第十三話 獅子の誇り
ルーカスは一先ず、共に帰還し動き詰めであった皆に休息を命じた。
ディーンやフェイヴァとも話したい事は多聞にあったが——アディシェス帝国の宣戦布告を受けて、今まさに開かれているという軍議へ参加すべく、彼らとの挨拶はそこそこに、軍議の間へと急いだ。
軍議の間へ到着すると、入口を守る騎士との挨拶はそこそこに、ノック音を響かせて室内へ訪問を報せ、一拍置いてから「失礼致します」と告げて扉を開けた。
入室すれば、集った面々の視線が自然と向けられた。
ルーカスは彼らの眼差しを感じながら胸に手を当て頭を低くする。
「ルーカス・フォン・グランベル、只今帰還致しました」
「戻ったか。呼び戻して悪いな、ご苦労だった」
応えたのはレックス陛下だ。
顔を上げると、漆黒の髪色に良く映える色合いで絢爛な、王の威厳を示すような衣装を纏った陛下の、鋭い柘榴石の瞳が見つめていた。
その両隣には同じく柘榴石の瞳を持ち、金の髪が眩しい皇太子ゼノンと、陛下とよく似た風貌の父である元帥レナートが座していた。
「陛下、状況はどうなっていますか?」
ルーカスの後ろから透き通る高音域の音が響いた。
この場へ伴った、イリアの声だ。
後ろ背に続いた彼女が隣へ並び立つと、円卓の席へ着く師団長達のざわめき立つ声が聞え、その内の一人、壮年の男性が立ち上がる姿が見えた。
「ルーカス団長、そちらのお嬢さんは一体?」
壮年の男性が眼鏡越しに紺瑠璃色の瞳をイリアへと向けて、問いかけて来た。
彼は第一師団の団長、バーナード侯爵だ。
アーネストの父親でもあり、軍部では高い地位に就いている。
(父上も信を置く人物だと記憶していたが……)
レナートへ視線を送ると首を横に振る動作を見せたため、イリアの事に関しては伝えていなかったようだ。
であるならば、誰とも知れない彼女の発言と存在に疑問を抱くのは、当然だろう。
皆の注目が一身に集まる中、ルーカスはイリアを手のひらで示して見せた。
「皆さんも素顔の彼女と会うのは初めてでしたね。
彼女は女神の使徒、戦姫レーシュ殿です」
ルーカスの紹介を受けたイリアが瞼を閉じて、作法に則った美しい礼をした。
正体を明かす事は、事前に彼女も同意している。
「旋律の戦姫!?」
バーナード侯爵ではない、別の師団長の驚く声が聞えた。
一堂に会した師団長達の中には、彼女と戦場で邂逅した者も少なくない。
彼らの反応は、目を丸くする者や、驚愕の表情を浮かべて固まる者、にわかには信じられず呟きを漏らす者など様々であったが、驚いているという点では同じだった。
初めに疑問を投げかけた、バーナード侯爵はというと。
「そうとは知らず、大変失礼致しました。大災害の際、王都をお守り下さった事、感謝しております」
一度目を見張って見せたが、すぐさま事情を飲み下したのか、銀の髪が輝く彼の頭が深々と下げられた。
すると、その姿を見た他の師団長達が弾かれたように立ち上がり、そして、一斉に礼を示して見せる。
これは少し予想外の展開だ。
感謝を表すため、十数人がそうしていると厳かで重々しい雰囲気がある。
まるで君主を称えているかの様にも見えた。
「わ、私は出来る事をしたまでです。それよりも今は、迫る脅威にどう対処するのか、話をしましょう」
気恥ずかしさからだろう、イリアはほんの少し動転した様子で話し、それから困った様に勿忘草色の瞳がこちらへ向けられる。
彼女は正しく感謝されて然るべきだ。
だが、時間制限がある以上、早急に話をまとめなければならないのも事実。
ルーカスは軍議を進めるべく、話題を投げる。
「アディシェス帝国が国境へ迫っている事は聞き及びましたが、兵力は把握出来ているのですか?」
「報告では約十万だそうだよ」
話題を拾ったのはゼノンだ。
苦々しい表情を浮かべている。
それは師団長達も同様で、彼らは礼を解くと重苦しい雰囲気を纏わせて着席した。
「……思い立ってすぐに動かせる数ではないですね」
十万と言うと、現段階で判明している帝国の総軍事力の十分の一に相当する戦力で、差し向けられた敵の規模の大きさに、ひんやりとしたものが頬を伝った。
「帝国の事だ、大人しいフリして機を狙っていたのだろう」
「奇襲は奴らの得意とする戦術だからな」
師団長達からそんな発言が漏れ聞こえて来た。
確かに、六年前ゼナーチェ王国が陥落した時も、帝国の動きは唐突だった。
前兆すら見せず一昼夜の内に攻め上がって、かの国を怒涛の勢いで落として見せた。
他国へ侵略する際は、突飛に行動を起こす事が多く、それだけに「何故わざわざ、宣戦布告したのか?」——と、違和感を覚えずにはいられない。
「宣戦布告は驚きましたが、あちらの行軍中にその規模が知れたのは、不幸中の幸いでしたね」
そう溢したバーナード侯爵の言葉に、レナートが「ああ」と頷いた。
拭えない違和感。
ルーカスは父へ問い掛ける。
「因みに、その情報はどこから齎されたのですか?」
「教団——厳密に言えば、帝国領に入った巡礼団からだ。
ロベルト副団長から報告があった件は無論、皆承知しているが、裏取りの取れた確かな情報だ」
案の定というか。
情報源である彼らが、こちらの足止めを狙ってあえて情報を伝えたのだろうという、思惑が透けて見えた。
「……やっぱり、あの子が絡んでいるのね」
声の音の高低を下げたイリアは、想定していた通りの答えが返って来たことで、表情に影を落としている。
「急がないと。ノエルが聖地巡礼を終えるまで、あまり時間が残されていない」
「——陛下」
焦りを滲ませるイリアの呟きを受けて、ルーカスは探るような視線を送った。
ロベルトの報告を「承知している」と言ったが「どうするつもりなのか?」と問いかけるように。
間を置かず、陛下は告げる。
「ルーカス団長が言いたい事は理解している。
アディシェス帝国の侵略、そして教皇ノエルの独善を許してはならん。
——我らは打って出るぞ」
力の籠もった重低音の声色で言い放った陛下は、柘榴石を思わせる紅の瞳に、さながら宝石のような輝きを宿し、堂々たる風貌を見せた。
両隣に座る父とゼノンも覇気に満ちた表情だ。
師団長達からは「おぉッ!」と雄叫びが上がる。
既に彼らもその旨で納得しているのだと知る。
元より理不尽を是としない王国が、どの様な道を選ぶのかは想像に難くなかったが、期待を裏切らない返答だった。
「それを聞いて安心しました。
帝国と教皇聖下に、獅子の誇りを見せつけてやりましょう」
王国騎士が羽織る外套や、国旗に描かれた象徴の獣、獅子の様に、平和を愛し、弱きを守り、気高く強い姿を見せるのだ——と、ルーカスは口角を上げた。
アディシェス帝国軍は国境へと迫り、巡礼団はその帝国領内に入っている。
(俺とイリア、それとフェイヴァ。使徒の力はこちらも有しているが、事を急いて先行し、大軍と女神の使徒を相手取る事になれば、それこそ勝機はないからな)
時間的猶予はないが、巡礼団が帝国軍と行動を共にしている可能性もあるため、王国軍と共に帝国を抑え、その流れで教皇ノエルに迫るのが、今取れる一番堅実な方法だ。
事態は切迫しているが、方向性が固まった事で、心に僅かな余裕が生まれる。
それはイリアも同じだった様で、ほっとしたような微笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます。私も女神様の代理人として、最善を尽くします」
彼女は握った右手の拳を胸に当て、左手で衣服の裾を摘まむと瞼を閉じて頭を下げた。
(こういったところは、本当にブレないな……)
イリアの在り方に内心、苦い思いを抱くが、それもまた彼女の一面だ。
この身に宿る〝破壊の力〟のように、全てのしがらみを消し去り、彼女が気負う事なく笑える未来を切り開きたいと、切に思う。
そうして、ゼノンを総大将として、父レナートを指揮官に据えた王国軍、約八万の軍勢は準備を終えると王都を出立し、アディシェス帝国軍が迫る国境——六年前、悲劇の舞台ともなったディチェス平原を目指した。
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