの距離が開く。


 彼女は離れた場所で鎌の()をくるりと一回転させると、刃を下に左手で握り、右手でこちらを差し示した。



時空(ディメオン)よ〝穏やかな時に(ラ・カルム・ロルスク)()()めて』



 フェイヴァの耳元で「カチリ」と時計の針が動いて止まる音が響いた。

 直後、凍りついたように身体が動かなくなる。


 時魔術による拘束だろう。


 続けざまにヌンが右手を(かか)げ、フェイヴァの周囲を細長く(とが)った黒い針、あるいは(とげ)らしき物質が取り囲んだ。



闇の荊棘(オプス・レジュピーヌ)



 無数の棘がフェイヴァ目掛け、一斉に穿(うが)たれる。


 ——胸の中央に刻まれた聖痕(せいこん)が熱を帯びた。


 「パリン」と硝子(がらす)を割るかのような音が聞こえて魔術が無効化される。


 体の自由を取り戻したフェイヴァは、槍を風車のように回転させ、飛来する棘を撃ち落として行った。


 だが、初動が遅れたため、幾つかの棘が皮膚を裂いて肉を(えぐ)り、鮮血が流れて地へ落ちる。


 魔術を隠れ(みの)に背後から迫ったヌンが「おやすみ」と(つぶや)き、大鎌を振り下ろした。


 戦いでは一瞬の(すき)が命取り。

 鈍痛は走るが、痛みに動きを(にぶ)らせてはいけない。


 フェイヴァは迫る刃を止めるべく、体を()じった。

 

 すると——。



顕現(けんげん)せよ、災厄(さいやく)(はば)む光の盾!』



 と、見計らったかのように詠唱が響いて〝守護結界(ラプロテージュ)〟の魔術——光の防護膜がフェイヴァの眼前に展開し、ヌンの鎌を(さえぎ)った。


 予期せぬ援護に刃が弾かれ、ヌンが(まど)う。


 その好機に、フェイヴァは神速の槍をヌンの腹部へ放ち、(つらぬ)いた。



「う……ッ!」



 無であったヌンの表情が苦悶(くもん)に歪む。


 矛先は華奢(きゃしゃ)な身体を貫通していた。

 致命傷となり得る一撃、早々に決着への王手だ。


 フェイヴァは有効打を決めるべく、もう一方の手に(たずさ)えた槍をヌンに向け、躊躇(ちゅうちょ)なく()ち込む。


 ——しかしながら、その槍は空振りに終わる。



「うあぁああッ!!」



 と、耳を(おお)いたくなる絶叫を発して、強引に槍から体を抜いたヌンが飛び退()(のが)れたからだ。


 (あふ)れた血潮(ちしお)が地に点々とした痕跡(こんせき)を残し、ヌンの(まと)う白い教団の制服を染め上げている。


 常人であれば腹を貫かれた時点で痛みに動けなくなり、勝敗が決する場面。

 その精神力と行動は、敵ながら見事だと言わざるを得なかった。


 彼女の下がった先には【審判(シン)】の姿がある。

 治療を受けるつもりなのだろう。


 そして、フェイヴァの背後にも先ほど結界魔術を展開して見せた、治癒術師(ヒーラー)のリシアがいた。



『傷つきし(しもべ)に癒しの御手(みて)を』

『慈愛の光よ 恵みの(しずく)となりて、かの者の傷を(いや)(たま)え』



 シンとリシアの詠唱が響く。



慈悲の恩寵(グラツィア・メディ)

治癒の慈雨(ラ・メディ)



 銀色に輝く(つゆ)のようなマナがフェイヴァを包んだ。

 暖かな光が傷に溶け込んで欠損を塞ぎ、()やしていく——。


 フェイヴァは大人しく治療を受けながら、ヌンを注視した。

 あちこちで起こっている戦闘への警戒も忘れずに。


 致命傷だと思われたヌンの傷は、きれいさっぱり完治している。



(あの傷を一瞬か。(うわさ)通りだな)



 シンの能力は負傷の度合いに関わらず、治癒術を発動すればたちどころに回復する規格外の力。

 彼が健在であれば、即死させない限りはどのような深手も回復されてしまうだろう。


 勝ちの目を見出(みいだ)そうとするなら、まずはシンを落とす事を考える必要がある。



(——だが、シンを()つため、ヌンを野放しには出来ない)



 自分が彼女を(おさ)えておかなければ、あちらで奮闘(ふんとう)している王国騎士達は死神の鎌の餌食(えじき)となる。



(仮にオレが先行してシンを討つ事が出来ても、単騎で女神の使徒(アポストロス)を制する事は、不可能)



 武力に自信はあるが、自惚(うぬぼ)れてはいない。



「……やられた分は、返す……!」



 ヌンが大鎌を構え、再度向かって来る姿勢を見せた。


 今すべき事は、ヌンを(おさ)える事だ。

 と、フェイヴァは冷静に思考し、槍を構える。



「援護は任せて下さい!」



 背後からハキハキとしたリシアの声が響いた。


 これまでイリアに付き従い、孤立無援(こりつむえん)の戦いをする事の多かったフェイヴァにとって、共闘する仲間がいるというのは少し不思議な感覚だったが——。


 こういうのも悪くないと思えて、静かに口角の端を上げた。






 各々が役割を全うして全力を尽くせば、いずれ勝利への道が(ひら)かれる。



(その時まで、オレは主と……仲間のために戦おう)



 フェイヴァは共闘する仲間を信じ、援護に感謝しながら、確固たる意思の下、二対の槍を振るい続けた。


 転換点の(おとず)れまで——。

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