番外編 幼馴染達の嬉遊曲(ディヴェルティメント) 要注意! 甘味と恋バナはパンドラの箱を開く鍵~
※時間軸は第四章・第二話以降。
エターク王国は義を重んじる騎士の国。
ゼノンはその国の皇太子である。
王族は柘榴石のような紅い瞳と〝破壊の力〟と呼ばれる特別な力を、代々受け継いできた。
ゼノンも、例に漏れずその特性を引き継いでおり、彼には同じ特性を持って生まれた従兄弟がいる。
現国王の王弟、グランベル公爵である叔父の息子——ルーカス・フォン・グランベル。
若くして〝救国の英雄〟に祭り上げられ、国民が憧れる騎士の青年だ。
ゼノンとルーカスは幼少期を共に過ごして育った兄弟、もしくは幼馴染や友人と呼べる間柄で、彼らにはもう一人、共通の幼馴染がいた。
——夕暮れ時。
ゼノンが一日の職務を終えて、王城にある自室の扉を開けると、ある男がソファでくつろぐ姿があった。
「よっ、お邪魔してんぞー」
乱雑に切り揃えられた臙脂色の髪に、切れ長で三白眼な黄水晶の瞳をしたその男——名はディーン。
国の政治を総括する宰相を務める、アシュリー侯爵の息子で、軍に所属する騎士。
彼こそが、ゼノンとルーカスの幼馴染。
「皇太子様は、相変わらず忙しそうだな」
ディーンが日焼けした肌の影響でより白く見える歯を覗かせて、肩を竦めた。
そうした後に、持っていた菓子の包みを開けると口へ投げ入れ、咀嚼した。
ゼノンがテーブルの上へ視線を向けると、どこから持ち込んだのか、どれほどの時間そうしていたのか、空となった大量の菓子折り箱と包み紙が散乱している。
ディーンが無類の甘い物好きなのは知っているが、軽く引く量だ。
第三者が見たら、幼馴染と言えど傍若無人な言動を咎める場面だろう。
案の定、ゼノンの護衛に就いた二人の騎士が、物言いたげにしている。
だが、ゼノンにとっては別段珍しくもない光景であり、護衛の騎士達に〝ある指示〟を伝えると、彼らを外に残して部屋へ入った。
「ディーン。いつ帰って来たんだい?」
「少し前になー。ほれ、お土産」
ゼノンが対面のソファへ移動しながら問い掛ければ、ディーンが何かを投げて寄越した。
受け取ろうとした手へ、狙いすましたように投げ入れられたそれは、箱だ。
片手で持つには少し大きめの、白くて四角い箱。
上部に〝ル・モンド〟のロゴが描かれており、丁寧にリボン掛けの包装がされていた。
ル・モンドはディーンが任務に赴いていた都市に店舗を構える老舗の名店、知る人ぞ知る紅茶専門店の名だ。
ゼノンはこういった方面に明るいが、特定の銘柄への思い入れは正直ない。
これを見て真っ先に思い浮かんだのは——救国の英雄と呼ばれる、従兄弟の顔だ。
「ありがとう。これは、ルーカスが好きそうな品だね」
「だろ? あいつ酒はダメだからさ、帰って来た時にそれで一杯どうかなって。
銀髪の歌姫と上手く行ったみたいだし、そこんとこも詳しく聞きながらなー」
「……何それ、私は聞いてないけど」
銀髪の歌姫は、ルーカスがある任務の折に保護した記憶喪失の女性。
その正体は——アルカディア神聖国の使徒。
〝旋律の戦姫〟として知られる女神の使徒【太陽】のレーシュ。
ルーカスが彼女へ想いを寄せていた事にはゼノンも気付いていた。
(というか、ルーカスは彼女の事となると周りが見えなくなるから、察していた人間は多い)
しかし数日前、大部分の記憶を取り戻した彼女を伴って、救援任務のためナビアへ出向くルーカスに会った時、そんな話題は出なかった。
仲が進展したなら、一言あってもいいだろうに——と、ゼノンは眉を顰めてソファへ腰を下ろす。
対面のディーンが菓子を漁る手を止めて、豆鉄砲を喰らったような顔を浮かべていた。
「知らなかったのか? てっきり知ってるもんだと。団員の前で盛大に告ったらしいし」
ルーカスとディーンは同じ団に所属している。
彼らの所属する特務部隊は、戦時下には諜報活動も行うため、情報管理に厳しい統制が敷かれ、不用意に外部へ情報を漏らすへまはしない。
今回の件は団長という立場にある、ルーカスの弱点と成り得る。
部隊に潜ませたゼノンの目と耳からも報告が上がらなかった理屈は、理解出来た。
だが、従兄弟、幼馴染——ひいては友人という立ち位置から見たらどうだろうか。
「私にそんな大事な話を秘密にするなんてね」
「あー、まあ……あっちも任務中だし、忙しいんだろ?」
「君には話したのに?」
ディーンが押し黙って顔を逸らした。
心底面白くない。
私的事だけでなく仕事でも接する機会が多いのはわかるが、ディーンよりも自分の方がよほど近しい間柄、血縁であると言うのに。
信用されていないのでは?
と、疑ってしまいそうになるが、生真面目なルーカスの事だから、大事な任務中に私的な連絡は控えているのだろう。
ひとまず、ゼノンはそう結論付ける事にした。
——しかし、悪気がないとわかっていても、溜飲は下がらない。
「今度会ったらじっくり、問い質す必要があるね」
ゼノンは脚を組んで両手の指を組み合わせると、貼り付けた笑顔を浮かべた。
「……ルーカス、ご愁傷さん」
「何か言ったかい?」
「いやぁ、別に」
視線を逸らしたままのディーンが、から笑いをしている。
これに関しては完全にルーカスが悪いだろうと、ゼノンは思った。
ともあれ〝救国の英雄〟と呼ばれるルーカスと〝旋律の戦姫〟である彼女が恋仲になったのは、政治的にも喜ばしい慶事だ。
色恋沙汰は誰もが興味を惹かれる話題であるし、婚約を告示すれば国を挙げての一大イベントになる事間違いなし。
身内としても、素直に嬉しい出来事だった。
「——でも、内心複雑だったりするか?
妹の……カレンの事を思えばさ」
笑みを消して真顔となったディーンが、探る様に黄水晶の瞳でこちらを見据えた。
カレンはゼノンの妹。
ルーカスに想いを寄せており、一途な気持ちを伝えて晴れて婚約者となったが——彼が英雄と呼ばれるきっかけとなった戦で、亡くなった。
その死の悲劇には、ルーカスも長らく苦しんでいた。
生きていれば、今ルーカスの隣にいるのは〝彼女〟ではなくカレン——。
兄として、妹が成し得なかった事への未練や後悔はないのか、と。
ディーンが言いたいのは、つまるところそういう事だろう。
ゼノンはカレンの事を今でも大切に想っている。
あのような形で生涯を終えてしまった事は、消える事のない痛みとなって心に傷を残したし、幸せになって欲しかったと思うが——。
「……カレンはもういない。死を悼んで囚われるのは、愚かな行為だよ。
それはあの子も望まないだろう。
きっと、天国でルーカスの幸福を喜び、祝福しているよ」
カレンは人を妬むよりも、幸せを願い、誰よりも高潔で優しい子だから、とゼノンは胸を張って微笑みを浮かべた。
「そうか。なら、ルーカスには幸せになってもらわないと困るな」
ディーンが瞼を伏せて慮った後、テーブルの上へ残った菓子を手に取ると、口元を緩ませ歯を見せて笑った。
この幼馴染は普段、飄々としている癖に時たま深いところをついてくる。
厄介ではあるが、それが面白くも飽きないところだ。
——それはそれとして。
今回はディーンにしてやれた感が強い。
何となく釈然としない気持ちになったゼノンは、ちょっとした意趣返しをする事にした。
「ところで、ディーン。これで幼馴染の内、独り身は君だけになる訳だけど」
「よし! 土産も渡したし帰るなー」
話題を振るや即座にソファから立ち上がった幼馴染。
だがゼノンは逃がさない。
眼光を鋭くして獲物を目で捉えると、足早に立ち去ろうとする背を追って、扉を開くため立ち止まったところでその肩に手を乗せた。
「そう言わずに。夕食の席を共にすると既に伝えてあるから、ゆっくりして行くといい。
君も侯爵家の長男なら、そろそろ身を固めないとね。
相手に困っているなら、私が一肌脱ごうじゃないか。政略結婚も、悪くないものだよ?」
ゼノン自身も政略結婚であったが、皇太子妃アザレアとの仲は良好。
実体験だ。
というか、寧ろ惚れている。
彼女は綺麗なだけの花ではなく、聡明で気立てがよく、芯の強い女性だ。
相手が誰であろうと立場におもねって媚びる事は絶対にしないし、物怖じせず自分の意見を述べ、ゼノンにも気取らない態度で接してくれる。
生い立ちは波乱万丈で、けれどもその経験があるからこそ、他者を思い遣り慈しむ事を知っている。
慈善活動にも積極的なため、国民にも慕われていた。
優しく、美しく。
時に強く。
当初は政治的な関係であったが、最近ではお互いに心を開きつつあって、甘い雰囲気になる事も少なくない。
アザレアは自分にとって唯一無二の存在で——と、アザレアを想ってゼノンは思考が逸れてしまいそうになった。
こんな風に想ってる事が知られたら、ルーカスを揶揄う事が出来なくなる。
兎にも角にも。今はディーンの事だ。
彼が自分自身のポリシーに従って独り身で居る事は重々承知しているが、彼の父親が気を揉んでいるのも確か。
——冗談半分だったが今後のため、アシュリー侯爵に恩を売るのも悪くないと思えて、ゼノンはほくそ笑む。
「おいおい、お前、顔が本気だぞ!? 親友を売る気か!?」
「親友よりも有益であると踏めばね」
一切の躊躇なしに断言すれば、ディーンが頬を引き攣らせた。
「——この、人でなし! 腹黒王子!!」
叫び声は扉を突き抜けて廊下に響き渡っており、数秒後、扉を開けて入って来た護衛の騎士達にディーンはお小言を言われる事になる。
お土産の箱を届けに来ただけのディーンにとっては飛んだ災難だろうが、お陰でゼノンにとっては愉快な時間を過ごす事が出来た。
読了ありがとうございます。
こちらもお題で書いたお話となります。
親友組の一コマ。
ディーンはお菓子食べ過ぎですね。
ゼノンがうっかりアザレアの想いを吐露した部分は今回の掲載にあたり加筆した部分です。
エターク王族の血筋は恋愛事に情熱的なご様子。
飛び火したディーン、南無。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「面白い!」「続きが読みたい!」など思えましたら、ブックマーク・評価をお願い致します。
応援をモチベーションに繋げて頑張ります。
是非、よろしくお願いします!




