番外編 双子のお姫様 ≪後編≫
——その後、家族の愛を受けて、妹達はすくすくと成長していった。
初めて目にした時は眠っていたから、赤ちゃんは弱々しいとばかり思っていたが、泣く姿は予想外に力強くて驚いたものだ。
シャノンは小さい頃から活発で、常に動いていないと気がすまないらしく、成長するにつれて好奇心が育つと、突拍子もない事をして皆を困らせていた。
シェリルは逆にこちらが心配になるくらい大人しくて手が掛からなかったので、双子でもこんなに違うのかと驚きの連続だった。
そんな二人が歩けるようになって、ちょこちょこと後ろを付いて回る姿は感動したし、形容し難い可愛さだった。
言葉も最初は母音しか発音出来なかったのに、段々と色んな言葉を覚えて「にぃにー」とか「おにーたま」なんて呼ばれた日には、思わずにやけてしまって——。
「お兄様、どうかしましたか?」
「なんで笑ってるの?」
いつの間にか思い出に浸っており、うっかり頬が緩んでいたようだ。
双子の姉妹が怪訝な表情でこちらを見ていたため、咳払いをして「何でもない」と誤魔化した。
「——それで、お兄様。実際どうなの?」
シャノンの紅い瞳がじっと見つめて来る。
「どうなの?」とは、先ほどの質問〝男性は女性のどんな行動に惹かれるのか?〟についてだろう。
男性側の気持ちを知りたいという意図があるようだし、想いを寄せる相手が出来たのかもしれない。
歳が離れているせいか親心みたいなのもあって、自分の手を離れて成長して行く二人の姿が何だか寂しく思えた。
しかし、可愛い妹達のお願いだ。
質問に答えないと言う選択肢はない。
「そうだな……」
情景を思い返して——ふと脳裏に浮かんだのは〝彼女〟の姿だ。
戦場でマナの風に銀色の髪を靡かせて、背筋を伸ばし凛とした声で旋律を紡ぐ彼女は、遠くから見ても目を惹かれるものがある。
「……歌ってる姿は、綺麗だと思うな」
「歌かぁ……私、音感がないって言われたのよね」
歌はダメらしい。
ならば——と、もう一度記憶を探る。
目を輝かせて食事を口に運び、何とも言えず幸せそうな表情を浮かべる彼女の姿が思い起こされた。
「……食事を美味しそうに食べるところ、とか」
あの表情を見ていると、こちらまで幸せな気分になるのだから不思議なものだ。
「それわかる! 作った物を『美味しい』って喜んで食べて貰えるの嬉しいのよね!」
「だろ? 食べさせ甲斐があるよな」
感触の良い反応が得られ、ちょっと得意げな気分になりながら頷いていると「でも」とシェリルから反論があった。
「それはお姉様から見てのお話しですよね? 〝食事は厳かに〟は行儀作法の基本ですし、あまり好まれないかもしれません」
「……そうね。あんまり羽目を外すと、はしたないって思われちゃうかも」
これもダメ……と。
公爵家がちょっと例外的なだけで、格式高い貴族であれば特に、行儀作法を重視する傾向が顕著に見られ、慎ましくおしとやかであるほど好まれる。
あとはなんだろうか——と、頭を捻るが、そもそもだ。
男性の気持ちと聞いて安易に一括りで考えていたが、人によって好みは千差万別。
相手がどのような人間なのか聞いた方が早い。
「……なあ、シャノンが想いを寄せてる相手って、どんな人なんだ?」
「え!? な、なんのこと!?」
声が裏返り、あからさまに動揺しているのがわかった。
やはり意中の相手がいるのだろう。
予想はしていたが、胸が痛んだ。
「お姉様は分かり易いですからね。ついでに申し上げると、その方は私が想いを寄せる相手でもあって、お兄様もよくご存知の方ですよ」
「ちょっと、シェリル!!」
顔色を変えずとんでもない爆弾発言をするシェリルに、今度は胃が痛んだ。
シャノンが顔を真っ赤にして慌てふためいている。
王国は一夫多妻が認められている。
だが昨今はあまり聞かない話で、血を繋ぐ責務のある王族でさえ、一夫一妻の世代が多い。
不可能ではないのだが、婚姻は勿論、複数人と恋愛関係にあるのも醜聞が良くないと嫌煙されている。
好敵手として争うのか、はたまた二人仲良くゴールインか。
どちらにしろ前途多難だ。
「……それで、誰なんだ?」
きりきりと痛む胸と胃に耐えて平静を装い、「兄として聞いておかなければ」との使命感に駆られて尋ねた。
よく知る人物、面識がある相手だというのであれば尚のこと、知っておく必要がある。
双子の姉妹は顔を見合わせ——同期した動きで頷き合うと、視線をこちらへ向けた。
「——ゼノンお兄様よ」
告げられた名は、この国の皇太子、従兄妹で親友でもある腹黒王子ゼノンの名だ。
意外……と言えば意外だが、腑に落ちる部分も大いにある。
双子の姉妹にとっては従兄妹の兄という事もあって交流する機会が多く、家族以外の一番身近な異性だと言える。
容姿はハッキリ言って完璧だ。
身内贔屓ではなく人目を惹く整った綺麗な顔立ちに、王妃譲りの陽光に輝く金髪と、王家特有の柘榴石のような紅い瞳は、ゼノンが見せる爽やかな笑顔と合わさって蠱惑的だ。
性格は……人当たりがよい好青年な面と、腹の内で計算高く策略を巡らす打算的な面を使い分ける策略家で、良くも悪くも皇太子然としているが、その根本にはちゃんと情がある。
姉妹が通う王立学院でも当然出会いはあったと思うのだが、ゼノンと比べてしまっては見劣りしてしまい、恋愛対象にならなかったのだろう。
ゼノンの容姿、性格に不満はない。
皇太子という立場は少しばかり難だが、身分的に言えば過去には公爵家から王家へ嫁ぐ例もあったし、大きな障害ではない。
情を寄せた相手は大切にするだろうし、文句のつけようがない相手ではあるのだが——問題は別のところにある。
ルーカスは眉根を寄せた。
「そうか、ゼノンか……」
「やっぱりお兄様としては複雑ですか?」
「でも、気付いたら好きになってたんだから仕方ないじゃない」
表情を曇らせた事で〝否定された〟と二人は捉えたのか、落ち込む姿が見られた。
性格的に破綻している相手だったなら、そうしていたのだが、そうではない。
——まだ公にされていないがゼノンは、ルーカスが長期任務に就くきっかけとなった戦で、体制を一新して建国された〝ナビア連合王国〟の王女との婚姻が決まっていた。
同盟を締結するに当たって、両国の融和を願って下された政治的な決定。
(所謂、政略結婚というやつだ)
あちらへの体面を考えると、側妃を迎えることはまずあり得ない。
国の機密事項のため大っぴらに話す訳にはいかず、どう伝えたものかと思い悩む。
そうして沈黙を続けていると、シャノンが腕を組んで拗ねたように顔を逸らすのが見えた。
「いいわよ、お兄様が認めてくれなくても。この気持ちは誰にも止められないもの」
それは身に染みて経験している。
だからこそ、届かなかった時の喪失感も安易に想像出来て、胸が痛んだ。
すると「お兄様、そう心配なさらないで下さい」と落ち着きのあるシェリルの声がして、視線を向けると穏やかに微笑む姿があった。
「……例え叶わない想いだとしても、私は後悔しません」
言葉の終わりは表情を儚げにして、何かを悟ったかのようだった。
シェリルは聡明で、観察眼に優れているため感情の機微にも敏感だ。
こちらの表情から何かを感じとったのだろう。
「勝負に出る前から負けるつもりでいるなんて、シェリルらしくないわね」
「勿論、負けるつもりはありません。だから、もしもの話ですよ。油断しないで下さいね、お姉様?」
先ほどの表情から一変して、シェリルがにっこりと挑戦的な微笑みを浮かべた。
「それでこそシェリルね。受けて立つわ!」
対するシャノンは音を立て椅子から立ち上がり、腰に手を当て鼻を高くすると高飛車な様子を見せた。
どうやら徹底抗戦の模様だ。
(ゼノンに向ける姉妹の想いは……本物だろう)
ひしひしと伝わる感情に、結末がわかっているだけに、やるせなかった。
「応援してるよ、二人とも」
けれど、この場ではそう言うしかなくて、火花を散らす二人を静かに見守った。
——ルーカスは密かに決意する。
二人が頬を涙で濡らす時が来た日には——兄として双子のお姫様を励まし、前を向ける手伝いをしよう、と。
ついでに、ゼノンにはちょっと痛い目を見てもらおうとも。
(訓練と称して、今度打ち合いの鍛錬に付き合わせるか)
立場上どうにもならない事情が絡むとは言え、可愛い妹達を悲しませる事に変わりはない。
それくらいの意地悪は許されるだろう。
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