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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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第二話 北の大神殿で待つ者

 ルーカス達は聖都から馬で〝神の真意(ダアト)〟と呼ばれる北の大神殿を目指した。


 平野(へいや)は聞いていた通り障害となるものがなく、只々駆ければよいので楽な道程(どうてい)だった。


 難所は神殿手前の森。


 天然の要害(ようがい)だという〝カルディエヌ〟は、そう言われるに相応しく、木々の合間に()(しげ)った高密度の(いばら)が、人のみならず異物の侵入(しんにゅう)(はば)む構造となっていた。


 森の入口付近で下馬して、そこからは徒歩での移動。

 進路を塞ぐ(いばら)を切り崩しながら歩き続け、数刻を(つい)やして森を抜けた。






 ——しかして、ルーカス達は北の大神殿に辿り着く。


 神殿は大陸の北端、天を(さえぎ)るものがなく()み渡る青空を見渡せて、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)の向こうに広がる紺青(こんじょう)色の海が一望できる場所に()った。


 敷地の境界線から神殿へ続く道は、白い石材の敷き詰められた石畳(いしだたみ)の通路となっており、両脇には等間隔(とうかんかく)に建てられた白の(かざ)り柱。


 通路を進んで行けば、荘厳(そうごん)にして神聖な北の大神殿〝神の真意(ダアト)〟が見えた。


 神殿の外装は(けが)れなき純白。

 壁は黄金のアラベスク(がら)が刻まれている。


 正面からは三角形に見える屋根、道中の(かざ)り柱よりも意匠(いしょう)()らされ、見た目にも優美で著大(ちょだい)な柱が壁面の周りに(そび)え立ち、屋根と建物全体を支えていた。


 通路も建物も、風化が(ほとん)ど見られず、僻地(へきち)にあって潮風(しおかぜ)(さら)されとは思えないくらいよく整備されている。


 術式の心臓部がある場所だけに、教団の管理が行き届いているのだろう、とルーカスは思った。


 そして、通路の終着点。

 そこまで長くない石造りの階段の上——神殿の入口には二人の男女の姿があった。


 一人は紅鳶色(レディッシュブラウン)に金色のハイライトが入った、獅子(しし)のたてがみのような髪を持ち、両腕に金属製の手甲を()め筋肉で豪快(ごうかい)として体格の男——【剛毅(ごうき)】のテットだ。



「お、やっとおいでなすったな。待ちくたびれたぜ」



 ルーカスが階下から様子を(うかが)っていると、こちらに気付いたテットが不遜(ふそん)に笑って、肩を回す動作を見せた。


 その(かたわ)らにもう一人。

 聖騎士が(まと)う白銀の(よろい)を装着し、白銀の(つるぎ)を帯剣した女性騎士がいる。


 【正義(せいぎ)】のラメド——彼女は頭頂部で一纏(ひとまと)めにして()らされた、蜂蜜のように(つや)があって輝く金の髪を揺らし、(するど)く吊り上げた藍玉(アクアマリン)の瞳をルーカス達へと向けた。



「来ましたね、レーシュ。そして救国の英雄——いや、【(ペー)】。女神の使徒(アポストロス)でありながら、聖下の意に従わず盾突く不忠(ふちゅう)の臣よ」



 刃物のように鋭利なラメドの瞳が、ルーカスを射抜く。


 事情を知らない団員の内、ハーシェルとアーネストが驚愕(きょうがく)とした様子でラメドからルーカスへ視線を移し「へ?」「団長が……使徒……?」と懐疑(かいぎ)的な声を上げた。


 ロベルトは思い当たる節があるのか、然程(さほど)(おどろ)いていないようだ。


 ルーカスが使徒であることは国家機密。


 だというのに、こうもあからさまな言い方をされては取り(つくろ)うのも難しく、ルーカスは肺に溜まった息を勢いよく吐き出した。



「……軽い口だな、何のための盟約(めいやく)だ?」



 声を低めて(とが)めれば、ラメドは悪びれもせず鼻で笑った。



「聖下の策が()れば、新たな法が()かれるのです。盟約など、何の意味も()しません」



 神秘(アルカナ)という絶対の力を宿しているからこその自信だろうが、(いささ)(おご)っているように思える。



「戦う前から勝った気でいるとは。随分(ずいぶん)と余裕があるな」



 (あなど)られた事に対する不快感を(あら)わにしたルーカスは瞳を細め、(するど)い眼差しをラメドへ向けた。



貴様達(きさまら)に勝ち目があるとでも? それこそ思い上がりです」



 ラメドは態度を軟化(なんか)させるどころか、視線に殺気を乗せてくる。


 同じだけの気迫をルーカスも視線に()めて返せば、肌を差す緊迫とした空気が場に流れた。


 一触即発(いっしょくそくはつ)といった状態。


 ——だったが、「クク」と(のど)の奥を鳴らした笑いが、ラメドの横にいるテットから聞こえて、ルーカスは意識のひとかけらをそちらへ向ける。



「ヤル気満々でイイ殺気だ。何なら、オレ様と遊ぶか? まとめて相手してやんぜ?」



 テットが右手を差し出し「かかってこい」と言わんばかりに人差し指を動かして見せた。


 安い挑発に乗るつもりはないが、戦闘となる事はわかっていた事だ。

 仲間達が身構え、ルーカスも刀へ手を()える。


 想定内の状況。

 必要とあらば武を持って制するだけである。


 しかし、テットの言動を受けて、意外にもラメドは放っていた殺気を(おさ)めた。



「テット、(ひか)えなさい。私達の役目は彼らを中へ案内する事です」

「あ? ラメドもヤル気だったろ?」

「……聖下の、命令に逆らうのですか?」

「だってこいつらどうみたって雑魚だろが。どうせ戦う()んなら、今まとめて()っちまっても変わりゃしねーよ」



 テットがこれ見よがしに親指を突き立てた拳を下にして、こちらを見下(みくだ)した。


 彼が戦闘狂なのは有名な話で、その戦闘能力の高さは知っている。

 だが、この人数差を歯牙(しが)にかけず勝つつもりでいるのだから、ラメド以上に傲慢(ごうまん)だ。


 すると「さっきから黙って聞いていれば……」と、(いきどお)る声が聞こえ、ルーカスの横を通り抜けて前へ出る人影があった。


 ルーカスの瞳に映り込んだのは、赤と白を基調とした軍服。

 肩のラインで切り(そろ)えられたウェーブの掛かった桃色の髪。


 後頭部で三つ編みのハーフアップに(まと)められた髪が、ふわりと風に揺れる様。


 ルーカスの妹、双子の姉妹の姉、シャノンの背中だった。



「使徒っていうのは礼儀のない(やから)が多いわね。弱い犬ほどよく吠えると言うけれど、こんなのが女神の使徒(アポストロス)? 格が知れるわ」



 再三の不躾(ぶしつけ)な発言が、シャノンの逆鱗(げきりん)に触れたのだろう。

 物怖(ものお)じせず怒りの(にじ)んだ声色でテットを(あお)って見せた。



「あァ!? んッだと!?」



 青筋立てたテットが声を(あら)げ、シャノンを(にら)みつけて威圧(いあつ)した。

 

 シャノンは(おく)する様子もなく「ふん」と一笑すると、帯剣した(つるぎ)を抜いて、切っ先をテットへと(さだ)めると(りん)と言い放つ。



「お望みなら私が相手になるわ、駄犬(だけん)



 シャノンの言葉を聞いたテットは何を思ったのか——突如、(あし)に力を()めこちらへ向かって()んだ。


 階段の上から下へ。

 質量のある身体に重力が乗って落ち、着地の衝撃で石畳(いしだたみ)の割れる鈍い音がした。


 ゆらり、とテットが起き上がる。


 彼の榛色(シンハライト)の瞳がシャノンを映して、獲物を補足した猛獣のようにギラついた。



「女だてらに威勢(いせい)のイイのがいるなァ! 言うからには腕も立つんだろ? ラメドよぉ、一匹くらいはいいよな?」



 どうやら〝駄犬〟と呼ばれたのが、最上級の(あお)り文句として刺さったようだ。

 闘争心(とうそうしん)()き出しにしたテットが「ゴキ、バキン」と指の関節を鳴らしている。



「……まあいいでしょう。『先手はテットに』と(おっしゃ)ってましたし」



 ラメドが(まぶた)を伏せ、首を(たて)に振った。



「そうこなくちゃなァ!!」



 テットは両手の拳を突き合わせて口角の端を上げて笑い、シャノンも剣を引く様子はない。



「いつでも掛かって来なさい、駄犬!」



 (きわ)めつけに再度の(あお)り文句。

 最早、対戦カードは決まったも同然だった。






 ルーカスの背後で盛大な溜息と「……まったく、シャノンお姉様は」とぼやくシェリルの声が聞こえた。



「お兄様、(わたくし)もお姉様と残ります」



 言うと同時に、緩くウェーブの掛かった長い桃色の髪を(なび)かせたシェリルがルーカスの横を通り抜けて行き、シャノンの隣へ並び立った。


 テットは嫌な顔をするどころか、笑顔を深めて「二対一か! たぎるなぁッ!」と悦喜(えっき)している。


 ルーカスは勇ましく立つ妹達を見つめて、拳を握り締めた。


 傲慢不遜(ごうまんふそん)ではあるが、テットの実力は本物。

 (あなど)れない相手だけに、双子の姉妹が心配になる。



(だが、シャノンとシェリルは騎士。ここで私情を挟むのは——違う)



 彼女達も相応の覚悟を持って、戦いに身を投じている。

 心配だから、妹だから、と特別扱いするのは、騎士の(ほこ)りを傷つける行為に他ならない。

 

 ルーカスがこの場ですべき事は、兄として妹達を案じる事ではない。

 一人の騎士として、彼女達の意思を受け止め、信じて託す事こそ、今必要な事。


 ルーカスは()き上がる感情をぐっと(こら)えて、告げる。



「シャノン、シェリル。ここは任せたぞ」



 そうして仲間達には「行くぞ」と声を掛け、テットと向き合う妹達を追い越して前へ。

 神殿へ向かって歩を進めた。



「任せて。こんな礼儀(れいぎ)知らず、ちゃちゃっと倒してすぐに追いつくんだから」

「お任せください。お兄様、イリアお義姉(ねえ)(みな)様。どうかお気を付けて」



 不安を感じさせない明るい声色(こわいろ)、頼もしい返答を背に受けて、ルーカスは「ああ」と笑った。



(シャノンとシェリルならばきっと、やり()げられる)



 二人を信じて。

 ルーカスは振り返らずに前へ進んだ。

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