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84、力と責任

「どうしてシラクサに向かうんですか」

 ヴァイスの問いかけに、エアはうーんと明るく唸ってから答える。

「あの街が今どうなってるのか、気になるからかな」

「……エクソシアに襲わせて荒廃した都市の復興を行うことで、都市とその周辺の影響力と支配権をえようとする、ザルスシュトラの計画の結果が、ということですか」

「ううん。それは別にいい。そうじゃなくて……あそこで暮らしている人たちが、今もまだ元気に生きていられているか、知っておきたい」

 ヴァイスは、エアが目覚めたあとどのように暮らしていたかを直接見てはいない。別の眷属からの報告と、カタリナとの日常会話の中で少しだけ知っていたが、それが壮絶なものであり、不幸の連続であって、最終的に左腕を失うことになったということくらいしか聞いていない。

 そのエアは、今は五体満足となった自分の左手を開いたり閉じたりしながら、首を捻る。

「ねぇイスちゃん。もし、自分に神様みたいな力があったとして、自分が愛する者同士が殺し合いをしていたら、どうするのが正しいと思う?」

「争いを力で止めて、距離をとらせて、互いにぶつからないようにすること、でしょうか。私ならそうします」

「じゃあ、その両方が、誰かを傷つけたがっていて、でも誰も傷つけられない場合、自分自身を傷つけてしまう生き物である場合は?」

「そんな存在を愛する必要があるんでしょうか? 私なら、放っておきますよ。自分まで傷つきたくないから」

「私はそう思わなかった。それにもし神様がこの世界にいるなら、私と同じように思ったと思う」

「神がいるなら、誰も傷つかないような完璧な世界を作るはずなんじゃないですか? どうしてわざわざ不幸だらけの、残酷な世界を作ったんですか。そういった世界を作ってしまう人間を作り出し、それを野放しにしたんですか」

「そうするしかなかったからだと、私は思う。もっとも、神様がいるかどうかなんてわからないんだけどね」

「帝国では、そういう考え方は笑われます。いるかどうかわからない、なんてわざわざ言わなくとも、いてもいなくても変わらないし、信じる意味もないことですから」

「信じる意味は分からないけれど、考える意味はあると私は思う。自分たちを愛してくれていて、自分たちよりはるかに多くの力を持っている、究極の存在について……私は、多分ずっと考えていた。重要だったのは、本当にそれがいるかどうかじゃなくて、それを想像する力が、私以外の人間すべてにも、宿っているかどうかだった」

「どういうことですか」

「皆が、自分の生命の内側から、神の視線を感じることができれば、この世から悲しいことや残酷なことが減って、楽しいことや幸せなこと、美しいことが増えるような気がした」

「いまいち、わかりませんね」

「人は、愛されている、大切にされているという実感を必要として、そのために努力する生き物だと思うんだ」

「それを、虚構で満たす、ということですか。神、なんていう曖昧な虚構で」

「イスちゃん。この世界は、そんなに明確に現実と虚構が分け隔てられているものではないし……この剣、裁断の原理さえあれば、それを、通常とは別のところで切り分けることもできる。ザルスシュトラも……多分それができる」

「……概念操作、ですか」

「この世界そのものの概念ではなくて、あくまで対象の概念ではあると思うけど、敵と味方の対象を入れ替えたり、善と悪の考え方を変えたりすることは……簡単ではないけど、完全に力を取り戻せば、可能になると思う」

「……なるほど」

「リナちゃんから、剣聖アレクサンドラの話を聞いていて、思ったんだよ。裁断の原理の本質は、人を統率し、導き、画定させることだって。曖昧で、画定されていない土地の上に立つ人々の前に立ち、道を開き、先頭を歩き、自らが人々の未来となる。敵だった存在を味方にして、憎んでいたものを愛するようになる。善を悪に変え、悪を善に変える。きっと、昔は、強い者が弱い者に力を奮うことや、多くの富を貪ること、人々に対して優しさを向けないことは、善だった。善いことだった。なぜならそれが、その人自身と、同程度の力を持った人々にとって、利益になることだったから。でもそれが、この、裁断の原理によって変化した。卑怯なことや、衝動的な暴力もそう。あらゆる恐怖をもたらすことも、悪になった。きっと、歴史ができるよりもっと昔の、私と同じ剣を持った人が、そう定めたから」

「気が遠くなるような話ですね。それが正しいなら、帝国とは一体なんなんでしょう? 私たちは、どうせいつかは変わってしまう、その時代の善を最大限現実化し、維持しようと空しい努力を続けているだけなんですかね」

「皇帝は、裁断の原理を持っていないんだよね?」

「持っていませんね。あの方は……人々の幸せのために、自らのすべてを犠牲にして生きてきました。私も、そうありたいと願いつつ、そうあれない自分、そうありたくない自分に我慢しながら、ほどほどに生きてきました。それが正しいかどうかはわからないけれど……疲れたのだけは確かです。なんかもうどうでもいいんですよね。全部」

「ザルスシュトラは、疲れてもいなければ、どうでもいいとも思っていない。私の封印を解いたイグニスも。もしかすると、長い間、停滞していたものが動き出したのかもしれない、と私は当事者ながら思っている。そしてその大きなうねりの中心に、私という存在がある」

「自覚するのは大切なことだと、よく言ってましたよね。カタリナさんに。帝国にもこういう言葉があります。大きな力には、大きな責任が伴う、と」

「でもすべてが終わった後、その肉体で、その結果に対する責任をどうとることができるというのだろう。責任というのはあくまで、それを精神的な背負い、自覚しながら生きるということに他ならないと私は思う。結局のところ、動き続ける自分自身と周囲に対して、この心ができることと言えば、自覚すること、そして苦しむことだけなんだと思う」

「……知りたくないことを知って、苦しみたくなくても苦しむことが、力あるものの定めというわけですか」

「私はそう思っている。ううん。現実として、そうならざるを得ないんだ。少なくともこの世界では、その自覚の力、苦しみに耐える力がすなわち、魔法を扱う力なのだから」


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