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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第二十二話 宴への招待状

 ゼノン達が待機してるであろう(とりで)内の会議室を目指し、石造りの廊下(ろうか)をルーカスが歩んでいると——。



「ルーカス、待って!」



 聞き慣れた透き通る高音域(ソプラノ)、イリアの声がして、ルーカスは足を止めた。


 振り返れば朝日に輝く(つゆ)のような銀の髪を(なび)かせて、小走りで追いかけて来る彼女の姿があった。



「どうした?」



 問えばイリアは眉尻(まゆじり)を釣り上げ、愛らしい顔に静かな怒りを含ませた。

 


「『どうした?』じゃないでしょ。ちゃんと治療しないと」



 彼女の手が、軍服の上から胸に()れる。

 

 ——と、鈍い痛みが走り、ルーカスは苦痛に表情を(ゆが)ませた。


 イリアが()れたのは、崩壊の神秘(アルカナ)を解放した時に、力を制御しきれず内部から怪我を負った箇所(かしょ)だ。



「……やっぱり。アーネストさんから聞いた通りね」



 上目遣いの青い瞳が、(とが)めるようにルーカスを射抜いた。


 後で治療を受けようと思っていた——との言い訳は今、通用しないだろう。


 イリアはこちらの手を取ると、有無を言わさず会議室とは別の方向へと歩き出した。






 連れて来られたのは砦の滞在中、自由に使って良いと与えられた一室。


 大きめの部屋に、質素な木製のテーブルや椅子、仮眠のために簡易的なベッドなど、必要最低限の家具が備え付けられた部屋だ。


 ルーカスは椅子に座らされ、向かい合わせに座ったイリアが怪我の負った箇所(かしょ)に手を添える。


 そうすれば彼女の手のひらから(あわ)く緑色に輝くマナが放たれ、暖かな光が怪我と痛みを(いや)していった。



「ありがとう、助かる」



 治療を受けながら礼を伝えると、イリアが(うつむ)いた。



「ルーカスが強いのは(わか)っているけど……。自分の事も大切にしてね」



 彼女の髪色と同じ銀の眉尻(まゆじり)が今度は下がり、声の音調(トーン)がいつもより低かった。


 ——女神の使徒(アポストロス)が宿す神秘(アルカナ)の力は、代償(だいしょう)()らない便利な代物(しろもの)ではない。


 個々で差があるものの、行使すれば必ず身体へ負荷が(かえ)る。


 彼女もその事を良く知っていた。


 だからこそ、「この程度なら大丈夫」と、(たか)(くく)り治療を後回しにした事で、余計な心配をさせてしまったのだろう。


 逆の立場だった場合を考えると——怪我の程度に関わらず心配するし、至極(しごく)当然の反応である。


 ルーカスは(うれ)いの表情を浮かべるイリアへと手を伸ばし、()れ幕のように流れる銀糸を()き分けて頬へ触れた。


 顔を上げた彼女を見つめ、頬を()でる。



「ごめん、心配かけたな。気を付けるよ」

「うん。怪我もだけど、何かあれば言ってね」

「ああ」



 ルーカスは(うなず)いた。


 自己完結せず相手に伝える事。

 これが簡単なようで意外に難しい。


 仲が深まると(おろそ)かになり(やす)いが、とても大切な事だ。



「イリアは、大丈夫か? 立て続けに事が起きて、気持ちの面でも落ち着く間がなかっただろ?」



 彼女は——ルーカス(自分)自身にも言える事だが、想いを胸に秘めてしまう(たち)なので、伝えて来るのを待つだけでなく、こうやって一歩踏み込み聞き出すくらいが丁度良い。


 怪我の治療が終わったらしく、治癒術の光が収まって行く。


 光が完全に消え去ると、胸にあったイリアの手が頬を撫でるルーカスの手へと重ねられた。



「私は大丈夫。葛藤(かっとう)はあるけど……でも、どんな事になってもみんなを、ルーカスを信じてるから」



 イリアは綺麗に微笑んだ。


 そこに悲しみや苦悩は感じられず、()いだように穏やかな表情だ。


 ——直感で(さと)る。


 彼女は(すで)に、覚悟を決めているのだと。


 そしてそれは表情と裏腹に、ルーカスにとってあまり喜べない方向で固まっている気がして、胸がざわついた。



(イリアを神聖核(コア)の犠牲にはさせないと、確かに(ちか)った。

 彼女は……「考えがある」、「そのためにはノエルの協力が必要」とも、語った)



 ——だが、具体的な方法はまだ聞かされていない。



(もし、その方法が……上手く行かなかったら?)



 その時、イリアがどのような決断をするのか。


 想定し()る最悪の事態が脳裏に浮かんだ。


 胸が締め付けられて息苦しくなり、この違和感を無視してはいけないと、心が叫ぶ。



(……彼女ときちんと話さなければ)



 冷たい汗がこめかみを伝う。


 全身の熱が引いて行く感覚にルーカスは唇を引き結び、けれども勇気を出して問い(ただ)すため、(つば)を飲んだ。






「イリア、君は」



 そうして、ようやっとの想いでルーカスは言葉を(しぼ)り出したのだが——。



「こーんなところで逢引(あいびき)きだなんて、レーシュも大胆(だいたん)ね。

 ノエル様が知ったら……ふふっ。発狂しちゃうわよ?」



 続く言葉は何処からとも無く聞こえた〝(まね)かざる客〟の、愉悦(ゆえつ)(にじ)む鈴のような声に(さえぎ)られてしまった。


 ルーカスはイリアと頬で重ねた手を瞬時に離し、立ち上がる。


 聞き覚えのある声に、襲撃を警戒して刀の()へ手を添えた。


 部屋の隅々(すみずみ)まで見回すが、見える範囲に声の(あるじ)(おぼ)しき人物の姿はない。


 代わりに、イリアが小さくため息を付く姿が見えた。



「そういう貴女は、(のぞ)き見なんて悪趣味ね。

 ——アイン、隠れていないで出てきたらどう?」



 その名は、イリアを連れ去ろうと王都で暴れ、教皇ノエル(ひき)いる巡礼団(じゅんれいだん)が王都を訪れた時には、イリア(彼女)の姿を模倣(もほう)奔放(ほんぽう)に振る舞っていた使徒の名だ。


 部屋に作られた影から、暗霧(あんむ)が立ち(のぼ)って集まり、(またた)く間に一塊(いっかい)の闇を形作る。


 暗霧が晴れるとそこには、(こうべ)()れる少女の姿があった。



「ご機嫌(うるわ)しゅう、レーシュ、騎士(きし)様」



 鈴のように高く、可愛らしい声を響かせた彼女が、身に着けているのは真っ黒なローブだ。


 下げられた頭はローブとは対照的に、(あざ)やかな赤紫(クロッカス)の髪色をしている。


 髪は頭部の左右でおだんごに(まと)められており、側頭部に添えられた三日月形の金の髪飾りが印象的だった。

 

 使徒アイン——彼女との邂逅(かいこう)はこれで三度目になるだろう。


 ルーカスは警戒を緩めず、アインを(にら)みつけた。



「教皇ノエルに付き従う使徒が、何をしに来た?」



 アインの頭が持ち上がり、声に似合った可愛らしい容姿が(あら)わとなる。


 (うる)んだ鮮やかな桃色(ロードクロサイト)の大きな瞳がこちらを見つめており、(つや)めき色付く唇が半月を(えが)いた。



「レーシュの騎士(ナイト)様、そう警戒なさらないで?

 怖ーいお顔はとっても魅力的だし、遊びたい気持ちも山々なんだけど、今日はただ()()を渡しに来ただけよ」



 頬を染め、(あや)しく微笑んだアインがローブの下から何かを取り出し、イリアに差し出した。


 ルーカスはアインが()()と言って差し出した物を注視する。


 それは白くて長方形の薄っぺらな物——宛名にイリアの名前が書かれ、神聖国の象徴(モチーフ)(えが)かれた封筒(ふうとう)


 どうやら手紙のようだ。


 イリアは封筒を受け取ると、裏返して封のされた面を見た。


 差出人の名もしっかりと(つづ)られており、ルーカスからも確認出来る。


 達筆(たっぴつ)筆跡(ひっせき)(きざ)まれた名は〝ノエル・ルクス・アルカディア〟。


 渦中(かちゅう)の人物、彼女の弟からだ。



「これは……ノエルから?」

「そ、聖地巡礼(ペレグリヌス)完遂(かんすい)は目前、前祝いの(うたげ)が開かれるの♪ その招待状よ!

 場所は聖都フェレティ〝ディラ・フェイユ教皇庁(きょうこうちょう)〟。

 『参加は自由、誰を連れて来ようとも構わない』——だそうよ?」



 アインが口元に手を添え、くすくすと笑っている。



「このような状況下で(うたげ)だと?」



 相変わらずノエルの考えは読めない。

 ルーカスは眉を(ひそ)めた。

 封筒を手にしたイリアも(いぶ)しんでいる。


 するとアインが突然両手を広げ、くるくると踊り始めた。



「そう、狂瀾(きょうらん)の宴よ! 主演はノエル様!

 豚さん達の汚らしい血に(いろど)られ、悲鳴の合奏曲(コーラス)が響き渡る……さぞ美しい宴となるでしょうね?」

「な——正気か!?」



 嬉々(きき)とした声色で告げられたのは、物騒極まりない宴の主旨だ。


 アインが甲高(かんだか)い笑い声を響かせてダンスのステップを踏み、狂喜乱舞(きょうきらんぶ)の様子を見せている。



「そんな……そんな事、させないわ!」



 勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳をきつく吊り上げて、場違いに楽し気なアインをイリアが(にら)む。

 表面化した怒りの感情に体を震わせて、帯剣した腰の宝剣を引き抜いた。


 それを見たアインは立ち止まり、しかし(おく)するどころかうっとりとしている。



「ふふッ! レーシュの怒った顔、ノエル様みたいでとっても素敵ね♪

 止めたいなら、急いでね?」



 アインがにたりと笑って、白い手を顔の位置に持って来ると、パチンと指を鳴らした。

 その動作には覚えがある。



「待て!!」



 ルーカスはアインを逃すまいと距離を詰め、腕を掴んだ。


 確かな感触。

 (とら)らえたと思ったが、それも一瞬の出来事だ。


 次の瞬間には、音もなく集まった暗霧が彼女を包んでしまい、掴んだはずの腕は(きり)となり散ってしまった。



「レーシュ、騎士(きし)様、宴の席でまた会いましょ♪」



 (そら)からご機嫌な鈴の音が響く——。


 イリアが手紙と宝剣を握り締め、(くや)し気に唇を()んでいる。

 みすみすアインを(のが)してしまったルーカスもまた、不甲斐(ふがい)なさから拳を握り締めた。






 ——静まった室内で手紙の内容を確認したルーカスとイリアは、教皇ノエルを止める(ため)、宴への参加を決意する。

 

 目指す場は、世界樹を(よう)し、世界の中心に位置するアルカディア神聖国・聖都フェレティ〝ディラ・フェイユ教皇庁(きょうこうちょう)〟。


 ノエル()がそこでイリア(彼女)の訪れを待っている。

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