第十二話 太陽の御楯(みたて)
——ナビア王宮・謁見の間。
ロベルトからの報告で、アディシェス帝国がエターク王国へ宣戦布告を行い、両国の国境付近に迫っていると知らされたルーカスは、下された撤収命令に従って行動する事を余儀なくされた。
帰還前にルーカスはカルミア女王に事の顛末を報告するため、イリアと二人、再び謁見へと臨んだ。
門の排除が完了した事。
イシュケの森とパール神殿での出来事。
それと教団が秘匿してきた世界の真実と教皇ノエルが成そうとしている強硬手段を伝えて、その上で王国にアディシェス帝国の脅威が迫っており、撤退命令が下された事を告げる。
女王は時折、相槌を打ちながら話に耳を傾け、話終わった時には神妙な面持ちを浮かべていた。
「——委細承知しました。
撤収も致し方ありませんね。
事態の収拾へ尽力下さった事、改めて感謝致します」
カルミア女王が若紫色の瞳を伏せ、蒼玉が輝く金の王冠を頂いた頭が、前方へ傾いた。
感謝の意を示す女王に対し、ルーカスは首を横に振る。
「貴国の救援に駆け付けたばかりだと言うのに、申し訳ありません」
「いいえ、十分助けて頂きましたよ」
ナビアを取り巻く災いの原因を取り除けたのは幸いだが、たった二日の間に出来た事は本当に僅かだ。
本来であれば復興が軌道に乗るまで支援する予定であったため、どうしても歯痒さは残ってしまう。
「それにしても、かの国が斯様に真実を秘めて来た事には、義憤を禁じ得ませんね。
……聖下のお気持ちも、わかる気が致します」
今度はイリアが首を横に振る番だった。
「でも、許される事じゃないわ。あの子の独断も、アディシェス帝国の蛮行も、どっちも止めないと」
「ああ、どちらも野放しには出来ない」
「教皇ノエルを止めよう」と、イリアと約束したタイミングで飛び込んだ脅威の一報には「何故、今この時期にアディシェス帝国が動き出したのか」と疑問に思った。
それに関してイリアは「もしかしたらノエルが帝国と何かしら取引したのかも」と語った。
宝珠の祭壇に入れるのは女神の血族だけ。
パール神殿の術式を元に戻した事で、こちらの動きが察知されたのではないか、と。
聖地巡礼の巡路的に、教皇率いる巡礼団は今、アディシェス帝国領に入っていると見られたため、可能性としては十分考えられる。
「そして……肝要なのは、我らが如何な道を見出すのか、でしょうね」
カルミア女王の言葉に、その通りだ、とルーカスは大きく頷いた。
誰かに犠牲を強いて成り立つ現状に甘んじてはいけない。
「各国を交え早急に協議すべき案件だと考えています」
「ええ。王国も動かれる事と思いますが、私からも呼びかけてみましょう」
「ありがとうございます、陛下」
〝惑星延命術式〟の対策については「考えがあるの」と言ったイリアの話も聞きながら最善策を模索する必要がある。
そして事態の根幹、アルカディアを脅かす〝魔神〟と言う災厄と、どう向き合うのか——この惑星に生きる誰もが考え、選択しなければならないだろう。
女王陛下との謁見を終えた後は、幸運にも復旧作業の完了した瞬間移動門を利用して、王都オレオールへと戻る事になった。
一度に転移で移動出来るのは十人程度のため、イシュケの森で門破壊のため主力として行動した九名が先駆けて王都へ帰還。
連続での稼働は難しいため、残りの人員は時間を空けて順次帰還の予定だ。
【刑死者】の神秘を宿した使徒、護国の英雄、独立戦争で共闘した戦友でもあるヴェルデ殿とは結局、顔を合わせる時間はなかった。
この様な状況でなければ、挨拶の一つでもしたかったな、と思いながらルーカスはナビアの地を後にする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
——エターク王国・王都オレオール王城、瞬間移動門の間。
ナビア側で東屋に似た外観を持つ、マナ機関の装置内に敷かれた魔法陣へ乗り、瞬間移動門を起動して着いた王国側のそこで、ルーカスは意外な人物の出迎えに会う。
「お! 戻って来たな~。おかえりさん」
陽気で低い声が耳に届いた。
マナの残滓が舞うのは見えたが、視界は移動の影響で明滅しており朧気だ。
だが、この声の主が誰なのかは断言できる。
「——ディーン、帰って来てたんだな」
任務のため神聖国で潜入捜査に当たっていた親友に間違いない。
幾度か瞬きをすると視界が正常になり、装置のある小高い場所から見下ろすと、階段の下に燃え立つような臙脂色の髪が見えた。
「きっちりお役目果たして帰って来たぜ?」
黄水晶の瞳を片目だけ勢いよく瞑り、茶目っ気たっぷりに笑ったディーンが敬礼して見せた。
持ち上がった口角の合間から白い歯が顔を覗かせており、日焼けした肌のせいかその白さが際立っている。
「ディーン先輩! おかえりなさいっす!」
「お、ハーシェルは相変わらず元気がいいなぁ」
ディーンの姿を確認するなり、ハーシェルは装置から続く階段を駆け下り、その後をアーネスト、ロベルト、アイシャが続いて下りていく。
ルーカスはイリアと護衛の少女達と共に、ゆっくりと団員の後を追った。
「先輩、無事に戻って来られて良かったです」
「おう! ありがとな、アーネスト。こっちも色々と大変だったみたいだな? 副団長」
「君の方こそ、あの大地震の最中、神聖国で何かと苦労があったんじゃないか?」
「まあな~。んでも混乱に乗じて、成果もあったんだぜ?」
鼻高々と言った風に、ディーンがこちらに視線を向けた。
陽気であるのは常だが、ディーンの場合、根拠もなしにこのような振る舞いはしない。
自信満々なのは確たるものが得られた証拠だ。
「それは、あちらの方と何か関係があるのですか? ディーンさん」
紫水晶を思わせるアイシャの瞳が部屋の入口へと向いている。
そこには確かに人影があったが、開け放たれた扉から入り込んだ光が逆光となり、容姿は窺い知れない。
「さっすがアイシャ、よく見てるな。
ルーカスと銀髪の歌姫にお土産だ。喜んでくれよ?」
ディーンが手招きで合図すると、その人物が靴音を鳴らして、歩み寄って来る姿が見えた。
外と部屋の中の光源が親和して露わになった容姿は——跳ねて癖のある黒柿の髪、赤い瞳孔に翡翠のような瞳。
口は真一文字に引き結ばれ、表情を無にして白を基調とした教団の軍服に身を包んだ、背の高い青年の姿。
久方ぶりに会う彼の姿があった。
「お前は——」
「フェイヴァ!」
言いかけた声を遮ってイリアがその名を呼び、銀糸を靡かせて皆を追い越すと、彼の元へと駆けて行く。
フェイヴァはそんなイリアを目で追って、彼女が眼前に辿り着くと姿勢を低くして片膝を折り、頭を垂れた。
「レーシュ様。不肖ながら、貴女の〝盾〟フェイヴァ・アルディスが馳せ参じました。
……御身をお守り出来ず、申し訳ありません」
「ううん。私が頼んだ事だから。〝鍵〟は無事?」
「はい。それと此方を」
フェイヴァが腰に帯剣した一本の剣を鞘ごと引き抜き、頭上に掲げた。
それは十字架に酷似した鍔の各所と、柄頭に虹色の輝きを放つ魔輝石があしらわれた銀の剣。
「——宝剣エスペランド。ありがとう、持って来てくれたのね」
イリアの愛用していた剣だ。
彼女は剣を受け取ると、まるで愛おしむかのように胸に抱き込み、瞼を閉じた。
剣の銘はつい先刻聞いた、彼女の真なる姓を冠している。
宝剣が誰の手によって鍛えられ、どのような経緯を辿ってイリアの所有となったのかはわからないが、きっと女神の血族と少なからず関係があるのだろう。
(もしかしたら形見の様な物なのかもしれないな……)
彼女の姿にそんな考えが浮かんだ。
「お義姉様の〝盾〟……ですか。
見たところ主従関係にあるようですが……」
「なんか、お義姉様の方はとっても親し気ね。
お兄様の好敵手?」
立ち止まって想いを馳せていると、双子の姉妹の会話が聞こえた。
(好敵手、か)
ある意味そうだとも言える。
教団に居た頃、あいつとの鍛錬で勝てた試しはないし、イリアの最も身近に居る異性であったため、気持ちを自覚する以前から対抗心を燃やしていた自覚がある。
「戦姫レーシュの補佐官ですね!
〝旋律の戦姫〟の名があまりにも有名なので、彼の存在と活躍はあまり知られていませんが、彼も女神の使徒ですよ」
姉妹の前方へ躍り出たリシアが、得意満面に語って見せた。
公には得難いはずなのに、何処から聞き及んでくるのか、彼女の女神や女神の使徒に関連した知識・情報の豊富さにはいつも驚かされる。
「ああ。彼は【運命】の神秘を宿した使徒。
〝太陽の御楯〟——フェイヴァ・アルディスだ」
ルーカスはイリアに跪くフェイヴァを見据え、この状況下に強力な援軍が現れたのを頼もしく思うと同時に、彼女の〝盾〟である彼へ密かな対抗心が再燃するのを感じた。
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