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【過去編開幕】終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫  作者: 柚月 ひなた
第一部 第四章 隠された世界の真実

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第十二話 太陽の御楯(みたて)

 ——ナビア王宮・謁見(えっけん)の間。


 ロベルトからの報告で、アディシェス帝国がエターク王国へ宣戦布告(せんせんふこく)(おこな)い、両国の国境付近に迫っていると知らされたルーカスは、下された撤収(てっしゅう)命令に従って行動する事を余儀(よぎ)なくされた。


 帰還前にルーカスはカルミア女王に事の顛末(てんまつ)を報告するため、イリアと二人、再び謁見(えっけん)へと(のぞ)んだ。


 (ゲート)の排除が完了した事。

 イシュケの森とパール神殿での出来事。


 それと教団が秘匿(ひとく)してきた世界の真実と教皇ノエルが成そうとしている強硬手段を伝えて、その上で王国にアディシェス帝国の脅威(きょうい)が迫っており、撤退(てったい)命令が下された事を告げる。


 女王は時折、相槌(あいづち)を打ちながら話に耳を(かたむ)け、話終わった時には神妙(しんみょう)面持(おもも)ちを浮かべていた。



「——委細承知(いさいしょうち)しました。

 撤収(てっしゅう)(いた)(かた)ありませんね。

 事態の収拾(しゅうしゅう)へ尽力下さった事、改めて感謝致します」



 カルミア女王が若紫(わかむらさき)色の瞳を伏せ、蒼玉(サファイア)が輝く金の王冠(ティアラ)(いただ)いた頭が、前方へ(かたむ)いた。


 感謝の意を(しめ)す女王に対し、ルーカスは首を横に振る。



「貴国の救援に駆け付けたばかりだと言うのに、申し訳ありません」

「いいえ、十分助けて(いただ)きましたよ」



 ナビアを取り巻く(わざわ)いの原因を取り(のぞ)けたのは幸いだが、たった二日の間に出来た事は本当に(わず)かだ。


 本来であれば復興が軌道(きどう)に乗るまで支援する予定であったため、どうしても歯痒(はがゆ)さは残ってしまう。


 

「それにしても、かの国が斯様(かよう)に真実を秘めて来た事には、義憤(ぎふん)を禁じ()ませんね。

 ……聖下のお気持ちも、わかる気が致します」



 今度はイリアが首を横に振る番だった。



「でも、許される事じゃないわ。あの子の独断も、アディシェス帝国の蛮行(ばんこう)も、どっちも止めないと」

「ああ、どちらも野放しには出来ない」



 「教皇ノエルを止めよう」と、イリアと約束したタイミングで飛び込んだ脅威(きょうい)の一報には「何故、今この時期にアディシェス帝国が動き出したのか」と疑問に思った。


 それに関してイリアは「もしかしたらノエルが帝国と何かしら取引したのかも」と語った。


 宝珠の祭壇(セフィラ・アルタール)に入れるのは女神の血族だけ。

 パール神殿の術式を元に戻した事で、こちらの動きが察知されたのではないか、と。


 聖地巡礼(ペレグリヌス)巡路(じゅんろ)的に、教皇(ひき)いる巡礼団は今、アディシェス帝国領に入っていると見られたため、可能性としては十分考えられる。



「そして……肝要(かんよう)なのは、我らが如何(いか)な道を見出(みいだ)すのか、でしょうね」



 カルミア女王の言葉に、その通りだ、とルーカスは大きく(うなず)いた。


 誰かに犠牲を()いて成り立つ現状に(あま)んじてはいけない。



「各国を(まじ)え早急に協議すべき案件だと考えています」

「ええ。王国も動かれる事と思いますが、(わたくし)からも呼びかけてみましょう」

「ありがとうございます、陛下」


 

 〝惑星延命術式(女神のゆりかご)〟の対策については「考えがあるの」と言ったイリアの話も聞きながら最善策を模索(もさく)する必要がある。


 そして事態の根幹(こんかん)、アルカディアを(おびや)かす〝魔神〟と言う災厄(さいやく)と、どう向き合うのか——この惑星に生きる誰もが考え、選択しなければならないだろう。





 女王陛下との謁見(えっけん)を終えた後は、幸運にも復旧作業の完了した瞬間移動門(ワープポータル)を利用して、王都オレオールへと戻る事になった。


 一度に転移で移動出来るのは十人程度のため、イシュケの森で(ゲート)破壊のため主力として行動した九名が先駆けて王都へ帰還。


 連続での稼働は難しいため、残りの人員(メンバー)は時間を空けて順次帰還の予定だ。


 【刑死者(けいししゃ)】の神秘(アルカナ)を宿した使徒、護国(ごこく)の英雄、独立戦争で共闘した戦友でもあるヴェルデ殿とは結局、顔を合わせる時間はなかった。


 この様な状況でなければ、挨拶の一つでもしたかったな、と思いながらルーカスはナビアの地を後にする。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ——エターク王国・王都オレオール王城、瞬間移動門(ワープポータル)の間。


 ナビア側で東屋(ガゼボ)に似た外観を持つ、マナ機関の装置内に()かれた魔法陣へ乗り、瞬間移動門(ワープポータル)を起動して着いた王国側のそこで、ルーカスは意外な人物の出迎えに会う。



「お! 戻って来たな~。おかえりさん」



 陽気で低い声が耳に届いた。


 マナの残滓(ざんし)が舞うのは見えたが、視界は移動の影響で明滅(めいめつ)しており朧気(おぼろげ)だ。


 だが、この声の主が誰なのかは断言できる。



「——ディーン、帰って来てたんだな」



 任務のため神聖国で潜入捜査(せんにゅうそうさ)に当たっていた親友に間違いない。


 幾度(いくど)(まばた)きをすると視界が正常になり、装置のある小高(こだか)い場所から見下ろすと、階段の下に燃え立つような臙脂色(ダークレッド)の髪が見えた。


 

「きっちりお役目果たして帰って来たぜ?」



 黄水晶(シトリン)の瞳を片目だけ勢いよく(つぶ)り、茶目っ気たっぷりに笑ったディーンが敬礼して見せた。

 

 持ち上がった口角の合間から白い歯が顔を(のぞ)かせており、日焼けした肌のせいかその白さが際立(きわだ)っている。



「ディーン先輩! おかえりなさいっす!」

「お、ハーシェルは相変わらず元気がいいなぁ」



 ディーンの姿を確認するなり、ハーシェルは装置から続く階段を駆け下り、その後をアーネスト、ロベルト、アイシャが続いて下りていく。


 ルーカスはイリアと護衛の少女達と共に、ゆっくりと団員の後を追った。



「先輩、無事に戻って来られて良かったです」

「おう! ありがとな、アーネスト。こっちも色々と大変だったみたいだな? 副団長」

「君の方こそ、あの大地震の最中(さなか)、神聖国で何かと苦労があったんじゃないか?」

「まあな~。んでも混乱に(じょう)じて、成果もあったんだぜ?」



 鼻高々(はなたかだか)と言った風に、ディーンがこちらに視線を向けた。


 陽気であるのは常だが、ディーンの場合、根拠もなしにこのような振る舞いはしない。

 自信満々なのは確たるものが得られた証拠だ。



「それは、あちらの方と何か関係があるのですか? ディーンさん」



 紫水晶(アメジスト)を思わせるアイシャの瞳が部屋の入口へと向いている。


 そこには確かに人影(シルエット)があったが、開け放たれた扉から入り込んだ光が逆光となり、容姿は(うかが)い知れない。



「さっすがアイシャ、よく見てるな。

 ルーカスと銀髪の歌姫に()()()だ。喜んでくれよ?」



 ディーンが手招(てまね)きで合図すると、その人物が靴音(くつおと)を鳴らして、歩み寄って来る姿が見えた。


 外と部屋の中の光源が親和(しんわ)して(あら)わになった容姿は——跳ねて(くせ)のある黒柿(ブラウン)の髪、赤い瞳孔(どうこう)翡翠(ジェダイト)のような瞳。


 口は真一文字(まいちもんじ)に引き結ばれ、表情を無にして白を基調とした教団の軍服に身を包んだ、背の高い青年の姿。


 久方(ひさかた)ぶりに会う彼の姿があった。



「お前は——」

「フェイヴァ!」



 言いかけた声を(さえぎ)ってイリアがその名を呼び、銀糸を(なび)かせて(みな)を追い越すと、彼の元へと駆けて行く。


 フェイヴァはそんなイリアを目で追って、彼女が眼前に辿(たど)り着くと姿勢を低くして片膝を折り、(こうべ)()れた。



「レーシュ様。不肖(ふしょう)ながら、貴女の〝盾〟フェイヴァ・アルディスが()(さん)じました。

 ……御身(おんみ)をお守り出来ず、申し訳ありません」

「ううん。私が頼んだ事だから。〝鍵〟は無事?」

「はい。それと此方(こちら)を」



 フェイヴァが腰に帯剣した一本の剣を(さや)ごと引き抜き、頭上に(かか)げた。


 それは十字架に酷似(こくじ)した(つば)の各所と、柄頭(つかがしら)に虹色の輝きを放つ魔輝石(マナストーン)があしらわれた銀の剣。



「——宝剣エスペランド。ありがとう、持って来てくれたのね」



 イリアの愛用していた剣だ。


 彼女は剣を受け取ると、まるで(いと)おしむかのように胸に抱き込み、(まぶた)を閉じた。


 剣の(めい)はつい先刻(せんこく)聞いた、彼女の(まこと)なる姓を(かん)している。


 宝剣が誰の手によって(きた)えられ、どのような経緯を辿(たど)ってイリアの所有となったのかはわからないが、きっと女神の血族と少なからず関係があるのだろう。



(もしかしたら形見の様な物なのかもしれないな……)



 彼女の姿にそんな考えが浮かんだ。



「お義姉(ねえ)様の〝盾〟……ですか。

 見たところ主従関係にあるようですが……」

「なんか、お義姉(ねえ)様の方はとっても親し気ね。

 お兄様の好敵手(ライバル)?」



 立ち止まって想いを()せていると、双子の姉妹の会話が聞こえた。



好敵手(ライバル)、か)



 ある意味そうだとも言える。


 教団に居た頃、あいつとの鍛錬(たんれん)で勝てた試しはないし、イリアの(もっと)も身近に居る異性であったため、気持ちを自覚する以前から対抗心(たいこうしん)を燃やしていた自覚がある。



戦姫(せんき)レーシュの補佐官(ほさかん)ですね!

 〝旋律(せんりつ)戦姫(せんき)〟の名があまりにも有名なので、彼の存在と活躍(かつやく)はあまり知られていませんが、彼も女神の使徒(アポストロス)ですよ」



 姉妹の前方へ(おど)り出たリシアが、得意満面(とくいまんめん)に語って見せた。


 (おおやけ)には得難(えがた)いはずなのに、何処から聞き(およ)んでくるのか、彼女の女神や女神の使徒(アポストロス)に関連した知識・情報の豊富(ほうふ)さにはいつも(おどろ)かされる。



「ああ。彼は【運命】の神秘(アルカナ)を宿した使徒。

 〝太陽の御楯(みたて)〟——フェイヴァ・アルディスだ」



 ルーカスはイリアに(ひざまず)くフェイヴァを見据(みす)え、この状況下に強力な援軍が現れたのを頼もしく思うと同時に、彼女の〝盾〟である彼へ(ひそ)かな対抗心(たいこうしん)が再燃するのを感じた。

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