6
学生と隣り合って、ベンチに座り直す。
「この赤い首をどこで手に入れた?」
桜木が掌を開いて見せた。
皮膚片にまみれた、赤いチップ。
ずいぶん年季が入っている。
メイは目を細めて、それをまじまじと見る。
「なんですか、それ」
眉間に皺を寄せて言った。
「知りません」
桜木はそれをポケットにしまった。
「君はどこから来たの?」
「どこから?」
メイは首を捻っている。
「さあ、わかりません」
桜木は頭を抱えた。
「彼女の言っていることは本当?」
『わかりません』
蒼月が答えた。
「ここに来る前のことを覚えている?」
桜木の問いかけに、メイは胡乱な様子だったが答えた。
「覚えているのは、ビル」
「ビル?」
「屋上で、誰かと話してた」
「それが最後の記憶?」
「そう」
そう言いながらメイは息を呑む。
「彼は首を……」
「彼?」
桜木が繰り返す。
「赤い首の彼……」
言いながら、メイは白昼夢を見ているように笑顔になった。
そこへ、見慣れた男が通りかかった。
「どうした?」
男は人事部長だった。
桜木より15分ほど遅い出社だった。
「その方は?」
部長は一応、敬語を使った。
いくら身なりが目下でも、どっかの令嬢かもしれないからだ。
「おはようございます。こちらは……」
桜木が、なんと紹介しようか考えながら立ち上がった瞬間、事件は起こった。
学生が、奇声をあげて部長に飛びかかった。
桜木は、一拍置いて、部長と学生の輪郭が重なるのを認めた。
次に目に飛び込んできたのは、赤だった。
床にタララと連続した赤い円が描かれた。
学生の手にはカッターが握られてた。
男の低い唸り声が、じりじりとロビーに鳴っている。
奇声。
笑い声。
止まっていた時間がまた動き出した。
学生が腕を振り上げる。
次の瞬間ーー。
学生はいきなり弾き飛ばされ、床に転げ回った。
そのとき、黄色い液体が散らばった。
濡れた雑巾が叩きつけられたような音がして、奇声が一瞬にして消え去り、場は静まり返る。
部長の腕が、べったりと黄色く汚れていた。
二人組の警官が、おもむろに入ってきて、状況を目視する。
こめかみに手をやり、応援を呼んだ。
今度こそサイレンを鳴らした車両が、複数台集まってきた。