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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第四話 忠義の騎士

 教皇ノエルを追ってやって来た神の真意(ダアト)宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)は、生贄(いけにえ)として捧げられた歴代の神聖核(コア)、【女教皇(ギーメル)】達が(のこ)した魔輝石(マナストーン)で埋め尽くされた幻想的な地下空間だった。



「僕が世界へもたらす変革、〝術式改変(リベレイション)〟。止めたければ、まずは女神の使徒(アポストロス)達を打ち倒して見せるんだね」



 戦闘態勢を取った女神の使徒(アポストロス)達の後ろで、ノエルが(あざけ)り笑った。


 ルーカスは対峙(たいじ)する敵——。



「ルーカス殿、お相手願います」



 と、名指しで剣先を向けてくる男を見据(みす)えた。


 神聖騎士団長アイゼン・シルヴェスター。

 一年前、ノエルの教皇就任と同時に表舞台へ現れ、元帥の地位に()いた男だ。


 当時、無名だった彼が元帥(げんすい)抜擢(ばってき)された事で、既存(きぞん)師団長(しだんちょう)達から不満の声が上がるも、実力で黙らせた強者(つわもの)だと聞き(およ)んでいる。


 隙のない構えや、鍛え抜かれた身体からも猛者(もさ)の風格が(うかが)えた。


 横から「団長」「ルーカス」と呼ぶロベルトとイリアの声が聞こえて、ルーカスは視線をそのままに告げる。



「聖騎士長アイゼン殿の相手は俺がしよう。すまないがロベルトは指揮を()り、皆と五人の使徒の相手を」

承知(しょうち)しました。王国騎士の誇りに()けて、勝ちに行きます」

「誰が相手だろうと、やる事は変わらんさ」

「ここが大一番の見せ場っすね!」

神秘(アルカナ)脅威(きょうい)ですが、それだけで勝敗は決まりませんからね」

「治癒と援護は任せて下さい!」



 力強いロベルトの返答と、ディーン、ハーシェル、アーネスト、リシアの意気込む頼もしい声にルーカスは口角を上げた。


 

「頼んだ。イリアは——」

「アインの相手をするわ。彼女も私をご指名だし、何より彼女の持つ力は厄介(やっかい)よ。私が(おさ)え込む。フェイヴァは(みんな)の力になってあげて」

「……承知(しょうち)



 銀糸の髪を(なび)かせてルーカスより前へ出たイリアは、腰に差した宝剣を抜くとアインへ向かって駆けた。



「そうこなくちゃ! 一緒に踊りましょう、レーシュ♪」

「戦いは遊びじゃないのよ」



 アインはまるで舞踏会にでも来たかのように、爛々(らんらん)とステップを踏み楽しげだ。


 程なくして【太陽(イリア)】と【悪魔(アイン)】の詠唱歌(えいしょうか)による二重唱(デュエット)が響く。


 ロベルト達とフェイヴァも五人の使徒へ向かって行き——戦いが幕を上げる。






 周囲から戦闘音が聞こえ始める中、ルーカスは剣を眼前に構えたアイゼンと、(にら)み合った状態で膠着(こうちゃく)した。


 ルーカスは相手を探り、一瞬の動きも逃さぬように、(まばた)きから呼吸に至るまでを注視する。


 紫みを帯びた瑠璃色(ラピスラズリ)虹彩(こうさい)も、こちらを捉えて(にぶ)く光っており、(しば)し無言の応酬——視線と(わず)かな動きで相手の行動を予測して、想像の中で打ち合う戦いを繰り広げてゆく。



(——やはり、隙が無いな)



 彼の堂々たる(たたず)まいは、幾度も死線をくぐり抜けて来た者特有の貫禄(かんろく)があり、(まと)う気迫は常勝の王者の(よう)


 気を(ゆる)めれば、たちどころに懐へ攻め込んで来て、圧倒出来るだけの強さを男は持っていると実感できた。


 ——お互い攻め込む機が見当たらないまま、時間が過ぎていく。


 傍目(はため)には見えない攻防が永遠に続くのではないか、とルーカスが思い始めた頃。



(にら)み合ってばかりでは勝負になりませんな、こちらから参りましょう。ルーカス殿の実力は聞き及んでおります。なればこそ、(かか)げた忠義を(つらぬ)くため、一切の手加減は致しません。お覚悟を!」



 との言葉を皮切りに、アイゼンが動いた。


 勢い良く地を蹴り、身に着けた鎧の重みを一切感じさせない俊敏(しゅんびん)な動きで、男が距離を詰める。


 「ぬんッ!」という掛け声の下、鍛え抜かれた剛腕が振りかぶられ、剣の軌道がルーカスへと迫った。



「——ふっ!」



 アイゼンの動きを追っていたルーカスは、瞬時に刀の刃を斬撃へ打ち合わせ、受ける。


 見た目に相応しく、重みのある一撃。

 刃がぶつかる金属音と火花が散り、衝撃が刀を通してルーカスの腕へ伝わった。


 (しび)れる様な衝撃。

 力比べでは分が悪いと(わか)る重みだった。


 鍔迫(つばぜ)り合いに発展する間際、ルーカスは刀を離し、後方へ飛ぶ。


 間を置かずアイゼンが追って来て、胴を狙い剣が振り抜かれた。


 ルーカスは地に足が着いた瞬間、もう一歩後ろへ下がる。


 そして胴を(かす)めそうなギリギリの位置で剣を(かわ)すと、刀を両手に持ち体の重心を前へ。


 下段から斬り込んでいく。


 アイゼンは空振りに終わった勢いを殺さずそのまま体を一回転させ、ルーカスの刀を正面から受け止めると——力で強引に剣を横へ振り切った。


 ルーカスの身体が押し退()けられ、剣先が(わず)かに腕の布と皮膚を裂いて血が舞う。


 若干の痛みは走るが、傷は浅い。

 

 ルーカスは身体のバランスを崩さぬよう体勢を立て直すと、次に来るであろう剣戟(けんげき)に備えて()を握り込み、刀を正面へ構えた。


 すかさず、()(えが)いた銀の刃が(せま)る。

 剣筋に合わせて刀の角度を変え、刃を()り合わせて軌道を()()()


 アイゼンの剣は一言で表せば剛。



(受けて力で押そうとすれば、先ほどのように押し切られる。

 極力、腕力勝負には持ち込まず、流れを(のが)す——)



 ルーカスはその事に注力した。


 一撃が重い分、容易な事ではないが、機動力の高さはルーカスにまだ分がある。


 ルーカスは利点を()かして的確に、迅速に。

 繰り出される剣技を(さば)き、時に反撃を繰り出す。


 刃を合わせる度に「ガキンッ」と金属の不協和音が響いて火花が起こり、一進一退の攻防が続いて行った。






 剣戟(けんげき)の応酬が、(しばら)く繰り替えされた(のち)——。



「やはり剣の打ち合いだけでは、決定打に欠けてしまうか」



 と、(つぶや)いたアイゼンが突如(とつじょ)、大きく飛び退いて距離を取った。


 ——何をするつもりなのか。


 警戒心を(いだ)いたルーカスは、追い(すが)らず(とど)まると、視界にアイゼンを(とら)えて身構えた。



「その若さで見事な腕前です、ルーカス殿」



 アイゼンが持っていた剣の刃を下へ向けて、涼しい顔で告げる。


 息一つ乱さずに皮肉もいいところだ、とルーカスは呼吸を整え、(したた)る汗を感じながら思った。

 

 そして、手加減をしないと言っておきながら、アイゼンはまだ全力を出していないという確信がある。


 剣の腕が立つのは打ち合いでも十分に思い知ったが、ノエルに仕えているからには男も()()()()()はずなのだ。



「……貴方も使徒なのだろう? 神秘(アルカナ)は使わなくていいのか?」



 構えを維持したまま、瞳を細めて問う。

 すると男は一瞬瞠目(どうもく)し、口の端を上げて笑みを(こぼ)した。


 けして(いや)らしい笑みではなく、期待に心躍(こころおど)らせる少年のようなそれだ。


 

「これは失礼を。気分を害したのなら謝りましょう。貴方を(あなど)っている訳ではないのですよ」



 アイゼンが剣の(つか)を両手で握り剣先を(そら)へ、剣身(けんしん)は体の中心、胸の高さで垂直に構えた。



「期待にお応えして、我が神秘(しんぴ)お見せしましょう」



 瑠璃色(ラピスラズリ)の瞳が大きく見開かれ、アイゼンの剣が炎を宿して燃え上がる。

 同時に周囲にマナを含んだ風が吹き荒れた。


 風はアイゼンの両脇に渦を巻いた竜巻を発生させ、あるものへ変化して収束していく。


 ——それは白と黒。


 輪郭(りんかく)が炎のように揺らめく——王国の象徴(モチーフ)でもある、平和を愛し、弱きを守り、気高く強い獣——獅子(しし)の姿をした二頭の獣だった。



「……なるほど。それが貴方の力か」

「私が(いただ)いた力は【戦車(せんしゃ)】、使徒としての名は〝ヘット〟。揺るぎない意志で()って前進する力である」



 炎を(まと)う剣がルーカスへかざされ、獅子が低い(うな)り声を上げる。


 端的に見れば三対一。

 かなり分の悪い戦いだ。

 

 刀の()を握るルーカスの手にじわりと汗が(にじ)み、肌からも冷たい(しずく)が流れ落ちた。


 しかし如何(いか)に不利な状況でも、屈する選択肢はない。


 ルーカスは立ち塞がる困難に打ち勝つため、気持ちを強く持って己を(ふる)い立たせた。

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