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85、ザルスシュトラの依頼

「久しぶりだな、シグ、カタリナ」

 エアに会いに行くという方針を固めた二人のもとに、神出鬼没の彼岸の主、ザルスシュトラが訪れた。彼の両となりには、二人の魔王がさも当然のような顔をして立っている。

 シグもカタリナも一瞬身構えたが、すぐに緊張をほどいた。

「おお、ザルスシュトラか、どこに行っていたんだ」

「こいつの腹の中だ」

 そう言って、ザルスシュトラは自分より一回り背の低いソフィスエイティアの幻像の頭をポンポンと叩いた。ソフィスエイティアはその親し気な仕草に慣れきっており、表情一つ変えなかった。

「相変わらずお前のやることはめちゃくちゃだな。エクソシアをけしかけたのもお前か? エアをあんな風にしたのも……」

「間接的にはな。だが、たとえ私が何もしていなくとも、いずれそうなっていたことだ」

「難しいことはわからんが、お前がそういうならそうなんだろうな」

 シグという人物は、ザルスシュトラの友らしく、善悪の彼岸という組織の構成員らしく、ものごとの善悪というものをほとんど気にしていなかった。

 ただ自分が、自分らしく生きられているのなら、それでいい。友が、友らしく生きていられるのならば、それでいい。

「エアは、今どうしてるの」

「端的に言えば、ミリネを殺して、島を出た。今は、ヴァイスと一緒にいる」

 カタリナは、エアがミリネを殺すところを想像してみたが、うまくできなかった。

「どうしてそうなったの。また暴走が起こったの」

「いや、彼女自身の意志で、そうした」

「エアの本質は……」

「まだ変わっていないよ。君が最初に会った日から、少しもね」

 カタリナは、もう疲れたといって、ボロボロになって道の真ん中で倒れていたエアのことを思い出した。最後の晩餐を、哀れな乞食に与えるために道を引き返し、それを自らの最後の行いにしようとした彼女のことを。

 あの、強い雨の日のことを。

「ザルスシュトラ。従うつもりはないけれど、聞くだけ聞いておこうと思う。私は、このあとどうすべきだと思う」

 ザルスシュトラはにやりと笑った。

「従わせるつもりはないが、カタリナ、君にはやってほしいことがある」

「俺にはないのか?」

 シグは少し不満げにそういった。

「悪いがシグ。親友だから言うが、この一件に関して君は力不足だ。生き残ることだけ考えた方がいい」

 シグは肩をすくめた。カタリナも、意識せず同じ仕草をした。

「とはいえ、カタリナについていくこと自体はいいんじゃないかと思う。君はカタリナに守ってもらえるだろうし、彼女の欠点を君がカバーする機会だってあるだろうから」

「私の欠点?」

「すぐイライラするところとか」

 カタリナは舌打ちをした。その苛立ちを示す仕草は、まさにザルスシュトラがつい先ほど指摘したところであり、彼女はワンテンポ遅れて少し笑った。

「ともあれ、君にやってもらいたいことというのは、黒夜梟、ノワールをこの件に巻き込むことだ」

 カタリナは笑うのをやめて、不審の目をザルスシュトラに向ける。

「なぜ? なんのために?」

「事態をより大きく、複雑にするために。この一件の影響を、この大陸だけで終わらせず、世界全体に広げるために」

 カタリナはザルスシュトラの目をじっと見て、その真意を探ろうとした。キラリと輝くその眼は純粋で、少年のように瑞々しかった。同時に、そこから読み取れる謀略や悪意のようなものは何もなかった。

「私はあの人が何をするかわからない」

「私だってわからないさ。そもそも会ったことがないんだから」

「意外だな。気は合いそうだと思うけれど」

「なおさら、こちらに呼び寄せてほしい。そのために、イグニスに頼んでノロイを貸してもらった」

「そっちの魔王の力を使って転移できないの?」

 ソフィスエイティアは、首を振った。

「私はエアの封印の効果が及ぶ範囲内にしか体をつなげられない。私は……私たちは、この大陸に体を縛り付けられている」

 カタリナは、ソフィスエイティアではなくザルスシュトラの方を見て、問いを投げかける。

「そもそもこいつらは、状況をどの程度知っているの」

「私が知っていることはすべて話した。そのうえで、彼女らはここにいる」

「今のそいつらの目的は」

「人間と同じだよ。まずは、生き残ること。そして、自らの欲望を満たしつつ、自らの可能性を追求すること」

「それによって、本物の人間が犠牲になったとしても、ザルスシュトラは構わないんだ」

「もしそれを否定するなら、人間という存在そのものまで否定しなくてはいけないだろう? なんたって、人間は、自らの目標のために、他者を犠牲にしてここまで来たんだから」

「それもそうか」

 カタリナは今まで自分が殺してきた人々のことを思い出した。確かにそれと、当たり前のように自分たちと並んで立つ魔王たちのやってきたことに、根本的な差異はないことのようにも思えた。


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