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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第五章 女神のゆりかご

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序幕 光が囁く、星への警鐘

 北の大神殿、神の真意(ダアト)——地下にある隠された十一(じゅういち)番目の宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)


 そこは世界に十ある祭壇(さいだん)惑星延命術式(女神のゆりかご)を稼働させるための術式を展開させるための心臓部だ。


 巡礼団は聖都フェレティへ帰還する前、神の真意(ダアト)宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)(おとず)れたのだが——。



『教団の掃除をする間、ツァディーはここで待っていて。君がその手を汚す必要は、ないからね』



 ノエルはツァディーの頭を優しく撫でながらそう告げると、彼女を置いて教団本部へと帰還してしまった。


 一人残されたツァディーは、彼らが戻って来るまで手持ち無沙汰(ぶさた)な時間を過ごしていた。



(あるじ)様たち、遅いな……」



 入り口付近の階段で座り込んだツァディーのぼやき声が、広大な地下の空間に反響する。


 神の真意(ダアト)宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)は、他の十の祭壇(さいだん)とは様相(ようそう)が異なり、地下だと言う事を感じさせない程明るく、そして広い。


 明るさの(みなもと)は空気中に(きら)めく銀色のマナと魔輝石(マナストーン)


 大樹の根が張る天井と壁を、六角柱(ろっかくちゅう)状に隆起(りゅうき)した水晶のような魔輝石(マナストーン)(おお)っている。


 ツァディーは光の加減で七色に輝く美しいそれを目に映して、眉尻(まゆじり)を下げた。



(——ここに居ると、悲しい……気持ちになる)



 そう思ってしまう原因は、わかっている。


 ここに生成された魔輝石(マナストーン)は、世界のために身を(ささ)げた〝彼女達〟が(のこ)した生命(いのち)の輝き、その残痕(ざんこん)が結晶化したもの。


 この空間を埋め尽くす規模となると、一体どれだけの人が犠牲になったのか——。



「単純に綺麗だなんて、思えないよ……」



 ツァディーは胸に積もる悲しみを吐き出すかのように、溜息を付いた。






 静かな空間。



『————』



 ツァディーは「キーン」と、金属音のような高い音が聞こえて、片耳を(おさ)えた。


 周りは静寂(せいじゃく)に満ちている。

 よくある耳鳴りの現象、しばらくすれば収まるだろうとツァディーは思った。



『————、——!』



 だが、音は一向に鳴り止まず。


 それどころか音が増えて重なり、二重奏(デュエット)四重奏(カルテット)七重奏(セプテット)へと変化を見せ、(ひど)くなっていった。



『————! ———』



 (たま)らず、両耳を手で(おお)(まぶた)を伏せる。


 そうしたところで耳鳴りが収まるはずはないのだが、無意識下で防衛本能が働いたのだ。


 ——耳の奥で、音が木霊(こだま)する。


 まるで、誰かが耳元にいるような気配と、叫びにも似た音が段々〝声〟として認識されていく感覚があった。



『——【星】の——よ、聞——て、()——』



 そうして、ツァディーは脳裏に響く声を聞き、(さと)る。


 やっぱり「誰か」が自分に(うった)えかけているのだ、と。


 (まぶた)を開けて、周囲を見渡す。

 けれど()えるのは一面に輝く、魔輝石(マナストーン)だけ。



「……だれ……?」

『——ス——、光————。星詠(ほしよ)——、——を』



 言葉として聞き取れなかった大部分が、高い音として鼓膜(こまく)を鳴らした。


 (かろ)うじて単語としてわかるのは「光」と「星詠(ほしよ)み」の二つ。


 星詠(ほしよ)みはツァディーが宿す神秘(アルカナ)が与える、使徒としての力。

 断片的に未来を予知するものだ。



「未来を……、()れば、いい?」

『————!』



 力強く高い音が鳴る。

 「そうだ」と言われた気がした。


 ツァディーは立ち上がり右手を胸の位置に(かか)げると、神秘(アルカナ)に願った。

 


『……天体の星々よ(ラ・ボア・ラクテ)幻視(げんし)の扉を開きて(うつ)せ、星の行く先を——』



 左胸に(きざ)まれた聖痕(せいこん)が熱を持って応える。

 手のひらにマナが集まって、漆黒(しっこく)の球体を生み出していった。


 球体はその中で(またた)く星の動きによって〝未来〟を見せてくれる。


 これまでも何度か未来を見たが、星が暗示(あんじ)するのはいずれも破滅(はめつ)


 確定した未来を示すものではないので、内容は抽象的(ちゅうしょうてき)である事が多い。


 見方によっては異なる解釈(かいしゃく)も出来るが、今回も結果は大きく変わらないだろう、とツァディーは思った。


 ——けれど、どうしてか(みょう)な緊張感に襲われる。


 マナに満たされたこの場所のせいか、いつもより感覚が()()まされている。


 未知なるものが開花する感覚——早まる鼓動と不安に、唇を()んだ。


 ツァディーが球体を(のぞ)き込もうとすると、それは前触れもなく(はじ)けた。



「え!?」



 何も()ないうちに、このような現象となるのは初めてだった。


 驚きに目を丸くしていると、彼女の周囲に光が(あふ)れ、一つの場面を切り出した静止画が、絵画のように次々と浮かんだ。



「これ、は……」



 神秘(アルカナ)が自分に与えた力だと、ツァディーは理解した。


 新たな力は女神が【星】へ(おく)啓示(けいじ)

 〝流れ星が見せる夢エトワール・フィランテ・ル・レーヴ〟。


 これから起こり得る〝未来〟を、切り取って映写(えいしゃ)する力。


 発現(はつげん)した力によって映し出された何十枚もの映像が、彼女を取り(かこ)んでいた。


 その一枚一枚をツァディーは瞳に焼き付けて、内容を()み取っていく。


 ——全てを見終わった時、何故星詠(ほしよ)みは破滅(はめつ)の未来を示唆(しさ)していたのか明確となって、ツァディーは戦慄(せんりつ)した。



「……だめ、こんなの……だめ、だよ……っ」



 ()えた未来は直近でいくつかに枝分かれしていた。


 どの道筋へも代償(だいしょう)なしには(いた)れず、うち二つは完全なる最悪な結末(バッドエンド)


 闇に飲まれて全ての輝きが消えてゆく、世界の終焉(しゅうえん)に繋がっていた。


 分岐の鍵は光。

 どれか()()でも失われれば、その時点で未来が閉ざされる。


 ——そして、ツァディーは気付いてしまった。


 自分たちは無意識のうちに〝それ〟の支配下に置かれていたのだと。


 指先が冷えて、全身の熱が引いていく。

 今まで(うたが)った事のなかった意思を、信じていた柱の崩れ去る音がした。



「女神様……どうして……?」



 神秘(アルカナ)は女神の恩寵(おんちょう)、その意思を(たっと)(しもべ)の証。



(それなのに、なんで……っ)



 ツァディーは肩を抱きしめ、込み上げた涙を(あふれ)れさせた。


 世界の真実を知った時もそう。

 いつも後戻りが難しい場所に立たされて初めて、真実を知る。


 何故、もっと早くに気付けなかったのだろう、と自責の念に襲われる。



『——まだ、間に合う。(ステラ)よ、(みちび)くのじゃ』



 これまで聞こえなかった声が、はっきりと聞こえた。


 

「でもどう、すれば……」



 ツァディーは天を(あお)いで問い掛けるが、それに対する答えは返ってこなかった。

 耳鳴りは完全に収まり、気配も消えている。


 ついでに流れ星が見せる夢エトワール・フィランテ・ル・レーヴで映写された未来の映像も、見えなくなっていた。






 「(みちび)け」と言われても、その方法が思いつかない。


 けれど——「行動しなきゃ」と、強い使命感が()き上がって、ツァディーは肩を抱きしめた手で涙を(ぬぐ)った。


 どうすればいいのかはわからない。

 けど、何をするにしても、行動する前に気付かれてはいけない。


 ——彼女に。



「……気を、付けなきゃ」

「何に気を付けるの?」

「ひゃあ!?」



 意識していなかった背後から、鈴を鳴らしたような声が聞こえて、ツァディーは心臓が止まりそうになった。


 振り返ると、(うる)んだ大きな鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の瞳がツァディーをじっと見ており、赤紫色(クロッカス)の髪の側頭部に()えられた、三日月形の金の髪飾りと、左右の高い位置に作られたおだんごが目に()まった。



「なぁに? そんなに驚いて」



 自分と同じくらい幼い容姿をしているのに、(つや)があって色香を感じさせる少女が、首を(かし)げた。


 少女は【悪魔】の神秘(アルカナ)を宿す使徒、アイン。


 もう一つの名はディアナ。

 ある国の言語で、光を反射して輝く〝月〟を意味する名前。



 ——彼女は……。


 彼女こそが——。



「ステラ?」



 本名を呼ばれたツァディーは心拍が早まり、からからと(のど)(かわ)くのを感じた。



(ディアナちゃんに、変だと思われたら、だめ)



 ツァディーはそう思って普通に言葉を交わそうとしたが、上手く音が発声出来ず、狼狽(うろた)えてしまう。


 そうしていると、彼女の後ろから、マナと同じ銀色の髪を輝かせたノエルが姿を現わした。

 他の使徒達の姿も見える。



「ツァディー、どうしたの?」



 ノエルがアインの横を追い越して、ツァディーの前に立った。



(あるじ)、様……」



 ようやく(しぼ)り出した声は、頼りなく弱々しい。

 消え入りそうな音だった。


 大きくて少しひんやりとした手がツァディーの頭に乗せられ、(あわ)い青色の瞳が同じ目線へやって来る。



「大丈夫?」



 向けられたのは、憂慮(ゆうりょ)する眼差し。


 氷のように冷たくなることもあるけれど、本当はとても優しくて綺麗な色をした瞳である事を、ツァディーはよく知っていた。

 

 ノエルの姿と瞳を見て、ツァディーに(あらが)えない感情が芽生える。



(——まもら、なきゃ)



 それは、使徒の本能とツァディーの想いが合わさったもの。


 敬愛と尊敬、それから——愛情。


 〝女神の代理人〟だからではなく、彼への真心が胸の中に——ある。


 本能の(ささや)きと、自分の想いを認識したツァディーは、感情の(おもむ)くままにノエルへ抱き着き、彼のぬくもりを感じて、決意する。


 自分こそが真の導き手となり、最悪な結末(バッドエンド)へ向かおうとする彼の道筋を正すのだ、と。



(主様……ノエル様を……守る)






 ——【(ほし)】は輝く希望へ(みちび)く者。


 彼女は新たな未来を切り開くため、覚悟を決めた。

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