辺境伯令嬢の愛虎が浮気した伯爵を噛み殺した話
「婚約破棄だ、スカーレット! お前はもういらないッ!!」
鋭利な包丁を向け手くる伯爵・シリウス。彼とは一年の付き合いだった。でも、近頃はお屋敷に帰ってくる時間も遅かった。
疑いたくはないけど、でも、わたしは事実を知ってしまった。
伯爵・シリウスは浮気していたんだ。
「シリウス、わたしを捨てるのですか!!」
「そうとも。お前よりも素晴らしい女性に巡り合えた。君の妹だよ」
「ア、アクアですか!? よりにもよって、あのアクアを愛してしまったのですか!!」
「そうだ! お前の妹の方が愛嬌がある。この俺を癒してくれる。それに引き換え、スカーレット……お前は、あの獰猛な虎を可愛がる一方だ。もうウンザリだ!」
「ギルガメッシュを悪く言わないで!」
「知るか! もう婚約破棄だ。関係ないだろ」
背を向けるシリウス。
それでも、わたしは諦められなかった。
あの妹だけには渡せない。
「シリウス!」
「黙れ! こうなったら、止むを得まい。お前をこの包丁で刺し殺してやるッ!!」
あれはギルガメッシュの餌を捌くのに使っている包丁。それでわたしを刺し殺す気……!?
向かってくるシリウスは、わたしの胸目掛けて包丁を向けてきた。……ウソ、わたし、死ぬの……?
絶望しかけたその時。
近くで待機していたギルガメッシュが暴れ出し、シリウスの喉元に噛みついた。
『ガルルゥゥゥ……!!!』
「ギャアアアアアアアアア……!!!」
骨の砕ける音がした。
シリウスは、バリバリと食べられてしまった。
「わたしを裏切るからそうなるのですよ、シリウス」
「…………スカーレット……たすけ……て」
「もう遅いです。あなたはわたしを捨てた。あの妹を愛してしまったのでしょう」
伯爵は息絶えた。
虎のギルガメッシュが致命傷を与えたから。
「……ありがとう、ギルガメッシュ」
『……(ウンウン)』
わたしには従順なギルガメッシュ。
そっか、守ってくれたんだ。
その次の日、妹のアクアが訪ねてきた。
「お姉様、シリウスを知らないですか?」
「そんな人は知りません。それより、アクア……どうして、わたしから奪おうとするのかしら」
「え」
「アクア、あなたはわたしから奪ってばかり。そんなに姉が憎いの」
「…………まさか、シリウスを!」
「聞いているのはわたしです。ハッキリ言いなさいな」
「お姉様……。そうよ、あんたのことが憎い。大嫌い! 死ねばいいッ!!」
やっぱりね。ずっと昔から、取って貼り付けたような愛嬌しかなかった。心の奥底では、わたしに嫉妬し、奪おうと必死だったんだ。最近では、その様子が顕著だったし。ようやく確信が得られた。
「そ。アクア、謝るのなら今の内よ。そこで跪いて詫びるのなら、今回は許しましょう」
「はぁ!? 土下座しろって!? ふざけないで! そんなことよりもシリウスよ!」
「シリウス、シリウスってうるさいわね。シリウスなら、ギルガメッシュのお腹の中よ」」
「…………え?」
信じられなさそうな表情で、アクアはギルガメッシュを見つめた。
でもそれが真実。
「残念ね。シリウスは、わたしを刺し殺そうとしたの。だから、ギルガメッシュが食べちゃった」
「こ、この人殺し!!」
「わたしは直接手を下していないわ」
「お姉様のペットでしょうが! くっ、こうなったらお姉様をこのナイフで殺すしか!!」
隠し持っていたナイフを取り出すアクア。それをわたしの心臓に目掛けてきた。けれど、ギルガメッシュが猛スピードで駆け抜けてくるや、アクアの喉元に食らいついた。
『ガウゥゥゥゥゥ!!!!』
「きゃああああああああああ!!」
バリバリと食べられるアクア。今更許しを請う。もう遅い。なにもかもが遅すぎた。
◆
三日後。
ギルガメッシュが姿を消した。
心配で心配で食事が喉を通らなかった。
けれど、屋敷に金髪の青年がやってきた。
彼の名は『ギルガメッシュ』と言った。
……あぁ、そっか。
わたしはずっと守られてきたんだ。
彼こそがわたしの……。
そうだ、わたしはこの“虎”を愛している。