第四話 忠義の騎士
教皇ノエルを追ってやって来た神の真意の宝珠の祭壇は、生贄として捧げられた歴代の神聖核、【女教皇】達が遺した魔輝石で埋め尽くされた幻想的な地下空間だった。
「僕が世界へもたらす変革、〝術式改変〟。止めたければ、まずは女神の使徒達を打ち倒して見せるんだね」
戦闘態勢を取った女神の使徒達の後ろで、ノエルが嘲り笑った。
ルーカスは対峙する敵——。
「ルーカス殿、お相手願います」
と、名指しで剣先を向けてくる男を見据えた。
神聖騎士団長アイゼン・シルヴェスター。
一年前、ノエルの教皇就任と同時に表舞台へ現れ、元帥の地位に就いた男だ。
当時、無名だった彼が元帥に抜擢された事で、既存の師団長達から不満の声が上がるも、実力で黙らせた強者だと聞き及んでいる。
隙のない構えや、鍛え抜かれた身体からも猛者の風格が窺えた。
横から「団長」「ルーカス」と呼ぶロベルトとイリアの声が聞こえて、ルーカスは視線をそのままに告げる。
「聖騎士長アイゼン殿の相手は俺がしよう。すまないがロベルトは指揮を執り、皆と五人の使徒の相手を」
「承知しました。王国騎士の誇りに懸けて、勝ちに行きます」
「誰が相手だろうと、やる事は変わらんさ」
「ここが大一番の見せ場っすね!」
「神秘は脅威ですが、それだけで勝敗は決まりませんからね」
「治癒と援護は任せて下さい!」
力強いロベルトの返答と、ディーン、ハーシェル、アーネスト、リシアの意気込む頼もしい声にルーカスは口角を上げた。
「頼んだ。イリアは——」
「アインの相手をするわ。彼女も私をご指名だし、何より彼女の持つ力は厄介よ。私が抑え込む。フェイヴァは皆の力になってあげて」
「……承知」
銀糸の髪を靡かせてルーカスより前へ出たイリアは、腰に差した宝剣を抜くとアインへ向かって駆けた。
「そうこなくちゃ! 一緒に踊りましょう、レーシュ♪」
「戦いは遊びじゃないのよ」
アインはまるで舞踏会にでも来たかのように、爛々とステップを踏み楽しげだ。
程なくして【太陽】と【悪魔】の詠唱歌による二重唱が響く。
ロベルト達とフェイヴァも五人の使徒へ向かって行き——戦いが幕を上げる。
周囲から戦闘音が聞こえ始める中、ルーカスは剣を眼前に構えたアイゼンと、睨み合った状態で膠着した。
ルーカスは相手を探り、一瞬の動きも逃さぬように、瞬きから呼吸に至るまでを注視する。
紫みを帯びた瑠璃色の虹彩も、こちらを捉えて鈍く光っており、暫し無言の応酬——視線と僅かな動きで相手の行動を予測して、想像の中で打ち合う戦いを繰り広げてゆく。
(——やはり、隙が無いな)
彼の堂々たる佇まいは、幾度も死線をくぐり抜けて来た者特有の貫禄があり、纏う気迫は常勝の王者の様。
気を緩めれば、たちどころに懐へ攻め込んで来て、圧倒出来るだけの強さを男は持っていると実感できた。
——お互い攻め込む機が見当たらないまま、時間が過ぎていく。
傍目には見えない攻防が永遠に続くのではないか、とルーカスが思い始めた頃。
「睨み合ってばかりでは勝負になりませんな、こちらから参りましょう。ルーカス殿の実力は聞き及んでおります。なればこそ、掲げた忠義を貫くため、一切の手加減は致しません。お覚悟を!」
との言葉を皮切りに、アイゼンが動いた。
勢い良く地を蹴り、身に着けた鎧の重みを一切感じさせない俊敏な動きで、男が距離を詰める。
「ぬんッ!」という掛け声の下、鍛え抜かれた剛腕が振りかぶられ、剣の軌道がルーカスへと迫った。
「——ふっ!」
アイゼンの動きを追っていたルーカスは、瞬時に刀の刃を斬撃へ打ち合わせ、受ける。
見た目に相応しく、重みのある一撃。
刃がぶつかる金属音と火花が散り、衝撃が刀を通してルーカスの腕へ伝わった。
痺れる様な衝撃。
力比べでは分が悪いと解る重みだった。
鍔迫り合いに発展する間際、ルーカスは刀を離し、後方へ飛ぶ。
間を置かずアイゼンが追って来て、胴を狙い剣が振り抜かれた。
ルーカスは地に足が着いた瞬間、もう一歩後ろへ下がる。
そして胴を掠めそうなギリギリの位置で剣を躱すと、刀を両手に持ち体の重心を前へ。
下段から斬り込んでいく。
アイゼンは空振りに終わった勢いを殺さずそのまま体を一回転させ、ルーカスの刀を正面から受け止めると——力で強引に剣を横へ振り切った。
ルーカスの身体が押し退けられ、剣先が僅かに腕の布と皮膚を裂いて血が舞う。
若干の痛みは走るが、傷は浅い。
ルーカスは身体のバランスを崩さぬよう体勢を立て直すと、次に来るであろう剣戟に備えて柄を握り込み、刀を正面へ構えた。
すかさず、孤を描いた銀の刃が迫る。
剣筋に合わせて刀の角度を変え、刃を擦り合わせて軌道をいなす。
アイゼンの剣は一言で表せば剛。
(受けて力で押そうとすれば、先ほどのように押し切られる。
極力、腕力勝負には持ち込まず、流れを逃す——)
ルーカスはその事に注力した。
一撃が重い分、容易な事ではないが、機動力の高さはルーカスにまだ分がある。
ルーカスは利点を活かして的確に、迅速に。
繰り出される剣技を捌き、時に反撃を繰り出す。
刃を合わせる度に「ガキンッ」と金属の不協和音が響いて火花が起こり、一進一退の攻防が続いて行った。
剣戟の応酬が、暫く繰り替えされた後——。
「やはり剣の打ち合いだけでは、決定打に欠けてしまうか」
と、呟いたアイゼンが突如、大きく飛び退いて距離を取った。
——何をするつもりなのか。
警戒心を抱いたルーカスは、追い縋らず留まると、視界にアイゼンを捉えて身構えた。
「その若さで見事な腕前です、ルーカス殿」
アイゼンが持っていた剣の刃を下へ向けて、涼しい顔で告げる。
息一つ乱さずに皮肉もいいところだ、とルーカスは呼吸を整え、滴る汗を感じながら思った。
そして、手加減をしないと言っておきながら、アイゼンはまだ全力を出していないという確信がある。
剣の腕が立つのは打ち合いでも十分に思い知ったが、ノエルに仕えているからには男もそうであるはずなのだ。
「……貴方も使徒なのだろう? 神秘は使わなくていいのか?」
構えを維持したまま、瞳を細めて問う。
すると男は一瞬瞠目し、口の端を上げて笑みを溢した。
けして厭らしい笑みではなく、期待に心躍らせる少年のようなそれだ。
「これは失礼を。気分を害したのなら謝りましょう。貴方を侮っている訳ではないのですよ」
アイゼンが剣の柄を両手で握り剣先を宙へ、剣身は体の中心、胸の高さで垂直に構えた。
「期待にお応えして、我が神秘お見せしましょう」
瑠璃色の瞳が大きく見開かれ、アイゼンの剣が炎を宿して燃え上がる。
同時に周囲にマナを含んだ風が吹き荒れた。
風はアイゼンの両脇に渦を巻いた竜巻を発生させ、あるものへ変化して収束していく。
——それは白と黒。
輪郭が炎のように揺らめく——王国の象徴でもある、平和を愛し、弱きを守り、気高く強い獣——獅子の姿をした二頭の獣だった。
「……なるほど。それが貴方の力か」
「私が戴いた力は【戦車】、使徒としての名は〝ヘット〟。揺るぎない意志で以って前進する力である」
炎を纏う剣がルーカスへかざされ、獅子が低い唸り声を上げる。
端的に見れば三対一。
かなり分の悪い戦いだ。
刀の柄を握るルーカスの手にじわりと汗が滲み、肌からも冷たい雫が流れ落ちた。
しかし如何に不利な状況でも、屈する選択肢はない。
ルーカスは立ち塞がる困難に打ち勝つため、気持ちを強く持って己を奮い立たせた。
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