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89、殺害②

 シグはカタリナの部屋で、ひとり窓の外を眺めていた。宿は別々の部屋でとっていたが、彼が部屋に入るのも、そこに居座るのも、カタリナは嫌がらなかったため、彼はずっとそこにいた。

 眠る彼女のそばに座り、窓の外を眺めるのは、彼女がイグニスとの戦いのあと傷ついた時も同じだった。

 それにどこか、居心地のよさを感じると同時に、シグは自分の面倒を見てくれた今は亡き師のことを思った。

 かつて、このようにして自分を守ってくれていた人のことを。


「なんでここに来た」

 イグニスが部屋の中にあらわれた時、シグはそちらを一瞥して、そう尋ねた。

「その女を殺すために」

「なんのために」

「もともとは、夏闘祭のときに殺すつもりだった。エアが暴走したときも、死んでもらうつもりだった。こいつが未だ生きていること自体が、俺にとって不都合だ」

「もうひとつ聞いていいか」

「なんだ」

「なぜ今すぐ殺さず、俺と話しているんだ」

 イグニスは笑みをこぼした。そして、間抜けに諭すように、言った。

「そいつはもう死んでいる」

 シグは息をのんだあと、眠っているはずのカタリナの息を確認した。

「何をした」

 イグニスはその手に、小さな楔を握って、シグに向けた。それは『悔悛の楔』と呼ばれる疑似概念形装。

「これを転移でこいつの体の中に埋め込んだ。これを打ち込まれた術式は、その属性の一部が反転する。つまり、自己の肉体を保つための術式を自らの肉体に組み込んでいる者は」

「もういい」

 シグはそう言って、息をついた。そして、イグニスを睨み「早く殺せ」と言った。

「お前は殺すなと、友に頼まれている」

「ザルスシュトラか」

「そのために、話をしてもいる」

 シグは再び目をそらし、カタリナが生きていたときと同じ場所に座り、窓の外を眺めた。

「なら、ひとつ教えてくれ」

「なんだ」

「奪うことに、痛みはないのか。後悔は。憎まれることが、嫌ではないのか」

「くだらないことを聞くな」

「俺はお前が憎い」

「慣れている。それだけだ」

「俺はお前が、ザルスシュトラから見捨てられることを望む。そのために、今ここで、自分の命を終わらせてもいいような気がしている」

「そうしたいなら、そうすればいい。お前が決めることだ」

 イグニスは、その場でカタリナの首を切断して、その頭部を持って去っていった。シグはその様子を少しも見ようとはせず、ただじっと窓の外を眺めていた。


「こうなることは、予想してたさ。でも、どこかで期待していた。それ以外の結末があるんじゃないか、と」

 そうつぶやいたシグの後ろに、また別の男が現れた。ザルスシュトラだ。

「私にしてみれば、君が生き延びたということ自体が、その期待がかなった形だ」

「俺が死ぬと思っていたのか?」

「あぁ。カタリナを守るために、死ぬだろうと。あるいは、イグニスに一矢報いるために、アレを使うんじゃないか、とも」

「終わったことに対して必死になるのは、趣味じゃない。もしイグニスが、俺でも止めうる存在なら命を懸けていたかもしれないが……そうでないなら、諦めるだけだ」

「彼女のことは残念だった」

「別に、大したことじゃないさ。何度か経験してきた死別のひとつに過ぎない」

 シグは、涙を一粒もこぼさなかった。悲しみはあったが、それはとても小さなものだった。

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