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第一話「ヒロインに出逢った」

 小学一年生の夏、僕はある少女に出逢った。


「ねえ君、私と一緒にマンガ描いてよ」


 過疎化していく村にある小さな図書館。

 ここに来るのは僕ぐらいで、いつも一人で絵本に描かれた絵を自分で描き写していた。

 親には「将来は絵描きだね」と褒められ、地域のコンクールではいつも入賞していた。


 僕は絵が好きだ。

 いつも絵を描いていた。

 あの日からだ。僕が図書館で定位置にしている席に、彼女が座り始めたのは。


「ねえ君、絵上手いね」


 お日様のようにわんぱくな少女。

 石ころのようにツンツンした少女。

 七色みたいに表情豊かな少女。


 そうだ。

 僕はあの日、恋をした。



 ♡♡♡♡



 あれから八年、中学三年の冬が来る。

 昔、あれだけ好きだった絵は、今は疎遠になっている。

 あの日、見たくないものから目を逸らすように、僕は筆ペンを置いた。


 冷え込む体温を温めるように手をすりすりと擦り、吐息を手に吹きかけた。

 雪女の寝息のような冷たさに指が凍りつく。

 二十分かけて通学路を進む。道はまだ中継地点。


「なああれ、天才くんじゃね」

「でも今は漫画家も画家も辞めたらしいよ」


 夢を追いかけていた日々があった。

 叶うと信じて疑わなかった夢があった。


 過去のことをいつまでも思い続けている。


君咲(きみさき)、相変わらず負のオーラ撒き散らし過ぎだぞ。せっかくの快晴が曇る」


 一人の時間に熟睡していた僕の肩が、深い海の底から引き上げられるように不意にポンと叩かれた。

 振り返ると、風に揺れる茶色い長髪が見えた。


笹井(ささい)か。何か用か?」


「用があるってわけでもないけど、朗報だよ」


 まるで待望の映画の続編が決定したような高揚に包まれた笑み。

 今なら世界の一つでも救いかねない勇気を背負った圧倒的ポジティブさ。

 ネガティブそのものである僕の存在が消えてしまいそうなほど、笹井は陽気だった。


「今日は転入生来るらしいぞ。どんな人かな。女子だったら絶対友達になろ」


 彼女ほど友達百人を本気で目指している人はいない、というほど友達作りに熱心な女の子。


 通学路で笹井に会い、些細なことを話しながら学校へ行くというのが恒例になっている。

 どんな時間に出ても笹井には遭遇し、遅刻した日だって笹井は授業を抜け出して僕を迎えに来るくらい。


 席は隣同士、僕の後ろの席はずっと空いたままだ。

 不登校生だから、というわけではなく、ただ無意味に置かれた謎の席。

 透明人間でもいるのではないか、そんな気配は微塵も感じるわけはなく、後ろの席に見たくないものをしまい続けている。


 やがてチャイムとともに担任が入室する。

 後ろには転入生を連れて……いなかった。


「転入生ですが、遅刻しているらしく、紹介は学校に到着後になります」


「転入初日で遅刻って前代未聞だよね」


 笹井が苦笑している。

 一体どんな生徒なのだろうか。

 転入初日で遅刻するほどのおっちょこちょい。


 結局転入生は来なかった。

 まさか初日で不登校とは、クラス中の誰も思ってもいなかった。

 友達が一人増えると期待に胸を膨らませていた笹井の胸はすっかりしぼんでいた。


「友達が一人、友達が二人、友達が三人、友達が四人……、」


 現実逃避を始めた笹井が百人を数えきったところで帰りのホームルームが終わるチャイムが鳴った。

 笹井の肩を抱きながら、笹井を家へと送る。


「あれ? 鞄がない」


 鞄を学校に置き忘れたことに気付き、踵を返し、飢えた狼のような相貌で学校に戻る。

 息を切らし、教室へ向かう。

 放課後の教室、誰もいないと思っていた教室には、金色に輝く髪と瞳を持つ少女が僕の一つ後ろの席に立っていた。


「って……それは……!?」


 彼女が手に持っているノートに気付き、僕はすぐさま駆け寄ろうとした。

 そこで彼女は僕の存在に気付いた。

 慌て様からノートの持ち主に気付いた彼女は、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「ねえ、そこの君」


 天使のような声。

 思わず聞き入ってしまう声。


「私を最高のヒロインにしてくれるよね」


 太陽のように明るい彼女。

 宝石のように輝いた彼女。

 月虹のように美しい彼女。


 僕は彼女に、一目惚れした。

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