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「飛び込みで採用面接を受けたい?」
桜木は出社してすぐに、入り口の受付係員に引き留められた。
「正確には、面接のやり直しを求める方がお見えで……」
「そんなの無理に決まっています。お断りして下さい」
「そちらでお待ちなんです」
係員が指差す方向を見ると、ベンチに座って俯く一人の学生がいた。
「桜木さん、ご対応いただいてもよろしいですか」
「一言、断るだけでしょう……」
煮え切らないまま、桜木は係員に一瞥をくれ、学生のもとへ歩み寄った。
「お待たせ致しました」
近づいてみると、女性のようだった。
短髪でパンツスーツ姿だったため、遠目からは性別が判断できなかった。
「人事採用担当の桜木です」
桜木は入射角を意識して学生に声をかけた。
「ご足労いただいたところ、誠に申し訳ないのですが」
ほぼ横並びの斜め前から、桜木が事務的に言いつけているところに、学生が口を開いた。
「アカネ、ササザキアカネです、ここで働きたいです、よろしくお願いします」
広いロビーが静まり返る。
若者のキンキン耳に響く声が、冷たいコンクリートに反響した。
「アカネです、ササザキアカネです、ここで、働かせて下さい」
桜木はその名前と、学生の見た目に、覚えがなかった。
やり直しと言っていなかったか?
「ササザキさん?」
「はい!ありがとうございます!」
「ありがとうって、まだ何も」
「やめて!触らないで!」
突然、女学生は叫び始めた。
騒ぎを聞きつけた警備員が駆け寄る。
桜木は、驚いて両手をホールドアップしていた。
「私は触れていません」
困惑する桜木の姿を見て、警備員も困惑する。
「やめて!触らないで!痛い!」
女学生は、まるで妄想幻覚と戦っているかのようだった。
ひとりで、何かを振り払う動作をしながら、叫び続けている。
呆然と立ち尽くす桜木に、蒼月が語りかけた。
『意味がわかりました』
冷静に続ける。
『彼女は一時的に首から意識侵入されています』
「はあ?」
『首のチップを強制排除してください』
桜木は躊躇する。
「それはできない、違法行為だ」
「いやああああああ!」
絶叫が一層強くなった。
「ふざけるな!殺してやる!死んでやる!」
女学生の台詞が、暴力的なものに変わった。
『早く、チップの強制排除を』
「お前を殺して、私も死んでやる!」
誰かを恨んでいるのだろうか。
怨恨、個人的な恨み。
憂さ晴らし。
「絶対に許さない!」
『彼女の名前に聞き覚えがあるでしょう』
「いや、私はあの学生を見たことがない」
『名前です、思い出してください』
「名前?」
蒼月は囁いた。
『茜7号、自死した金崎桐人の首です』
桜木は警備員を見る。
ジャケットのポケットに手を入れて考える。
そんなことをしたら、私はどうなる。
面倒なことになった。
「くそ」
桜木は飛び出して、暴れる学生を抑え込んだ。