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第五話「さよならを君に」

 太陽のない空を眺めながら、僕と彼女は行き先も考えず歩いていた。


「ねえ、聞かせてくれない。君の過去を」


 彼女は僕に問いかける。

 誰にも言わないと決めた過去の話を、僕は自然と彼女に話し始めた。


「小学一年生の時、僕は出逢った。図書館でいつも絵を描いていた僕の席に、彼女が座った。彼女は困惑する僕にこう言った」


 ーーねえ君、私と一緒にマンガ描いてよ。


 冒頭の台詞を思い出す中で、僕は過去を回想していた。

 鮮明に思い出す過去の記憶を旅する。


 金髪のカツラを被り、僕に真っ直ぐに眼差しを向けている。


「えっと……君は誰?」


「私は世界一のマンガカ。ペンネームはこゆっきー」


「漫画家?」


「まあでも、私には画力がない。コマ割りとか台詞回し、シナリオは個人的には世界一なのに、誰も私を見てくれないんだよ」


 少女は頬を膨らませ、いかにも怒っている、をそのまま表現した態度で椅子に腰掛けている。


「だから、絵の上手い君に私の作画担当を努めてもらいたいってことよ」


 少女は真っ直ぐに僕を指差す。

 断られる想定は全くついていないのか、彼女の台詞に迷いがない。

 僕はしどろもどろになり、返答に困る。


「ぼ、僕は……」


 興味がないわけではない。

 ただ、急な話に何と返せば良いか分からない。


 こういう時、なんて言えば良いんだっけ。

 思考が停止した矢先、僕の脳裏にある言葉が浮かんだ。


「ねえ君、私と一緒に世界一のマンガカになろう」


「僕が、君を最高のヒロインにしてみせるから」


 僕は自然と答えていた。

 僕の返答に対し、少女は肩を上げ、笑みを浮かべる。


「やっぱ君を選んで良かった」


 それから、僕と少女は漫画を描き始めた。

 最初こそトラブルはあったものの、一ヶ月かけて二人の漫画を完成させた時は本当に嬉しかった。

 僕と君は肩を抱き合い、一緒に喜んだ。

 世界をひっくり返せてしまうような、そんな気さえしていた。


「ありがとう君咲、私は最高のヒロインにしてくれて」


 だが次の日、少女は交通事故に遭った。

 なんとか一命を取り留めた彼女は、病室のベッドに寝込んでいた。


「お見舞い来てくれるのね」


「だって、君と僕はパートナーだから」


「ありがとう。やっぱり君で良かったよ」


 いつもみたいに、どんな弊害もかき消してしまうような笑顔は彼女からは発せられなかった。

 僕は彼女の笑顔が見たいのに、彼女を笑わせることもできない。

 いつも僕が彼女からは勇気をもらうばかりで、僕は何もできなかった。


「私、君の絵をもっと見たい。毎日描いて見せてよ」


「分かった」


 君の笑顔が見たい。

 君にもっと笑ってほしい。

 僕だけが勇気をもらうだけじゃ駄目なんだ。


 僕は毎日絵を描き続けた。

 毎日病院に通い、君に絵を見せた。

 君は毎日喜んでくれた。

 君は毎日微笑んでくれた。


 でも、そんな生活はいつまでも続かなかった。


 容態は悪化していく一方。

 日に日に完治から離れていく。


「これじゃ悲劇のヒロインだ」


 彼女は泣きながら、僕の胸もとに駆け寄った。

 泣いている彼女にどう声をかけていいか、分からなかった。


 ノートの最後に書かれた『約束。一緒に夢を叶えること』のページを見ながら、彼女は泣いた。


「ーーごめんね。私は約束、守れなかった」


 それから、病院の移動が決まり、以来、彼女とは会っていない。

 誰よりも強い君のことだ。どんな怪我だってはね除けちゃうんだ。

 だから、僕のもとに戻ってきてよ。

 お願いだ。

 君がいなきゃ、寂しいよ。


 あの日から、僕は絵を描くことをやめた。

 絵を描けばまた彼女が笑ってくれるのではないか。

 でも、絵を描けば思い出してしまう。

 思い出すことが辛かった。胸が引き締められて、張り裂けそうで、死にそうなほど苦しかった。


「ごめん……、ごめん、なさい」


 僕はあの日から目を背けるように、遠ざかる。

 思い出してしまう行為から離れて、離れて、離れてしまおう。



 それが、僕の過去。

 避け続けてきた僕の過去。


「あの日、彼女と同じ時間を過ごせたことは嬉しかった。彼女に逢えたことで、僕の人生は華やかな色に変わったんだ」


 目の前にいる美神小雪に、過去をありのままに話した。

 彼女は終始表情を変えず、真剣に聞いていた。


「君は、また約束に戻ろうとしているんだね」


「うん。そうなのかも……しれない。でも、多分他の理由があるんだ」


「他の理由?」


「君との出逢いが、僕の人生を変えてくれる気がした。君が、僕の全てを変えてくれる気がしたんだ」


 僕は美神小雪に、あの日の少女を重ねてしまっている。

 今はもういない、彼女と。


 僕が過去の余韻に浸る中、彼女は重たく、口を開いた。


「君が八年前に会った少女はーー私だよ」


 一瞬、聞き間違えかと耳を疑った。

 驚き、彼女に目を向けると、冗談などついていない、真剣な表情だ。


「私はあの日、死んだんだ。でも、たった短い寿命を得て私は復活したの。そして今日、私は死ぬの」

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