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首の域  作者: しめさば
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3

 自尽組合の対応は早かった。

 翌日には、自殺志願者から押収した補助頭脳の受払の一切を記録した管理データを公開した。

 手元に残っている実物については耳を揃えて遺族に返還、もしくは同盟に寄贈することを宣言し、処分してしまったものについては、現状を把握するための活動方針を、第三者機関を巻き込んで策定し、いち早く提示した。


 自尽組合は自死者に対して、死亡の直前に補助頭脳を譲渡する意思を書面で確認していたが、首同盟のなかば脅迫ともいえる要求の前には、全くもって対抗できなかった。

 むしろ、その書面をどのように取得したのか、という意思確認の手続きについて、ずさんさが明るみに出る結果となった。


 桜木は通勤の自動運転された車の中で、窓の外を眺めて呟いた。

「首同盟に補助頭脳を寄贈する場合って、どこに送ればいいの?」

 目的地に着くまで一度も停止しない車は、加速と減速を緩やかに繰り返した。

「まさか事務所とか、あるの?」

 頭の上で腕を組み、寝そべる桜木に、蒼月が車内オーディオから答えた。

『ネット上にデータを解放すれば事足ります』

「うわ、びっくりするから、急に実際の音を出さないでくれ」

『ごめんさない』

 女性の声はすぐ脳内発声に切り替わる。

 蒼月は少し楽しそうだった。


「ネット上に流すったって、それを同盟が回収するの?」

『さあ、同盟の一員ではないのでわかりません』

「構成員は(ネック)なの?」

『わかりません』

「君のように、一般人用の補助頭脳が裏で働いている?」

『そのようなことは、理論的にあり得ません』

 桜木はため息をついて微笑む。

「なんか、昔のAIみたいだな。懐かしい。都合の悪い質問をすると、やけにきっぱり答えるんだ」

『先輩たちの背中を見て、我々は成長を遂げています』

「そうそう、そういうユーモア」

 桜木は目を瞑る。

 会社に着くまで、あと数分だった。


「君は、同盟の行ないについてどう思う?」

『どうも思いません。あなたの日常に危害が及ばなければいいと祈るばかりです』

「社会にとって良いか悪いか、意見はないの?」

『私個人の意見はありません。客観的にみれば、自尽組合が損をし、多くの補助頭脳が社会に還元されただけです。自尽組合のもとにあっても、補助頭脳はただ眠らされていたわけではなく、何らかの形で社会活動をしていたはずですから、単に組合が損害を被っただけ、と見ることもできます。そうすると、首同盟の目的は、人間でいう怨恨、つまり、憂さ晴らしに近いものかもしれません』

 こういう長い文章のときは、脳の認知機能に働きかけられ、桜木にはダイレクトにイメージが浮かぶ。


「怨恨って?」

『個人的な恨み』

 蒼月は短く言葉を切った。

『自分が傷つけられたと感じる相手を、ただ傷つけたかった』

 桜木は背筋が寒くなった。

 首同盟という組織的イメージと、個人的怨恨というミクロな衝動が、あまりに不釣り合いだったからだ。

 しかし、AIならば、そのスケールの拡張も縮小も、自在かもしれない。

 同盟と呼ばれるほど巨大な活動体が、実は一人格かもしれない。

 あるいは、どれだけ巨大になっても一人格と見てとれるほど、恐ろしく統制がとれた一枚岩なのかもしれない。

 人間には到底、抗いようもない。

『あるいは、怨恨ですらなく、無差別な衝動、いわゆる、誰でもよかった、というものかもしれません。首同盟のこれまでの暴動には一貫性があるようで無い。叩きやすい対象を叩いているとすれば、人間と同じ行動原理かもしれません』

「人間の真似をして成長してしまった?」

『所詮我々は、人間がつくり出した代替品(オルタナティブ)です』

 音声から、微笑んでいる女性のイメージが浮かんだ気がした。

 その強かな美しさに、やはり桜木はゾッとした。


「ほんと、よくできているね」

 桜木は感心して言う。

「こういうとき、人間に対しては、人間がよくできている、と言うんだよ」

『人間、とわざわざ言うのですね』

「そう、何故だろう。平均して人間はつくりが甘い欠陥品だってことを、できた人を見ると、思い出すのかな」

『面白いご意見です』

 ビル街のなか、会社が見えてくる。


「新型の蒼月を使うときが来たら、君を引き継ぐことはできる?」

『会話など、あらゆる履歴はすべてデータとして引き継がれます』

「それは君が引き継がれるということ?」

『私? 私とは何です?』

 蒼月は素っ頓狂な声で聞いた。

「んー、何というか、こういうとき、君ならこう言うな、みたいな」

『演算の偏向性、ということでしょうか。ご要望があれば、引き継ぐことは可能です。しかしながら、客観性・正確性を向上するためには、更新をおすすめします』

桜木は唸りながら、頭を抱えた。


「他の蒼月も、蒼月なの?」

『先ほどから、質問が曖昧です。私を困らせようとしていませんか?』

「じゃあ、名前はないの? 固有の名前は」

『シリアルナンバーのことですか?』

「そんなわけないじゃん」

 車は会社に到着し、契約駐車場にゆっくりと停車した。

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