番外編 紅眼(ルージュ)の意味
聖歴二十三年、某日。
シェリルは広げた資料に目を落としながら、思考を巡らせていた。
エターク王国の王族に見られる〝紅眼〟と呼ばれる特徴について、その意味と根源が何であるのか、を。
今現在わかっているのは、発現と遺伝の簡単な仕組みだけ。
男性皇族から遺伝する特性らしく、直系であれば女性にも表れる事。
だが、女性王族が子を成した場合、実子は紅眼となるが、血が薄まる二世代以上になると引き継がれない。
王家は血を繋ぎ、この紅眼を守る責務があると言われている。
けれどそれが何故なのか、その理由は長い年月の中で忘れ去られてしまった。
しかし今も、血筋を守るため、男性王族、主に王位を継がない男子の処遇にはルールが定められており、固く守られている。
(……何故、王家は紅眼を守られなければいけないのでしょうね)
シェリルは自身が持って生まれた瞳の根源を慮った。
シェリルはグランベル公爵家、王家に連なる家門の次女として産まれた。
今の当主、つまり父親である公爵は、現国王陛下の弟に当たる。
公爵家は王位を継がない男性王族が取れる道の一つ。
当主の座を継ぐ事で、王家に仕える臣となるのだが、シェリルの父はそれを選んだ。
ただ、政略的にという訳ではなく、公爵家の実子であった母ユリエルと惹かれ合った末に選んだ道らしい。
両親の仲の良さと、恋物語は巷では有名な話である。
公爵家の実子との婚姻で王家の者が公爵家へ入る場合、血が濃くなるのを避けるため二代以上続けての婚姻は禁止されている。
また逆に公爵家の男子が王家に婿入りする場合もあるのだが——。
(一先ず王家と公爵家のルールについて、今は置いておきましょう。考えるべきは「紅眼とは何か?」という点です)
——そもそも何故、このような事を考えているのか、というと。
「もう、何なのよ。『王家の紅眼の意味について考えよう』だなんて、無茶な課題だと思わない? 私達が考えてわかるなら、とっくに解明されてるでしょって話」
正面に座った少女が、ゆるくウェーブの掛かった桃色の髪を指先でくるくると弄りながら、本来は大きな紅い瞳を糸のように細めて分厚い本を睨みつけている。
自分と同じ特徴、またよく似た容姿を持つ彼女は双子の姉シャノンだ。
二人は王立アカデミーに通う生徒であり、授業を終えた放課後、歴史の講義で出された課題に図書館で取り組んでいるところだった。
「お姉様が言いたい事もわかります。けれどこの課題は王家公認でアカデミーの慣例となっていますし、適当にお茶を濁すわけにもいきません」
「そうは言うけど、わからないものはわからないじゃない? 歴史書を見ても、それらしい記述は見つからないし」
「……〝正解を探せ〟という事ではなく〝思考させる〟事が目的でしょうね」
「うーん……?」
意図をいまいち汲み取れなかったのか、シャノンが首を傾げている。
小難しい事を考えるのが苦手なお姉様らしい、とシェリルは思った。
「お姉様は不思議に思いませんか? 王家にだけ受け継がれる、この赤目を」
エターク王族が持つ紅眼は、特別な色。
深みのある真っ赤な紅色、柘榴石のように神秘的で美しい真紅だ。
世間一般でも、赤に近い色彩の瞳を見かける事はあるが、紅眼を持つ者はまずいない。
エターク王族の血筋だけに見られる色だ。
この点については、敵対国家であるアディシェス帝国の皇族が持つ〝黄金眼〟と呼ばれる黄金色の瞳も当てはまる。
双方の国の王族のみに許されたそれぞれの色。
そこに意味があると勘繰ってしまうのは、至極自然な事だろう。
「んー、あまり気にした事がないわ。当たり前の事だと思っていたし」
シャノンは頬杖をつき、本のページをパラパラとめくっている。
無関心な姉の様子に、シェリルはため息をついた。
「探究心の欠片もありませんね……。でしたら、この話題はどうでしょう?」
「うん?」
シャノンの紅い瞳がシェリルへ向く。
シェリルは同じく紅い瞳で見つめ返した。
「——近年増加する魔獣も、紅い目をしていると言う事実です」
魔獣とは、何らかの要因で以て凶暴化した動物達の総称だ。
その特徴は、放たれる禍々しい黒いオーラと、赤く染まった目。
青、緑、黄、白、黒、銀——。
赤以外にも、この世界は様々な色で溢れているというのに、何故〝赤〟なのか。
「不思議には思いませんか?」
「それは……確かに。ちょっと気になるわね」
つまらなそうにしていたシャノンの興味が、話題へ向く。
この事実は王家への侮辱と取られ兼ねないので大きな声で語る者はいないが、界隈でまことしやかに囁かれている事だ。
「どちらの赤目も、要因がわかっていません。故に因果関係も謎に包まれていますが……」
「希少性を考えると、偶然の一致とは思えないって事ね」
「ええ。根源に共通点があるのではないか、と私も思っています」
シャノンが手元の本が閉じて姿勢を正し、いつになく真剣な表情を浮かべている。
「お姉様は、世間で最も多い、髪・瞳の色をご存知ですか?」
問えばシャノンは顎に手を添えて一拍、思案した。
「……銀髪、青目ね」
「そうです。その根源も勿論、知っていますよね」
「当たり前じゃない。誰もが聞かされる話よ」
シャノンが腕を組み、馬鹿にするなと言わんばかりにふんぞり返る。
「この世界を創った〝女神様の特徴〟でしょう? 自分に似せて人を創造したと言われているから、その名残でこの色を持つ人が多いって言われてるのよね」
「はい。創造神話でも語られている逸話です」
女神を信仰する宗教——アルカディア教団の教皇、女神の代理人と謳われる歴代の教皇も、銀髪・青目の特徴を持っている事が多かった。
「ありふれたお話、当然の事実とも言えますね。でも、深読みすれば〝色〟というのは私達が思っている以上に、意味を秘めているのではないでしょうか」
「何気なく流している事実にこそ、隠された意味がある……か」
シェリルは頷いて肯定を示す。
「今回の課題は『ノブレスオブリージュの精神』を養うのに必要な事。〝当たり前を当たり前と受け止めず疑い、考える事を放棄するな〟という教養の一つですよ」
「『貴族たるもの、身分に相応しい振る舞いをしなければならない』……これも持てる者の責務ってわけね」
シャノンが大きな溜息を吐き出し、再度本のページを開いた。
「ほらシェリル、やるわよ」
姉は思考する事は苦手な分野であるが、責任感は強い。
課題の意図を理解して、真面目に取り組む気持ちになったのだろう。
シェリルは「はい、お姉様」と微笑んで、近くに置いた本へ手を伸ばした。
(……まあ、本当に紅眼の意味を探しているのもあるでしょうけどね)
紅眼、黄金眼、青眼——。
王国、帝国、教団という、三つの大きな国の頂点が持つ〝色〟。
そして魔獣の赤目。
青眼の根源が女神であるように、紅眼にも必ず根源が存在するはず。
それが何であるのか、今はわからなくても。
根底にあるものが、必ずしも良い結果をもたらすとは限らなくとも。
思考する事を、探求を止めなければ、いつか答えに辿り着く日が来る。
——真相が明らかとなる〝未来〟を思って。
まずは目の前の課題をこなすため、シェリルは思考の波に意識を沈めた。
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