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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第三話 深淵の地に、女神の使徒(アポストロス)と獅子が立つ

 テットと対峙するシャノンとシェリルを残して、ルーカス達はラメドの先導に従い神殿の中へと入って行った。


 神殿内部の造りはパール神殿とそれほど変わりない。


 白い壁に高い天井、白く太い丸柱が間隔よく立ち並ぶ建物入口(エントランス)の奥に祈りの間があり、祈りの間の仕掛けを作動して、現れた隠し階段を下って地下へ。


 階段の終着点には、壁画の描かれた扉——女神の血族にしか開錠出来ぬよう、魔法陣によって封印の(ほどこ)された扉が存在しており、イリアが手を触れると魔法陣が閃光を放って砕け散った。


 その先は宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)


 前回のように世界樹の根が張った、薄暗い空間があるとばかりルーカスは思っていたのだが——。


 地響きを立てて開かれた扉を抜ければそこは、視覚化したマナが満ちて、床も、壁も、天井も、一面が銀色に(きら)めく鉱石に覆われた、(まばゆ)く広大なドーム状の空間だった。


 恐らくは魔輝石(マナストーン)だと思われる六角柱状の鉱石が、至る所から隆起しており、まるで森を形作る木々のように生い茂っている。


 ——俗世(ぞくせ)とは隔絶(かくぜつ)した幻想的な光景だ。


 この場に足を踏み入れた誰もが、美しい景色に目を奪われるに違いない、とルーカスは息を飲んで思った。


 その証拠に、仲間達は足を止めて景色に魅入(みい)っている。



「なんて綺麗なところ……」

「これ全部、魔輝石(マナストーン)か……?」

「ああ、多分……な」



 リシアが感嘆(かんたん)()らし、ハーシェルとアーネストは食い入るように魔輝石(マナストーン)(なが)める姿があった。



「こんな場所が現実に存在するとは、夢のようですね」

時価換算(じかかんさん)したらやばそうだなぁ」



 ロベルトとディーンは美しさだけでなく、その価値にも驚嘆(きょうたん)しているようだ。


 魔輝石(マナストーン)は主に魔術器(まじゅつき)とマナ機関(きかん)の動力として(もち)いられる。

 暮らしを豊かにする上で欠かせない資源だが、需要(じゅよう)拡充(かくじゅう)に対して採石量は横ばい。


 希少価値が上がっているため、そんな風に考えてしまうのも(うなず)ける。



「……やはり無知は罪ですね」



 前を歩いていたラメドがどこか(あわ)れむような表情でイリアを一瞥(いちべつ)した後、奥へと歩んで行った。


 ルーカスがイリアを見ると、彼女は浮かない表情を浮かべている。


 含みのあるラメドの言葉とイリアの表情——それらの意味は、すぐに知る事となる。






「綺麗だろう? (かな)しいくらいに」



 ラメドが歩んで行った方向から、低音域(テノール)の声が響く。


 視線を向けると、広場のように開けた場所に並び立つ女神の使徒(アポストロス)達と、更に奥の階段の上——パール神殿で見た宝珠(セフィラ)の置かれた祭壇と、更にその上の階層に一際大きな、七色に輝く魔輝石(マナストーン)(まつ)られるように鎮座(ちんざ)している場所——から見下ろす教皇ノエルの姿があった。


 ノエルはゆったりとした動きで(すそ)の長い純白の祭服を(ひるがせ)し、「カツン」と反響する(くつ)音を鳴らして階段を下りながら、語る。



「ここにある魔輝石(マナストーン)は女神の血族の、命の結晶。神聖核(コア)となった【女教皇(ギーメル)】達の成れの果てだよ」



 この空間を埋め尽くす輝きが、世界を生かすために捧げられた〝彼女達〟のものである事を。



「んなぁ!?」

「そんな……っ!」



 皆に動揺が走り、ハーシェルの叫びと、リシアの悲鳴が聞こえた。



(術式と何らかの関わりはあるだろうと思っていたが……)



 哀しい事実に、ルーカスも顔を(しか)める。

 動じていないのは、この事実を知っていたであろうイリアとフェイヴァだけだ。


 

「一体どれ程の命が、犠牲に……」



 長い年月(としつき)生贄(いけにえ)として(ささ)げられた女神の血族の女性を(いた)み、ルーカスから言葉が(こぼ)れた。


 使徒達の元へ降り立ったノエルが「……そうだね」と宙を(あお)いで(つぶや)き、言葉を続ける。



神聖核(コア)が捧げられるようになったのは、最古の記録で千五百(せんごひゃく)年前。

 最初はそれほど頻繁(ひんぱん)に必要なかった代替えも、宝珠(セフィラ)が失われる度に間隔が短くなり、ギーメルの質にも左右されて——。

 ……まあ、結構な人数が神聖核(コア)となったようだよ」



 ノエルが下ってきた階段の上に(まつ)られた七色の魔輝石(マナストーン)を見上げた。


 恐らくはあれも、神聖核(コア)に関係するものなのだろう。



「僕は姉さんを、彼女らと同じ物言わぬ鉱石になどさせない」



 ノエルが歯をくいしばり、鋭い感情を宿して冷え込む硝子細工(がらすざいく)と見間違うばかりの青い灰簾石(タンザナイト)の瞳が、ルーカス達に向けられる。



「そのためならば、喜んで世界の敵となろう!」



 彼は両腕を広げて、身震いのする()てつく殺気を放った。



「ノエル!」



 一歩前に出たイリアが悲痛な面持(おもも)ちで彼の名を呼び、暗に表情で「やめて」と(うった)えるが、ノエルは首を横に振った。



「最早言葉は必要ない。僕を止めたければ、力で制してみせろ!」



 ノエルの言葉に女神の使徒(アポストロス)達が臨戦態勢(りんせんたいせい)を取る。

 届かぬ想いに、イリアが眉根を下げて唇を噛んだ。


  ——戦いは避けられない。


 ルーカスはイリアの隣に並んで立つと、女神の使徒(アポストロス)達とノエルを視界に(とら)え、刀を引き抜いた。



「俺達も(ゆず)れない想いがある」



 刃先をノエルに向けて、(よどみ)みなく高らかに宣言する。



「信念を()して、貴方を止めて見せる!」



 そうすればルーカスに呼応した仲間達が次々と得物を手に取って構え、両陣営が(にら)み合う形となった。



「どちらの想いが勝るか、雌雄(しゆう)を決しよう」



 ノエルが不敵に笑う。


 それから「……ああ、それと」とおもむろにルーカスの魔術器を差し示すと——。



『——封印(ロック)します』



 魔術器から機械の音声が聞こえた。


 ルーカスが視線を落として見れば、本来は(あか)色であるはずの魔輝石(マナストーン)が、色を失って銀色へ変わっている。



「君の〝力〟は女神の代理人である僕の前では使えないからね。その魔術器が、どこで作られた物であるのか、忘れてはいないだろう?」



 勿論、覚えている。

 魔術器はルーカスが教団に拘禁(こうきん)されていた時に開発された物。


 〝破壊〟と〝崩壊〟——双方の力を抑制(よくせい)し、制御する目的で作られた。


 「()()()()()()()()()()()()()()」と言うからには、魔術器の構造に彼の力が何らかの形で関与しているのだろう。



(確かに痛手ではあるが……)



 ルーカスは(はな)から全てを〝破壊〟して終わらせようとは考えていなかった。



「丁度いいハンデだ。俺はまだ、貴方の説得を(あきら)めていないからな」

(いさ)ましいな。蛮勇(ばんゆう)とならない事を祈るよ」



 ノエルが口角の端を上げて笑い——。



「聖下、お下がり(くだ)さい。ルーカス殿のお相手は私が」



 と、ルーカスからノエルを隠すように一人の男が間に立った。


 がたいの良い体に白銀の鎧を(まと)い、後方へ撫で上げるように流した金髪と瑠璃色(ラピスラズリ)に輝く瞳を持った男——聖騎士団長アイゼンだ。


 抜かれた彼の剣先がルーカスへ向けられる。



「ふふっ、私はレーシュと遊びたいな♪」



 立ち並んだ使徒のうち、鈴のような声色の少女、ゴシック調の黒のワンピースをくるりと(ひる)し踊って見せた使徒アインが笑った。


 蠱惑(こわく)的な色香を(ただよ)わせ、(つゆ)のこぼれ落ちそうな大きな鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の瞳が、舐め回すようにイリアを見つめている。


 そして——。



「今こそ【審判(しんぱん)】の時。聖下はそこで御覧(ごらん)になっていて下さい」



 長い海色の前髪で若葉の様に(あわ)橄欖石(ペリドット)の瞳を片目だけ隠した、聖職者の祭服を着た青年、シンが告げる。


 彼は以前見た(おだ)やかな印象とは一変して、厳格な表情を浮かべていた。



「こいつらはオレ達が片付けます。

 ——冥途(めいど)土産(みやげ)に【魔術師(まじゅつし)】の神髄(しんずい)を見せてやるよ」



 燃え盛る炎のように赤く長い髪、水晶(クォーツ)(ごと)き透き通る銀色の瞳。

 威圧的な視線で射抜いて来る青年——。


 十色の魔輝石(マナストーン)が輝く杖を持ち、魔術師らしいローブを(まと)ったベートが意気揚々(いきようよう)と言い放った。



「【正義(せいぎ)】は我が手に。聖下のために正しくこの力を振るいましょう」



 (まと)め垂らされた蜂蜜のような金髪(ハニーブロンド)を揺らし、白銀の鎧が駆動する金属音を響かせて、聖騎士ラメドが白銀の剣を振りかざす。


 糸のように細められた藍玉(アクアマリン)の瞳には、殺気が()められている。



「……ボクは【死神】。女神様の意思に従い、命を刈り取るだけ」



 中性的な顔立ちの使徒ヌン——背教者を(さば)く〝処刑人(ブロー)〟として知られる使徒が、自分自身の身長よりも丈のある黒塗りの大鎌を握り締めて一回転させた。


 雪のように白い肌は生気があまり感じられず、夕焼けを思わせる紅玉髄(カーネリアン)の瞳と、毛先にかけて灰色のグラデーションの作られた黒髪からミステリアスな印象を受ける。



「すべては……【(ほし)】の、導きのままに……。

 主様は、傷つけさせない……!」



 (あわ)い藤色のワンピースを握り締めて、(うつむ)きがちな顔を上げたのは小柄(こがら)の幼き少女、ツァディー。


 ウェーブの掛かった(つや)めく長い星色の髪と、紫黄水晶(アメトリン)の瞳が、夜空に(またた)一等星(いっとうせい)のように輝いている。

 

 ——総勢、七人の女神の使徒(アポストロス)がルーカス達を(はば)まんと、立ち(ふさ)がった。



「さて、英雄殿と王国騎士のお手並み拝見と行こう」



 彼らの後ろで悠然(ゆうぜん)(たたず)むノエルが、一笑(いっしょう)に付すのが見えた。


 ノエルに手を伸ばすためには、女神の使徒(アポストロス)という壁を越えねばならない。



「存分に(なが)めるといい。王国騎士が背に(かか)げる象徴(しょうちょう)——獅子(しし)のように雄々(おお)しく、(ほこ)り高く戦って。

 そして最期には勝ちを掴み取る、俺達の雄姿を——!」



 ルーカスは決意を口に、ブレぬ意思で刀を握り締め、対峙(たいじ)する敵を見据(みす)えた。

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