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86、黒夜梟ノワール①

 カタリナは、シグとともに、中央大陸を離れ、ギルドの支配地域であるユーリア大陸に戻っていた。

 カタリナは短距離の転移術式こそマスターしていたが、その発展形である長距離や、複数人の転移術式はまだ習得できていなかったため、イグニスの弟子であり、彼岸の一員であるノロイの協力を得ることになったが、そこで何か大きな問題は起こらなかった。

 ノロイは依然と同様に黙々と準備を進め、仕事を完遂した。その間に、カタリナのもとにイグニスが一瞬だけ顔を見せたものの、ほとんど言葉を交わすことはなかった。彼女には、イグニスに対して聞きたいことはひとつもなかった。


「正直、何もかもが意外だったな。ザルスシュトラがお前にこんなことを頼むとは思わなかったし、お前もそれを快く引き受けるとは思わなかった」

 ザルスシュトラの頼み事とは、現在ユーリア大陸にいる、黒夜梟、ノワールをこの大陸に呼び寄せ、騒動に巻き込むことだった。この件に関しては、少し前にザルスシュトラはハープとレオのふたりに声をかけて頼もうとしたが、ハープはこの一件に関して激怒しており、彼との会話がほとんど成立しなかった。

「私自身、あの人とは色々話しておきたいことがある」

「どんな人なんだ? その……ノワールって人は。時々聞く名前ではあるが、モンスターなんだろう?」

「そう。世にも珍しい、知性を持ち、人間に敵意を持たない、正真正銘の魔物。何百年と生きていて……本人曰く、多分自分より多くの人間を殺した魔物はいないだろうとのこと」

「危険なヤツなのか」

「私やあんたが危険なヤツっていえるなら、そうだと思う」

「力はあるが、その力の使い方は知っている、というわけか。いや……力を持てば、その力ゆえに何かを傷付けることもあるということか?」

「あの人に関しては、直接会って話さないことには何もわからないんじゃないかな」



 カタリナは旅をはじめるきっかけとなったカタンツァーロの酒場に顔を出し、偶然居合わせた何人かの知り合いと軽く挨拶をして、近況を報告しあった。若い不老の暗殺者カタリナが短距離転移魔法を中央大陸で習得し、以前より以上に危険な存在になったという噂は、すぐにユーリア大陸中に広まることだろう。ノワールを探している、という噂とともに。

「いやぁ、おかえりリナちゃん」

 とはいえ、そんな噂が流れてくるより先に、ノワールはカタリナがこちらに来ていることを知っており、彼女が世界でも有数の実力を持つ魔術師である以上、移動にかかる時間はほとんどないものに等しかった。だから、カタリナが酒場に来て自分のことを話している最中に、目当ての人物は偶然来たかのような自然さで酒場のドアを開いた。

「先生。久しぶり」

 カタリナも、別に彼女がこの場にすぐ訪れたことに驚きはしない。

「隣の彼は? 彼氏?」

「シグだ。まだ彼氏ではない」

 シグは自分で答えた。

「ふーん……全身義肢かぁ。帝国出身だね? やっぱすごい技術だよなぁ」

 ノワールは、シグの体に気やすくぺたぺたと触って確かめる。シグは困ったようにカタリナの方を見るが、カタリナはそんな無邪気な対応をする自らの師を集中して観察していた。

「生殖機能は残ってる? いや、そもそも不老術式ができてるから、ないか。あ、待って。じゃあさ、義肢にしたときに、生殖器は新しく取り付けた?」

 シグは顔をしかめつつ、答える。

「生殖機能術式の研究は帝国でも行き詰まってると聞いている。そもそも生き物がどうやって増えているかは、まだ全然解明されていない」

「何言ってんの? 生き物は性行為を行うことで増えるでしょ?」

 シグは微妙にかみ合わないその会話に困り果て、カタリナに助けを求めるが、そのカタリナは、変わらずノワールの体の動き、魔力の流れを読み取ろうと集中しており、ため息をつくしかなかった。

「その、性行為のメカニズムが謎だって言ってるんだが」

「んー。つまり、男性の遺伝情報を女性の遺伝情報の中に送り込んで、それを実体化させて同一種の新しい個体を作るっていう過程そのものはわかっていても、それが魔力回路的な意味で、どういうプロセスを踏んでいるかわかっていないってことかぁ」

「そういう学術的な話は苦手だ」

「頭が悪いんだ」

 シグは言葉を失って、肩をすくめた。そこで、やっとカタリナが口を開いた。

「先生、エアのことはどれくらい知ってる?」

「誰それ。あ、あー。あぁそういうことね」

 ノワールは合点が言ったように手を叩いた。

「いやぁさっきブランから連絡があってさ。カタリナがこっちに来て私に会いに来るそうだから、会って欲しいって頼まれてたんだよね。正直、なんでも自分で解決できちゃうブランが私に頼み事するなんて珍しかったし、眷属がらみのトラブルかなぁって思ってたんだけど、そういうことね。そのエアって子が、中央大陸の台風の目ってわけか」

「まぁだいたいあってる。三百年前に生まれた皇帝の眷属の娘で、詳細は知らないけど、不死と不完全な……あれは何て言えばいいんだろう。眷属の召喚に近い奇跡? のような術式を身に宿してる」

「その子をどうすればいいの?」

「どうすればいいのかというところで、皆が困ってる。ザルスシュトラっていう道化が……」

「あぁその名前は知ってるよ。善悪の彼岸の盟主でしょ? 会ったことはないけど、噂ならこっちでもよく聞くよ。危険人物扱いされてるし」

「実際あの男は危険だよ。で、シグはそいつの親友で、今は私の同行者」

「んー。いまいち状況がつかめないなぁ」

「とりあえずザルスシュトラは、先生を中央大陸に連れてきて、この件に巻き込みたいみたい。何を考えているのかわからないけれど、私が個人的に先生に会っておきたかったから、引き受けた」

「へー。行かないって言ったらどうする?」

「諦めて帰るよ」

「帰らせない、って言ったら?」

「何のために」

「かわいい弟子を死なせないために」

「もう何度か死にかけてるし、そのおかげで得たものも多い。今更この件から手を引く気はないし、なによりもエアがこの先どうなっていくのかは、たとえ死ぬとしても、最後まで見届けたいと思っている」

「ふぅん? そんなに面白いんだ?」

「カタリナを死なせたくないなら、あんたが同行すればいい。それで十分旅の目的になるだろう」

 そう、シグが横から口を出した。プライドが高く、独立心の強いカタリナひとりでは決してできない説得と交渉だ。

「うーん。じゃあまいっか。とりあえず行くだけ行ってみるよ。でも戦力としては期待しないでね。私が動くといろんな人に迷惑かかるし、場合によっては何百年っていう期間をかけて償わなくちゃいけなっちゃうしね」


 帰り道は、ノワールの転移魔法でひとっとびだった。それは極めて正確かつ素早く、ノロイがしたような周到な準備を必要としないものだった。

「……そんな、簡単に飛べるものなのか?」

「ん? あー。私の使うのは魔術っていうより魔法だから、真似とかは難しいと思うよ。けっこう感覚でやってるしね」

 あと言い忘れてたけど、とノワールは言葉を繋ぐ。

「最初会った時にちょっと意地悪したのは、かわいい弟子が見ず知らずの男にとられたと思ってちょっと憎たらしくなったからだから、私そんな性格悪くないからね?」

 シグは、苦笑いを浮かべて、確かにこの人は捉えどころがなく、実際に会って話さないことには少しもわからない人物だと認識を新たにした。

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