第六話 ~生命の円環~【運命】と【死神】
『皆の力になってあげて』と、忠誠を捧げた主——イリアに言われたフェイヴァは、王国の騎士達と共に女神の使徒と対峙していた。
フェイヴァの存在理由は、イリアの盾となり生きる事。
それに尽きる。
故に、主が一人でアインと戦う事に、思うところはあった。
しかしながら、彼女の意思と目的を無視し、一方的に我を通す事はしない。
尊重すべきは、自分の想いより主の意思だ。
彼女の成したい事を第一に、その上で障害となるものから護り、時に道を切り開く。
それが自分の役目であり、信条とフェイヴァは心得ていた。
窮地に陥ったならばすぐに駆け付ける心積もりだが、今はまだ、その時ではない。
それに——と、フェイヴァは並び立つ五人の使徒達を一瞥して、一人の使徒を目に留める。
髪色と同じ、黒塗りの大鎌を構える女性。
【死神】の神秘を宿した使徒に。
(ヌンの相手は、オレが適任だ)
フェイヴァの宿す神秘は【運命】。
その特性が【死神】の力に対抗し得る鍵となる。
主もそこを見越しての采配だろうと、フェイヴァは考えた。
「それじゃあ、始めようか。聖下の〝守護聖域〟がこの場所を護ってくれる。手加減はなしだ」
使徒ベートが告げて、十色の魔輝石が輝く杖を地へ打ち付けた。
すると空中に無数の魔法陣が出現して、炎の弾丸が降り注ぐ。
それに紛れて【正義】と【死神】が斬り込んで来るのが見えた。
「最初から飛ばして来るなぁ」
「スピード勝負ならオレも自信あるっすよ!」
炎を躱しながらディーンが大振りの大剣でラメドの剣を、ハーシェルが双剣を十字に交差させてヌンの鎌を受け止める。
フェイヴァは飛んでくる魔術の粗方を槍で打ち消すと、ヌンと切り結んだハーシェルの元へ駆けた。
【死神】とただの人間が戦うのは、自殺行為だからだ。
「——うッ!?」
案の定、刃を合わせただけだというのに、真っ青になりバランスを崩すハーシェルの姿があった。
「退け」
フェイヴァは槍の一本を地に突き立て、空いた手でハーシェルを引き剥がすと、もう一本の槍で死神の鎌を弾く。
突くように穂先を振るえば、ヌンは距離を取るため後方へステップした。
「が、げほっ」
「ハーシェルさん!?」
ハーシェルが吐血して膝を折り、リシアが慌てて駆け寄り両手をかざす。
淡い若草色、治癒術の光がハーシェルを包んだ。
「あいつと刃を合わせるな、死ぬぞ」
フェイヴァは二人の様子を横目に突き立てた槍を引き抜き——。
「オレが相手をする」
と、宣言してヌンを見据えた。
「大丈夫なのですか?」
背後から掛けられたロベルトの声に、フェイヴァは振り返らず頷く。
【死神】の神秘が持つ能力。
〝静寂なる死の誘い〟——命を刈り取る力。
対峙した者の命を静かに、相手に気付かせる事なく奪い、死へ誘う、必滅の力。
彼女が〝処刑人と呼ばれ〟恐れられる所以だ。
何の対策もなく挑めば、結果は火を見るより明らかだが、フェイヴァには対抗する手段がある。
「ボクの相手は、君?」
角度によっては赤色にも見える瞳がじっとフェイヴァを見つめた。
「肯定だ。来るといい」
槍を構えて誘う。
すると、ヌンが言葉を返す代わりに、大鎌を携えて向かって来た。
上段から大振りの一撃。
フェイヴァは左手の槍を水平に、歪曲する鎌の刃を受け止めた。
両腕を使って振り下ろされた刃に籠められた力は軽くないが、この程度ならば片手で事足りる。
間髪入れず、遊んでいる右手の槍で、ヌンの身体を目掛けて突きを繰り出す。
彼女は戟が貫く前に身を捩り、軽やかな動きで横へ飛び、フェイヴァはその後を追って距離を詰めた。
二対の槍を操って攻め込み——槍と鎌、リーチのある武器同士の攻防が繰り広げられた。
打ち合う中で、ヌンが訝し気に首を傾げる。
「……奪えない、何で?」
【死神】の力が及ばなくて不思議なのだろう。
使徒同士でも、全員がその神秘の力を完全に把握している訳ではなく、表立った行動をしてこなかったフェイヴァの力を、彼女が知らないのも無理はない。
神秘によってある程度、発現する力の方向性は決まっているものの、必ずしも先代と同じ能力を有しているとも限らないため、尚更だろう。
【死神】の力を阻んでいるのは、【運命】の神秘が与える力の一つ、循環。
身体という器を満たすマナ、神力、生命力——。
それらをメビウスの輪の如く巡らせて己の力とし、身体能力を飛躍的に向上させる能力。
身体へ害をなす魔術や現象の干渉を拒む効果——つまりは呪いや毒などを無効化するという特性もあった。
有用な力だが代償もある。
マナを外部へ放出できないため、魔術を使う事が出来ないのだ。
しかし得る力に比べれば利点の方が大きい。
さらに【運命】の神秘は、もう一つの力をフェイヴァに授けた。
それは物事の枠を超えて、凌駕する力——超越だ。
二つの力が相互作用を生み出し、ヌンの力を完全に遮断した。
「お前の力が、オレに届く事はない」
フェイヴァは両手の槍を交互に突き出し、攻勢をかけていく。
ヌンも戦い慣れており上手く捌いているが、体格と身体能力には大きな差がある。
このまま行けば勝つことは難しくないと思えた。
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