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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第二十九話 想いを重ねて

※このお話は作中に挿絵があります。

 ルーカスはまだ見ぬ未来に、最悪の結末を想像して、不安を胸に(つの)らせた。



(もしも、彼らを止められなかったら……)



 止めたとしても、打開策を見出せなかったとしたら——と、思考が底なしの沼へ、()ちて行こうとしていた。


 そんな時だ。



「——ス、ルーカス!」



 自分の名前を呼ぶ声と、両頬に「パチンッ」と弾けるような衝撃を感じて、思考が引き戻された。


 (まぶた)を開けると勿忘草(わすれなぐさ)色が映り込む。


 長い睫毛(まつげ)陶磁器(とうじき)のように(なめ)らかな白い肌、眉は(ひそ)められているが、愛らしく整った目鼻立ちのイリアの顔が目の前にあり、じわりと痛みを感じる頬は彼女の手に包まれていた。


 

「……すまない。こう言う時こそ、気持ちを強く持たないといけないのにな」



 大事(だいじ)を前に弱気となってしまっては、良い結果へも繋がらない。


 悪い方向(ネガティブ)に思考が(かたむ)いてしまった事を、ルーカスは反省した。



「謝らないで。ルーカスが謝る事なんて、一つもないんだから。

 ……大体、ルーカスは自分に(きび)しすぎるのよ」



 感情に流されず、己を(りっ)する事。

 それはルーカスが心掛けている事だ。


 しかし、自分ではまだまだ至らないと思うばかり。

 「厳しすぎる」という彼女の指摘に、首を(かし)げた。



「そんな事はないと思うが……」

「そんな事ある。何日か前は怪我の治療を後回しにしてるし、過去の事は一人で痛みに耐えようとするし、今もちょっと弱音を吐いただけの事を謝るし。

 ……私だってルーカスの支えになりたいのに。一人で(かか)え込まないで」



 イリアの切なる想いを乗せた、真っ直ぐな瞳が見つめて来る。


 怪我の治療を受けた時も「何かあれば言ってね」と言われ、似たようなやりとりをしたと言うのに、中々に変え難い自分の性分を、ルーカスは忌々(いまいま)しく思った。


 ——そもそもの不安は、彼女の考えを聞いていない事にある。


 今ならば、邪魔が入る事もない。

 不安の種がハッキリとしているのなら問題を先送りせず、早急に取り払うべきだろう。


 ルーカスはイリアの瞳を見つめ返し、彼女の考えを問う事にした。



「なら、聞きたい事があるんだ。

 惑星延命術式(女神のゆりかご)の事、イリアが考える打開策を聞かせて欲しい」



 頬にあったイリアの手が離れ、間近にあった顔の距離が(わず)かに遠のく。



「そうね。ちゃんと話せていなかったものね。選択肢はそう多くないし、誰もが思いつく方法とも言えるけど——」



 そうして、イリアは打開策について話してくれた。



「まずは惑星延命術式(女神のゆりかご)に代わる、別の術式を構築する方法」



 ——これは最終的に惑星延命術式(女神のゆりかご)とそう変わらない性質に行きつくため、稼働のためのマナをどうするのかと言うのが一番の問題であり、現実的ではないらしい。



「根本の原因、魔神(まじん)侵攻(しんこう)阻止(そし)、可能であれば排除(はいじょ)する」



 ——クリフォトを支配する神。


 女神と同等の、あるいはそれ以上かもしれない超常の存在であり、その力は未知数だ。


 単純明快(たんじゅんめいかい)だが、「クリフォトへはどう行くのか?」という問題もあり、全容(ぜんよう)が見えない難易度の高い方法に思える。


 イリアも「あちらへ渡る手段もないし、今すぐには難しい方法ね」と続けて見せた。

 

 ——そこから、もういくつかの案が語られたが、どれも一長一短。


 実現性に欠ける物も多かった。


 ()にも(かく)にも、タイムリミットまでの時間が短すぎるのがネックだ。

 ノエルが「時間がないんだよ」と(さじ)を投げたのも(うなず)ける。


 やはり状況は絶望的なのだろうか、とまたも不安が()い出してきて、ルーカスは眉間(みけん)(しわ)を寄せた。



「……また難しい顔してる。話は最後まで聞いて」



 イリアが頬を(ほほ)らませて、(しわ)の寄った眉間を(つつ)いた。

 その仕草が場違いにも可愛いと思えてしまう分、まだ心に余裕はあるようだ。



「わかってるよ、話してくれ」

「うん。最後のこれが本命とも言える方法。

 ——本物の宝珠(オリジナルセフィラ)を復元するのよ」

本物の宝珠(オリジナルセフィラ)の……そんな事が可能なのか?」



 イリアが首を大きく(たて)に振り、自信に満ちた表情を浮かべた。



「ただ……復元にはノエルの協力が必要なんだけどね」



 女神がその身を(とお)の球体に変えたと言う宝珠(セフィラ)


 術式の要石(かなめいし)として、マナを円滑(えんかつ)循環(じゅんかん)させる役割を(にな)うと同時に、エネルギーの供給源でもあるそれが復元可能だとすれば——。


 事態は一気に好転する。



「教皇はこの方法を?」



 知っているのか、という意味を込めて問う。


 イリアが今度は首を横に振った。



「今日の様子を見たでしょう?

 話そうにも(かたく)なに聞こうとしないのよ」

「彼に従う使徒達も、か?」

「うん。暗黙(あんもく)と従っているわ」



 使徒の本能が起因しているのだろうが、誰も()を唱えず暗に従うだけ、というのは不自然な気もする。


 だが、個々の胸中を傍目(はため)から(のぞ)き見る事など不可能なので、確かめるべくもない。






「ルーカス、これを持っていて」



 脈絡(みゃくらく)なく、イリアが自身の襟元(えりもと)に手を回し、衣服の下に隠された金の(くさり)を取り外して、差し出して来た。


 彼女の瞳と同じ、(あわ)い青色に輝く魔輝石(マナストーン)らしき宝石がヘッドに(かざ)られたペンデュラム型のネックレスだ。


 ルーカスは手渡されたそれと、イリアの顔を交互に見つめる。



「これは?」

「お守り。あの子は、敵と(さだ)めた相手には容赦(ようしゃ)がないから……だから、ルーカスに持っていて欲しいの。

 私にはこれがあるから」



 イリアは左腕を胸の位置へ持ち上げた。

 腕には柘榴石(ガーネット)があしらわれ、金細工で繋がれた細身の腕輪(ブレスレット)が輝いている。


 ルーカスが彼女へ(おく)った品だ。


 自分の瞳と同じ色の装飾品を、お守りと思って身に着けてくれている事がルーカスは嬉しかった。



「ありがとう。肌身離さず、身に着けるよ」

「うん。難しいってわかってるけど、ノエルを説得して——仮に、出来なかったとしても、生きて帰ろう。それで皆が笑って歩ける道を、一緒に探すの」



 イリアは一瞬、悲し気な表情を見せたが、すぐに微笑んで見せた。

 先日も見た、()いだように(おだ)やかな笑顔で〝一緒に〟と、未来を語っている。


 てっきり、イリアは(みずか)らを犠牲に、世界を存続させる覚悟を決めたのだと思い込んでいたが、違ったようだ。


 ならば——と、ルーカスは彼女の〝願い〟と、これまで立てた〝(ちか)い〟をペンデュラムと共に(こぶし)(にぎ)()めた。


 伝えられた想いを、無下(むげ)にはしない。



「——その願い、必ず叶えよう。共に未来を(つむ)ぐんだ。

 勿論(もちろん)、ノエルも一緒に連れて帰るぞ。

 彼の力が必要だから——じゃなくて、辛い経験をした分、生きて幸せになって欲しい」



 対話での説得は叶わず、イリアも(あん)に諦めるかのような発言をしたが、(やいば)(まじ)える事で分かり合える事もある。


 だから、悲観する必要はまだ、ない。


 自分と彼女の不安を振り払い、気持ちを(ふる)い立たせるようにルーカスは力強い笑みを見せた。


 すると、イリアの目尻から(しずく)が一粒、流れて落ちて、()いだ海に波紋(はもん)を生んだ。



「うん……うん。帰る時はノエルも一緒に、だね。ありがとう、ルーカス」

「俺の方こそ、話せて良かった。ありがとな」



 ルーカスはイリアと、どちらからともなく空いた手を伸ばし、(つな)ぎ合わせる。



「ノエルを止めよう」

「共に生きる、未来のために」



 自然と顔の距離が縮まり、吐息のかかる位置で止まる。

 ルーカスは(まぶた)を閉じると、イリアを引き寄せて、唇を重ねた。


 お互いの鼓動を感じながら、想いを重ね、確かめ合うように——。






挿絵(By みてみん)






 明日、決戦の地となる聖地巡礼(ペレグリヌス)(まこと)なる終着点、北の大神殿〝神の真意(ダアト)〟にてルーカス達を待ち受けているのは、未だかつてない強敵だ。


 【法王】の神秘(アルカナ)を宿す女神の代理人、教皇聖下ノエル。


 神聖騎士団を束ねる頂点、使徒と(うわさ)される、聖騎士団長アイゼン。


 そして女神の恩寵(おんちょう)たる神秘(アルカナ)宿(やど)した、女神の使徒(アポストロス)達。


 お互いの信念を()けた、これまでにない厳しい戦いが待ち受けている事だろう。


 生命(いのち)の保証はなく、仲間の誰かが倒れるかもしれない。

 それでも、戦わなければならない。

 

 信念と——命を()して。


 守りたい人がいる。


 共に歩みたい未来がある。


 可能性が(わず)かでもあるのなら、手を伸ばして、足掻(あが)いて。



(願いを叶え。

 (ちか)いを守り。

 未来を、切り開く——!)



 ルーカスは想いを(つらぬ)くため、仲間達と共に決戦へと(いど)む。






 第一部 第四章

 「隠された世界の真実」

 終幕。



 次章

 第一部 第五章

 「女神のゆりかご」


 何を救うため、何を犠牲にするのか。

 彼らは選択を迫られる。

 ルーカスは新たな道を、未来を切り開く事が出来るのか——?


 剣と魔法、愛と歌で紡ぐ物語は大きな転換点を(むか)える。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 読了ありがとうございます。

 これにて第四章終幕です!

 この後は本編の裏側を覗ける短編が二つ続きます。


 次の第五章は第一部の締めくくり。

 ルーカスvsノエル

 それぞれの信念を()けた戦いが繰り広げられる事になります。


 戦いの行方。

 その後に世界はどう進んでいくのか。

 続きも是非、その目でお確かめ下さい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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