79、ただ存在しているだけでいい
「現実の好きなところは、物語のように安直な結末を迎えないことだ。残酷なことがあったなら、それは決して別のものに変化せず、残酷なままであり続けるし、善良なものがあったなら、その善良さゆえの過ちも正しさも、その通りの結果がもたらされる。私はそういった、一回きりの、複雑性、混在性といったものを、心の底から愛しているんだ」
ザルスシュトラは、白智の空、アイルに対してそう語った。彼女は、それに対してはっきりと首を横に振り、否定の意を伝える。
「すべてのものは、ひとつのところのもとに行くつくべきだよ。それは幸福であり正しさであり、白さであり、救済。もし私たちが正しくないのならば、それは修正されるべきであるし、正しくない現実がそこにあるのならば、それは否認され、心から消し去り、忘れてしまわなくてはならない。現実というものが残酷であることは私も認めるけれど、その残酷さをそのまま許容してはならない。善良さゆえの過ちがあるのならば、善良であることを控えなくてはならない。私は、人間として生きるのならば、何もせずに生きるべきだと断言する。誰にも迷惑をかけず、ただ自分と周囲の人が生きるためだけに働き、それ以上のことは何もしない。何も生み出さず、誰に対しても優しく、真っ白な智者として生きる」
ふむ、とザルスシュトラは顎に手を置いて悩み、その後問いかける。
「現在のエアは、まさにそういう状態だ。地下に封じられ、求められるままに人に会い、そこで当たり障りのない会話のみを行い、ただその時が来るのを待っている」
「それが?」
「君の目的は、エアをはじめとした、君自身が染めることができると考えられるすべての人を、白く染め上げることだ。イグニスとエアは、つい先日ひどい惨劇を引き起こした。しかしそれは、イグニスが望んだことではあったにせよ、エアが望んだことではなかった。だが、エアという存在の本質に強く結びついている事象であり、たとえイグニスがそうしなかったとしても、いずれはそうなっていたことであるのは確かだ。つまり私が言いたいのは、完全に無害に、何もしないようにして時間を待っていたとしても、それが悲劇の先延ばしにしかならない場合がある、ということだ」
「不老者以外は、人は必ず時間経過で死に絶える。私はそれを、正しいことだと断ずる。人は、何もせず、時の経過によって朽ちていくべきで、本来であれば、子供を残さず、そうしていずれはすべて死に絶え、世界を白く、清潔な形で終えるべきだと思う」
「エアが、たくさんの人々を死なせてしまうことに関して、君はどう思うんだ」
「私は一切の努力を否定する。もし困難や悲劇が私たちの前にあらわれるのなら、私たちは何もせず、それをただ肯定し、受け入れ、その中で死んでいくべきだと思う。エアにとって、彼女を傷付けることではなく、彼女が誰かを傷付けてしまうことが、彼女にとって不幸であり、困難であったとしても、私はその結果を受け入れ、そのうえで何もしないでいることを説く。ただ存在は、存在しているだけでいい。それを変化させたり、高めたり低めたりする必要はない。ただありのままに、白く、ただ白く、何物にも混ざらない姿で、そこにあるだけでいい」
「ふぅむ。確かに君の思想は……エアにとっての救いになりうるかもな。それによって、多くの人にとって地獄が作り出されたとしても」
「それを地獄だと捉えるのは、その人たち自身がまだ白くないからだよ」
「私はそうは思わない」