第二十九話 想いを重ねて
※このお話は作中に挿絵があります。
ルーカスはまだ見ぬ未来に、最悪の結末を想像して、不安を胸に募らせた。
(もしも、彼らを止められなかったら……)
止めたとしても、打開策を見出せなかったとしたら——と、思考が底なしの沼へ、堕ちて行こうとしていた。
そんな時だ。
「——ス、ルーカス!」
自分の名前を呼ぶ声と、両頬に「パチンッ」と弾けるような衝撃を感じて、思考が引き戻された。
瞼を開けると勿忘草色が映り込む。
長い睫毛、陶磁器のように滑らかな白い肌、眉は顰められているが、愛らしく整った目鼻立ちのイリアの顔が目の前にあり、じわりと痛みを感じる頬は彼女の手に包まれていた。
「……すまない。こう言う時こそ、気持ちを強く持たないといけないのにな」
大事を前に弱気となってしまっては、良い結果へも繋がらない。
悪い方向に思考が傾いてしまった事を、ルーカスは反省した。
「謝らないで。ルーカスが謝る事なんて、一つもないんだから。
……大体、ルーカスは自分に厳しすぎるのよ」
感情に流されず、己を律する事。
それはルーカスが心掛けている事だ。
しかし、自分ではまだまだ至らないと思うばかり。
「厳しすぎる」という彼女の指摘に、首を傾げた。
「そんな事はないと思うが……」
「そんな事ある。何日か前は怪我の治療を後回しにしてるし、過去の事は一人で痛みに耐えようとするし、今もちょっと弱音を吐いただけの事を謝るし。
……私だってルーカスの支えになりたいのに。一人で抱え込まないで」
イリアの切なる想いを乗せた、真っ直ぐな瞳が見つめて来る。
怪我の治療を受けた時も「何かあれば言ってね」と言われ、似たようなやりとりをしたと言うのに、中々に変え難い自分の性分を、ルーカスは忌々しく思った。
——そもそもの不安は、彼女の考えを聞いていない事にある。
今ならば、邪魔が入る事もない。
不安の種がハッキリとしているのなら問題を先送りせず、早急に取り払うべきだろう。
ルーカスはイリアの瞳を見つめ返し、彼女の考えを問う事にした。
「なら、聞きたい事があるんだ。
惑星延命術式の事、イリアが考える打開策を聞かせて欲しい」
頬にあったイリアの手が離れ、間近にあった顔の距離が僅かに遠のく。
「そうね。ちゃんと話せていなかったものね。選択肢はそう多くないし、誰もが思いつく方法とも言えるけど——」
そうして、イリアは打開策について話してくれた。
「まずは惑星延命術式に代わる、別の術式を構築する方法」
——これは最終的に惑星延命術式とそう変わらない性質に行きつくため、稼働のためのマナをどうするのかと言うのが一番の問題であり、現実的ではないらしい。
「根本の原因、魔神の侵攻を阻止、可能であれば排除する」
——クリフォトを支配する神。
女神と同等の、あるいはそれ以上かもしれない超常の存在であり、その力は未知数だ。
単純明快だが、「クリフォトへはどう行くのか?」という問題もあり、全容が見えない難易度の高い方法に思える。
イリアも「あちらへ渡る手段もないし、今すぐには難しい方法ね」と続けて見せた。
——そこから、もういくつかの案が語られたが、どれも一長一短。
実現性に欠ける物も多かった。
兎にも角にも、タイムリミットまでの時間が短すぎるのがネックだ。
ノエルが「時間がないんだよ」と匙を投げたのも頷ける。
やはり状況は絶望的なのだろうか、とまたも不安が這い出してきて、ルーカスは眉間に皺を寄せた。
「……また難しい顔してる。話は最後まで聞いて」
イリアが頬を膨らませて、皺の寄った眉間を突いた。
その仕草が場違いにも可愛いと思えてしまう分、まだ心に余裕はあるようだ。
「わかってるよ、話してくれ」
「うん。最後のこれが本命とも言える方法。
——本物の宝珠を復元するのよ」
「本物の宝珠の……そんな事が可能なのか?」
イリアが首を大きく縦に振り、自信に満ちた表情を浮かべた。
「ただ……復元にはノエルの協力が必要なんだけどね」
女神がその身を十の球体に変えたと言う宝珠。
術式の要石として、マナを円滑に循環させる役割を担うと同時に、エネルギーの供給源でもあるそれが復元可能だとすれば——。
事態は一気に好転する。
「教皇はこの方法を?」
知っているのか、という意味を込めて問う。
イリアが今度は首を横に振った。
「今日の様子を見たでしょう?
話そうにも頑なに聞こうとしないのよ」
「彼に従う使徒達も、か?」
「うん。暗黙と従っているわ」
使徒の本能が起因しているのだろうが、誰も異を唱えず暗に従うだけ、というのは不自然な気もする。
だが、個々の胸中を傍目から覗き見る事など不可能なので、確かめるべくもない。
「ルーカス、これを持っていて」
脈絡なく、イリアが自身の襟元に手を回し、衣服の下に隠された金の鎖を取り外して、差し出して来た。
彼女の瞳と同じ、淡い青色に輝く魔輝石らしき宝石がヘッドに飾られたペンデュラム型のネックレスだ。
ルーカスは手渡されたそれと、イリアの顔を交互に見つめる。
「これは?」
「お守り。あの子は、敵と定めた相手には容赦がないから……だから、ルーカスに持っていて欲しいの。
私にはこれがあるから」
イリアは左腕を胸の位置へ持ち上げた。
腕には柘榴石があしらわれ、金細工で繋がれた細身の腕輪が輝いている。
ルーカスが彼女へ贈った品だ。
自分の瞳と同じ色の装飾品を、お守りと思って身に着けてくれている事がルーカスは嬉しかった。
「ありがとう。肌身離さず、身に着けるよ」
「うん。難しいってわかってるけど、ノエルを説得して——仮に、出来なかったとしても、生きて帰ろう。それで皆が笑って歩ける道を、一緒に探すの」
イリアは一瞬、悲し気な表情を見せたが、すぐに微笑んで見せた。
先日も見た、凪いだように穏やかな笑顔で〝一緒に〟と、未来を語っている。
てっきり、イリアは自らを犠牲に、世界を存続させる覚悟を決めたのだと思い込んでいたが、違ったようだ。
ならば——と、ルーカスは彼女の〝願い〟と、これまで立てた〝誓い〟をペンデュラムと共に拳へ握り締めた。
伝えられた想いを、無下にはしない。
「——その願い、必ず叶えよう。共に未来を紡ぐんだ。
勿論、ノエルも一緒に連れて帰るぞ。
彼の力が必要だから——じゃなくて、辛い経験をした分、生きて幸せになって欲しい」
対話での説得は叶わず、イリアも暗に諦めるかのような発言をしたが、刃を交える事で分かり合える事もある。
だから、悲観する必要はまだ、ない。
自分と彼女の不安を振り払い、気持ちを奮い立たせるようにルーカスは力強い笑みを見せた。
すると、イリアの目尻から雫が一粒、流れて落ちて、凪いだ海に波紋を生んだ。
「うん……うん。帰る時はノエルも一緒に、だね。ありがとう、ルーカス」
「俺の方こそ、話せて良かった。ありがとな」
ルーカスはイリアと、どちらからともなく空いた手を伸ばし、繋ぎ合わせる。
「ノエルを止めよう」
「共に生きる、未来のために」
自然と顔の距離が縮まり、吐息のかかる位置で止まる。
ルーカスは瞼を閉じると、イリアを引き寄せて、唇を重ねた。
お互いの鼓動を感じながら、想いを重ね、確かめ合うように——。
明日、決戦の地となる聖地巡礼の真なる終着点、北の大神殿〝神の真意〟にてルーカス達を待ち受けているのは、未だかつてない強敵だ。
【法王】の神秘を宿す女神の代理人、教皇聖下ノエル。
神聖騎士団を束ねる頂点、使徒と噂される、聖騎士団長アイゼン。
そして女神の恩寵たる神秘を宿した、女神の使徒達。
お互いの信念を懸けた、これまでにない厳しい戦いが待ち受けている事だろう。
生命の保証はなく、仲間の誰かが倒れるかもしれない。
それでも、戦わなければならない。
信念と——命を賭して。
守りたい人がいる。
共に歩みたい未来がある。
可能性が僅かでもあるのなら、手を伸ばして、足掻いて。
(願いを叶え。
誓いを守り。
未来を、切り開く——!)
ルーカスは想いを貫くため、仲間達と共に決戦へと挑む。
第一部 第四章
「隠された世界の真実」
終幕。
次章
第一部 第五章
「女神のゆりかご」
何を救うため、何を犠牲にするのか。
彼らは選択を迫られる。
ルーカスは新たな道を、未来を切り開く事が出来るのか——?
剣と魔法、愛と歌で紡ぐ物語は大きな転換点を迎える。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
読了ありがとうございます。
これにて第四章終幕です!
この後は本編の裏側を覗ける短編が二つ続きます。
次の第五章は第一部の締めくくり。
ルーカスvsノエル
それぞれの信念を懸けた戦いが繰り広げられる事になります。
戦いの行方。
その後に世界はどう進んでいくのか。
続きも是非、その目でお確かめ下さい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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