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第三話「漫画みたいな」

 十二月七日。

 美神小雪と出逢ってから一週間が経った。


 放課後、いつもは笹井と下校しているが、最近は美神さんと教室に残って漫画の話をしている。

 十二月二十五日に控えた漫画コンクール。

 締め切りは二十四日。

 そのためにも早く漫画を仕上げなければいけない。


 だが、今日は笹井も教室に残り、僕を睨みつけている。


「ねえ君咲、なんか美神さんと仲良すぎない」


「そうか?」


「そうだよ。私が誰よりも一番に友達になろうとしたのに、君咲は知らない内に友達になってるんだもん」


 笹井は頬を膨らませ、椅子の背もたれに手をかけ、前傾姿勢で僕の圧をかけてくる。


「交友関係にも驚いたけど、もっと驚いたのはさ……漫画、描いてるんだ」


 急に優しい声に変化した。

 まるで赤子をあやすようなお母さんの声。


「あの日から前に進んだんだ」


「……うん。まあな」


 照れくさくなり、思わず目線を逸らした。

 そんな僕の顔を微笑ましげに見つめてくる笹井となかなか顔を合わせられない。


 あの日、僕が絵を描かなくなった理由を笹井は知っている。

 僕は笹井に救われた。

 笹井がいなければ、こうして美神と出逢う前に学校をやめていたかもしれない。


「笹井、ありがとな」


「声小さくて聞こえないな」


 明らかに聞こえているはずだ。

 意地悪を全面に押し出し、僕をいじっている。


「なんて言ったの? もう一度言ってよ」


「い、言わない」


 本当は何度でも言いたいくらいだ。

 それほどの恩を笹井に感じている。

 でも、声に出すのはやっぱり恥ずかしい。


「そ、それより……美神さん、漫画に取りかかろう」


「じゃあまずはネームの確認よろしくね」


 コマ割りや台詞、コマの中身などを簡単に描き終えた用紙を受け取る。

 開始数コマで分かった。


「ラブコメ?」


「うん」


 しかもその内容は、僕と美神さんの出逢いにそっくりだった。

 美神さんは動じる様子はなく、むしろ誇らしげにしている。

 僕としては恥ずかしさがあったが、美神さんからは微塵も感じられない。


「ちょ……」


「どうだ」


 解答に困る。

 模範解答があるなら是非聞かせてもらいたい。

 僕は困りながらも、


「い、良いんじゃない……かな?」


 と答えるしかなかった。

 実際、最初だけ僕らの出逢いが忠実に描かれているが、その後の展開としては全く関係のない内容だ。

 一つ気になったのは、最後のシーンだけ台詞が書かれていないこと。


 今回の作品は一話完結の短編。

 最後のシーンは重要になってくる。


「美神さん、最後のところは?」


「そこの台詞はまだ決めあぐねているって感じかな。でも締め切りまで十日以上はある」


「大丈夫?」


「私は世界一のヒロイン。だから必ず思いつくよ」


 世界一のヒロインに憧れた彼女。

 この漫画のヒロインが彼女そっくりなのも頷ける。

 圧倒的な自信とポジティブさなら、ヒロインランキングなんてものがあったら一位にでも名乗り出るだろう。


「あとは僕が最高の絵を描けば良いんだけど……最近すっかり絵を描かなくなったせいか、ここ数日描いた絵が……」


「下手だった?」


「……うん」


 かつて天才と称されたとはいえ、八年も絵に触れていなければ腕が鈍るのも当然だ。

 絵画コンクールでは常に最優秀賞を取り続けていたが、今となってはその面影はない。


「じゃあさ君咲、久しぶりに絵画コンクールに出てみれば」


「い、いや。絵が下手なんだよ。これでコンクールに出ても良い絵が描けるわけない」


「でも、画家同士は常にインスピレーションを与え合うって聞いたよ。昔のライバルから触発されたら、あの頃みたいな絵が描けるんじゃない?」


 笹井の発言も一理ある。

 僕は少し考えるため、天井を見上げた。

 天井一面をカラフルに塗りあげたとしたら、どんな世界が広がるだろうか。

 ぼんやりと考え事をしながら、自分が描きたい絵のイメージを膨らませる。


 数秒経ち、結局何も思いつかない。


「コンクールに出るのも悪くないかもな」


 絵画コンクール。

 小学一年生の頃まで出ていたコンクール。

 といっても、たった一度しか出ていないコンクール。


「どんな絵が見れるかな」


 と期待に胸を踊らせる。



 ♤♤♤♤



 金色に染めた髪を帽子で隠している少年は、七色パレットを手に持ち、立て掛けた画用紙の前で頭を抱えていた。

 目の前に広がる水平線の様子を、どう表現するか悩んでいる。


 彼のもとへ、彼に絵を教えている先生が向かう。


「そろそろもっと大きなコンクールに向けて絵を出しても良い頃合いじゃないか? 今の絵なら大人相手でも十分通用する」


「駄目なんです。俺は、それでもこのコンクールで倒したい相手がいる」


「君咲絵伝か。小学一年生の頃に出て天才と呼ばれる画力で最優秀賞を獲った。だがそれ以来、どこのコンクールにも出ていない」


「それでも、あいつの絵を見せられた後で、越えたくないなんて思えない」


 少年は感情的に高ぶり、吠える。


「俺は、あいつを越えたいんだよ」


 そして少年は知る。

 君咲絵伝が、今回のコンクールに出ていることを。

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