第十五話 会敵
戦の早期決着を狙って決行された奇襲作戦。
任務を遂行するため足を踏み入れた南東の森林地帯で、同じく奇襲を狙ったアディシェス帝国の部隊と遭遇し、ルーカス達の戦いが始まる。
ルーカスは現れた複数の帝国兵と対峙していた。
彼らはルーカスを取り囲むと、容赦なく斬り掛かって来た。
ルーカスは一人目の太刀を身を捩って躱す。
間髪入れず迫った二人目の剣を刃でいなして弾き、そのまま腹部目掛けて刀を振り抜いた。
「ぐあ!」
血飛沫が舞い、持ち手から肉を断つ感触が伝わる。
気持ちの良いものではないが、気に留めていては動きが鈍る。
すぐさま振り返れば、頭上に剣を振りかぶって迫る三人目の敵と目が合い、その表情が驚きに染まった。
恐らくこちらが反応出来るとは思っていなかったのだろう。
一瞥した後、手首を捻って下方へあった刀で胴を斬り上げた。
「がはッ!」
太刀筋の餌食となった敵は、目を見開いたままくぐもった叫びを発して、流れる鮮血と共に地へ伏した。
ルーカスは纏わりついた血を払うように刀を振り下ろすと、再度向かって来た一人目の敵へ目掛け、踏み込む。
肉薄すると敵は「ひ……!」と悲鳴を上げ、全て聞き終わる前に一刀のもとに斬り捨てた。
——背後から殺気を感じて、横へ飛ぶ。
すると、黒剣が地を抉り、突き刺さるのが見えて、無防備に前屈みとなった敵がいた。
隙は逃さない。
一瞬で距離を詰めると、背から心臓へ刃を穿ち——引き抜いた。
「あがッ……こ……の、化け、ものめ……」
苦悶に顔を歪め、断末魔と血を吐き出して、命の灯火が消えて行く。
(悪いな。存分に恨んでくれていい)
何も感じない訳ではないが、戦場に情は不要だ。
各所から戦闘の音が響いて来る。
ルーカスはその音を聞きながら、木々の合間から黒剣を両手で握り締め、鬼の形相で迫る新たな五人目の敵を瞳に捉えた。
対処するため踏み込む姿勢を取る。
しかし、またしても風を切るような音が耳へ届き、直感で危険を悟った。
前進しようとする体を後方へと逃すと、間一髪で飛翔した矢が眼前を過ぎ去り、掠め取られた黒髪が宙へ舞った。
すると、後退した事を好機と見たのだろう。
「もらったぞ!」
敵がにたりと笑い、黒剣が上段から振り下ろされた。
更に背後から二人の敵が現れ、挟み撃ちの形だ。
遠方から狙う射手も厄介な状況だが、ルーカスはそれほど焦りを感じていなかった。
何故ならば——。
「助太刀すんぜ、ルーカス!」
「チャチャッとあっちを片付けて来るっす!」
帯電した大剣を携えたディーンが背後の敵へと斬り込み、若草色の風を纏ったハーシェルは疾風となって弓兵の元へ駆けて行く。
この展開をルーカスは読んでいた。
対処すべきは目の前の敵だ。
剣が振り切られる前に、胴へ神速の一閃を放つ。
にたりと笑った敵の表情は苦しみに歪んで、膝が地に付き、そのままぬかるんだ地面へ突っ伏した。
「歯応えがねぇなぁ」
後方へ視線を向けると、ディーンの足元には、白の外套を血で紅く染め、黒煙を上げた敵が一人、二人と転がっている。
大剣の斬撃と纏わせた雷に焼かれたのだろう。
正直、遭遇した兵の練度はそれほど高くないようにルーカスも思った。
しかし、何が起きるかわからないのが戦場の怖いところだ。
「油断するなよ。残りも片付けるぞ」
「了解。でかい仕事前の準備運動だな」
今はただ、懲りず向かってくる敵へ刃を向け、この場の戦いを制する事に意識を集中する。
そうしてルーカスはディーンと遊撃に回ったハーシェルと共闘し、敵の奇襲部隊を片付けて行った。
周囲から響く戦闘音は徐々に小さくなる。
戦闘が終わる頃には、いつの間にか降り始めた雨の奏でる旋律が森林に響いていた。
鼻を刺す血臭と斬り倒した帝国兵の屍が広がる中。
ルーカスはディーン、ハーシェル、アーネストを哨戒へ回し、各部隊の損害状況を確認するため、ロベルトとアイシャと共に各隊長の元へ足を運ぶ。
「あまりにもあっけなさ過ぎますね」
ロベルトが緑玉色の瞳を細めて、懐疑的な視線を物言わぬ帝国兵へと向けている。
それは皆が感じているだろう。
「不気味だな」
ルーカスは同意して頷いた。
奇襲を狙ったのであれば、任務を遂行出来るだけの手練れを送るのが普通だ。
もう少し苦戦するものと思ったが、あっさりと一方的に制圧出来てしまった。
「今のところ他の部隊の反応は見られませんが、後続があるものと考え警戒致します」
「ああ。頼んだぞ、アイシャ」
「はい」
頭巾から覗く、アイシャの端正な顔が引き締まった。
警戒して備えておくに越した事はない。
しかして、ルーカスは各班の隊長と会話を交わし状況の確認を終えた。
帝国軍の奇襲部隊が壊滅したのに対し、こちらの損害は死亡者もなく怪我人が数人出た程度と軽微である事が判明する。
感じていた違和感の通りの結果だ。
だが、それを考察している時間はない。
哨戒に出たディーン達が戻り次第、出発する旨を団員達に伝えた。
そうしていると、こちらへ近付く三名の団員の姿が見えた。
哨戒に出た三人ではない。
それぞれ細身な体格、バランスの良い体格、がっちりと大きな体格をした三人組だ。
外套と頭巾を羽織っているため個人を判別し辛いが、彼らの立ち姿には見覚えがあった。
リエゾンの魔狼事件で共に坑道を調査したリク、ネイト、ブライスだ。
「団長、副団長、アイシャさん。帝国兵がこの様な物を所持していました」
細身な体格の団員、リクがそう言って、手のひらを差し出した。
ネイト、ブライスも同様に手のひらを差し出し、そこには何やら黒く大ぶりな石つぶての様な物が乗せられている。
ルーカス達はそれを手に取り、まじまじと見つめた。
透けもなく光を通さない黒い石——。
物体からは僅かにマナの力が感じられ、鉱物の様に見える。
「魔輝石かと思ったのですが、ちょっと違うなって」
リクが眉根を寄せて頬を掻く。
マナが結晶化した鉱物、魔輝石。
未加工の原石はこのような形状であるが、無色である事が殆どだ。
「……魔輝石の原石か? だがこの色は……」
耀きを失った黒。
まるでイシュケの森で見た瘴気の様だった。
「瘴気の結晶……さながら〝魔瘴石〟といったところでしょうか」
アイシャの呟きが聞こえた。
視線を向けると、紫水晶の眼光を鋭く光らせている。
「こんな物まで存在しているとは驚きですね」
「解析の必要がありますね。陣へ戻ったら私から解析班に回しておきます」
アイシャは紫水晶の視線を鉱物から外すと、懐から皮袋を取り出した。
鉱石はルーカスとロベルトの分も回収され、そこへ収められた。
「三人共、報告に感謝する」
「とんでもありません。では、ボクらは配置に戻りますね」
ルーカスが告げると、三人は手早く敬礼をして隊列へと戻って行った。
瘴気の結晶と思われる〝魔瘴石〟。
また新たな謎が一つ増えた。
(その用途は不明だが……魔神と少なからず繋がりがあると思われるアディシェス帝国の兵が所持していた事には、きっと意味がある)
この世界にはあと一体いくつの秘密が隠されていると言うのか——。
哨戒組と合流したルーカスは、湧き上がる疑念を抱えながら、雨足が強まり更に足場の悪くなった道を急いだ。
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