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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第二十一話 微睡む者を救う耀き

 探知魔術と人海戦術により、(ゲート)の正確な位置を特定・排除に成功したルーカスは、戦況が落ち着くと最初にジュリアスを包囲した地点へと戻った。


 傷の治療を受けているアイシャが「目覚めない」と聞かされたからだ。


 場へ(おもむ)くと、雨が降りしきる中、外套(マント)を脱ぎ去ったロベルトが全身を()らし、力なく項垂(うなだ)れるアイシャを抱きかかえて座り込んでいた。


 元より色の白いアイシャの肌が、血色を失い青白く見える。


 その横には頭巾(フード)の下に険しい表情を浮かべ、淡い緑色の光を放つ両手をアイシャへとかざして治癒術を行使するアーネストの姿があった。



「アイシャ、しっかりしろ!」



 ロベルトが(まと)っていたはずの外套(マント)は、アイシャを雨から守るように掛けられており、彼の琥珀(こはく)色の髪の毛先から、雨水(あまみず)(したた)り落ちた。


 ルーカス、そして行動を共にしていたハーシェルとディーンは、水を含んで重くなった土を踏みしめて、彼らの側へと歩み寄った。



「……アイシャの容態(ようたい)は?」

魔狼(まろう)から受けた傷は完治しています。脈拍と呼吸も正常。ですが、マナの流れに(よど)みがあり、急激に体温が下がっていて、このままだと危険です」



 ルーカスの問い掛けに、アーネストは眉間へ(しわ)を寄せ、結露(けつろ)して(くも)りつつある眼鏡の奥から、目尻の下がった紺瑠璃(ダークブルー)の瞳を(のぞ)かせた。



「毒の可能性は疑ったか?」

「はい、ディーン先輩。(すで)に解毒や解呪の魔術も試しましたが、効果がなくて」

「なら何が原因なんだよ! ちょっと魔狼(まろう)(かじ)られただけで、おかしいだろ!?」



 ハーシェルの叫び声が、雨音に負けず響いた。

 

 しかしこの場に居る者は、その答えを持ち合わせておらず、沈黙に雨の音が(むな)しく返るだけだ。


 ルーカスは(あご)に手を()え、思案(しあん)する。


 思い当たる(ふし)があるとすれば——。



「……魔瘴石(ましょうせき)……か?」



 皆の視線が、ルーカスへと集まった。

 

 魔神の力にマナが汚染(おせん)された物質、〝瘴気(しょうき)〟が結晶化したと思われる鉱物。


 ジュリアスが魔瘴石を(もち)いて〝(ゲート)〟を発生させた際、アイシャの周りには瘴気が立ち込めていた。


 瘴気は過剰(かじょう)に取り込んだ動物を魔獣へと変質させる特性を持っている。


 人体に悪影響を及ぼす可能性もゼロではない。

 (むし)ろそうであると考えるのが妥当だ。



「——イリアなら、何か知っているかもしれないな」



 隠された真実に一早く触れていた事から、この手の話題は彼女が詳しいだろう。



「イリアさんなら、アイシャを……治癒、出来るでしょうか」



 ロベルトが取り(すが)るような、覇気(はき)のない(かす)れた声を発した。


 いつもは(おだ)やかな青翠玉(エメラルドグリーン)の瞳が揺れており、心中の不安が(うかが)える。


 二人は幼馴染。

 そこに特別な感情があったとしても不思議ではない。

 

 イリアは旋律(せんりつ)(つむ)ぎ、圧倒的な殲滅(せんめつ)魔術を行使する使徒の印象(イメージ)が強いが、治癒術も心得(こころえ)があり、神力も扱える。


 断言は出来ないが、彼女ならば——という期待があった。



「ともかく一旦、オンブル(とりで)へ戻ろう」



 雨の中いつまでもこのような場に(とど)まるのは、体調にも(さわ)る。


 ルーカス達はアイシャを休ませ、イリアと合流するためにオンブル砦へと向かった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 移動中にリンクベルを鳴らしてイリアと連絡を取れば、ルーカス達が到着した時には彼女も砦へ帰還していた。


 アイシャの診察は一班の団員が見守る中、ベッドの備え付けられた救護室で(ただ)ちに行われた。



「……瘴気が体内へ入り込んだのね。多少なら問題ないけど、瘴気は私達にとって〝毒〟でしかないから」



 アーネストから症状を聞き、アイシャを()たイリアはすぐさまそう診断を下した。



「解毒も解呪も効きませんでしたが、どうすれば……?」



 ベッドへ寝かせられたアイシャに寄り添ったロベルトが、表情に影を落として問いかけた。


 雨で()れた髪や衣服はそのままだ。


 不安を(あら)わにする彼に対し、イリアは「大丈夫」と力強く言い放った。



「私が宿す【太陽】の神秘(アルカナ)は不浄を(はら)う力もあるの。すぐに〝浄化〟するわ」



 イリアはアイシャの手を握ると、勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳を伏せて息を大きく吸い込み、歌声を響かせる——。



『——聖なる清めの賛歌、耀(かがや)いて【太陽(ヘリオス)】。

 恩寵(おんちょう)たる神秘(アルカナ)よ、闇に(おか)され、微睡(まどろ)む者に、燦然(さんぜん)たる救いを』



 イリアの腹部、丁度、聖痕の刻まれた辺りが白い輝きを放つ。

 アイシャの下には魔法陣が出現し、その身体を純白のマナが包んだ。


 まるで陽光の(ごと)くマナが激しく発光し、ルーカスはあまりの(まぶし)さに手で光を(さえぎ)った。



『聖なる光、魔を退(しりぞ)け、災厄(さいやく)を払え。

 〝聖なる解呪(ディ・リベラル)〟——(けが)れを(きよ)めよ』



 唱歌(しょうか)が終わり術が完成すると、純白のマナは一瞬、強い光を放ち、風が吹いた。


 その(あと)にマナは輝度を弱め、魔法陣が消えると同時に、残滓(ざんし)を舞わせて光も収束して行く——。


 術の余波だろうか、部屋の空気が澄み渡り、清らかになるのをルーカスは感じた。






 光が収まるとイリアの(まぶた)が開かれ、アイシャの状態を確認するかのように勿忘草(わすれなぐさ)色の瞳が彷徨(さまよ)った。



「……うん、これでもう大丈夫。しばらくすれば目を覚ますと思うわ」



 アイシャの手を解放し、見守る面々へそう告げた彼女の表情は、まるで慈愛(じあい)(あふ)れる女神のように(いつく)しみ、優しさを(たた)えた微笑みを浮かべている。

 

 アイシャを見ると、肌の血色(けっしょく)が良くなって規則正しい呼吸を繰り返しており、ルーカスを含め団員達は(みな)、彼女の無事に安堵(あんど)した。


 中でもロベルトとハーシェルの反応が顕著(けんちょ)だった。



「本当に、無事で良かった……」

「っすね。一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたっすよ」



 ロベルトはイリアが離したアイシャの手を代わりに握ってほっとした表情を浮かべ、ハーシェルは安堵感から気が抜けたのか、「はー、マジでビックリしたぁ」と大きな息を吐きながらその場に座り込んだ。



「ありがとうございます、イリアさん」

「どういたしまして。ロベルトさんは風邪を引かないように、気を付けてね」



 床にはロベルトの衣服から(したた)り落ちた(しずく)で水溜まりが出来ており、イリアの指摘で自分の状態に気付いたロベルトが、慌てて近くにあったタオルで全身を(ぬぐ)う姿が見られた。


 そんな一コマに、ディーンが意味深に含んだ笑いをして、黄水晶(シトリン)の瞳を三日月型に細めた。



「副団長とハーシェルの取り乱し(よう)ったらなかったもんなあ。アイシャちゃんも罪な子だねぇ?」



 同意を求めるように、こちらへ視線を送る幼馴染に、ルーカスは深いため息をつく。



「ディーン、揶揄(からか)ってやるなよ」

「おっと、(くぎ)を刺されちまった。ノリが悪いなあ」



 色恋沙汰(いろこいざた)の話題に興味を惹かれるのはわかるが、話のタネとして(いじ)るのは野暮というもの。


 ルーカス自身も揶揄(からか)われて辟易(へきえき)した経験は記憶に新しく、両方の手のひらを上げて肩を(すく)めるディーンの背を軽く叩いて(いさ)めた。





 アイシャの治療を終えたイリアが、〝人間(ヒト)が瘴気に(おか)された際の症状と対処方法〟についてアーネストと会話を交わしていたのだが、話によると、瘴気は神力を扱える治癒術師(ヒーラー)でなければ浄化が難しいらしい。


 神力を扱える治癒術師(ヒーラー)は、アルカディア教団に所属している者が大多数だ。


 現状では、浄化のための人員と手段が限られる。


 両者の危険性を速やかに周知し、瘴気や魔瘴石を発見した際は、細心の注意を払う必要があるだろう。


 ルーカスはこの件の報告とこれからの行動について、総大将であるゼノンと指揮官の父レナートに相談するため、救護室を後にした。


 アイシャの事はロベルトを始めとした団員に任せておけば大丈夫、とその目覚めを待たずに。

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