74、夏闘祭⑨
夏闘祭の二日目は、部外者参加可能なトーナメントで、今年の参加者は例年よりも少なかった。
毎年この競技は学園の卒業者や腕自慢の荒くれ者がこぞって参加するものだが、今年は善悪の彼岸所属の優れた魔術師や戦士が参加することが知れ渡っており、つい先日カタリナ、エア、イグニスといった彼岸と関係の深い者たちがその圧倒的な実力を示したため、多くのものが出場を土壇場で見送ることになったのだ。
エアは、ルティアとイリーナの三人で試合を見に来た。昨日の試合、一回戦で何もできずカタリナに敗れたイリーナを心配したルティアが、彼女を誘ったのだ。
しかしイリーナの方は意外とショックを受けていなかった。カタリナの実力は知っていたし、最悪の場合そうなることは予想できていた。とはいえ、自分の魔術師としての才能や、その道に疑いが生じるには十分すぎる出来事ではあった。イリーナは言葉にはしなかったものの、自分の精神をいったん落ち着かせてくれる何かを求めており、それを差し出してくれたルティアには感謝していた。
「それで、エアは誰が優勝すると思う?」
「うーん。私が戦っているのを直接見たことがあるのはハープちゃんだけだからなぁ」
「あの鳥人族の子?」
「そう。すっごく強い」
「カタリナさんより?」
「うん」
短距離転移を習得した今のカタリナでも、おそらくハープには敵わない。そもそも転移魔法には若干のタイムラグがあり、常に高速移動し続ける相手に対してはあまり有効ではないのだ。
初戦は、レオとハープだった。ふたりは決勝戦で会おうと言っていたのに、籤運が悪くてか、しょっぱなでぶつかることになった。
「ま、事実上の決勝戦ってわけだな」
「だね。あ、レオ、結界を壊したら反則負けになるの忘れてないわよね?」
レオは一瞬片方の眉をあげて不思議そうな顔をした後、大笑いした。
「そういえばそうだったな!」
レオはイグニスの着ていたような血のような赤黒いのではなく、橙に近い明るい赤の鎧をみにまとっていた。その縁は金に輝いており、それが極めて高価で優れた武具であることは誰が見ても明らかだった。その右腕には大柄なレオの背丈以上の大斧が握られており、左腕には小盾が取り付けられていた。盾は特殊な魔力をまとっており、生半可な攻撃はすべて防がれるであろうことを想起させた。
腰には様々な種類の剣がさしてあり、背には弓と矢筒が装備されていた。人間には不可能なほどの重武装でありながら、その足取りは普段着と変わらぬほど軽く、動きは滑らかだった。
「ぼこぼこにしちゃっても恨まないでよね!」
「そっちこそ!」
試合開始の合図とともに、ハープは上空に飛び上がり、そこから体を回転させ、羽を飛ばす。レオは横に走って避けながら、構えた小盾で自分の急所を守っている。盾には数本の鋭い羽が突き刺さっている。
ハープが一瞬回転をとめ、翼の射出をやめた瞬間、レオは振りかぶって大斧をハープに向かって投擲した。ハープはそれを軽やかな身のこなしで回避しした。斧は結界を切り裂き、外に飛び出ていった。
「あれ、反則負けじゃ?」
客席がざわつき、そうつぶやくものもいたが、二人は意に介さない。レオは素早く弓を背から抜き、数本指につかえ、放った。正確にハープを狙ったそれは、避けようとする彼女を追尾する。ハープは急降下し、地面に降り立ってそのまま走る。レオは弓を打ち続ける。
「わかるぞ、ハープ。今地面に罠を仕込んでいるんだろう」
レオはそういって、弓をその場に放り投げて、腰に差した黒い刀身の両手剣を握り、地面に突き刺した。ハープはその場で飛び上がる。地面から、黒い棘が無数に出現した。一歩遅かったら、串刺しだ。
レオは、ハープの対応の早さを予測して、すでに跳躍し、意識が下方に向いているハープの頭を、思い切りかかとで蹴り降ろそうとする。ハープは間一髪でそれに気づき、片方の翼でそれを防ぐ。しかし、レオに力では敵わない。ハープはそのまま地面に打ち下ろされる。所狭しと天に伸びる黒い棘が彼女の体に迫る。
レオは追撃の手を緩めない。予備の小弓で、上空から落ちていくハープに向けて矢の雨を降らせた。
ハープは翼で矢を防ごうとするが、矢には腐蝕の属性が込められており、鋼鉄のように硬いハープの羽がどろどろと溶け、しかも同時に、溶けている部分のさらに外側が凍り付いていく。
「魔術師みたいな戦い方もできるのね」
ハープはその状況でも余裕を感じさせる口ぶりで、感心したようにそう言った。そして、背後に迫る斜めに伸びた黒の棘を、体を入れ替えて、両足のかぎづめで器用に掴み、体を空中に固定した。
矢を打ち終えたレオは、槍に持ち替え、鳥のように棘にとまっているハープを貫こうと急降下する。ハープは、盾にしなかった方の左の翼の剣で対応する。槍の切っ先を反らし、その勢いのまま、レオの首筋を狙う。レオはのけぞって躱した。
今度はハープが攻勢に出た。左の翼一本で、レオに空中の接近戦を挑む。レオは槍で対応しようとするものの、すぐさまその柄の部分を切り落とされ、即座に長剣に持ち替える。ハープの攻撃を盾で防いでいたものの、その盾は攻撃に耐えかねて真っ二つに割れた。レオはもう一本同じ長さの剣を抜き、二刀で、鳥人族特有の踊るような華麗な剣技に対応する。
刃と刃のぶつかり合いが、美しい音色を奏でる。ふたりは心の底から楽しんでいるようだった。
接近戦は、ハープに分があった。力は圧倒的にレオの方がうえなのに、その剣さばきと手数の多さ、また一瞬だけ距離をとったさいのほとんど隙のない近中距離での羽刃の射出によって、次第にレオは押されていった。
もしハープが右翼にダメージを受けず、両腕とも使えていたなら、一瞬で勝敗が決してしまっていたかもしれない。だからこそふたりは、最初からハープにハンディがある状態を作るようなシナリオで戦っていたのかもしれない。
「参った」
武具を次々弾かれ、あるいは破壊され、高価な鎧も穴だらけにされたレオは、グラウンドの端に追い詰められて、仕方ないといった表情で両手をあげて降参を示した。
「ふん。やっぱり私の勝ちね」
そう言ってハープは、即座に氷と腐蝕で傷ついた翼を反属性で無効化した後、自己治癒の術式で癒した。戦闘中にそれを行えたのではないかと思うほど、素早く、自然な詠唱だった。
「まぁ、俺は結界を壊さないように戦ってたからな」
「最初に壊してたわよね?」
「あんなに脆いとは思わなかったんだよ」
「負け惜しみ? まぁいいけど。結局私の方が強いんだし」
ハープは少し煽り気味にそう言いながら、レオの傷も癒してやった。
「ま、敗者は黙って立ち去るか」
レオは負けたが、清々しい表情だった。鬱屈した欲望が満たされたかのようだった。
その後のトーナメントは、ハープが順調に勝ち進み、決勝ではシグと対戦したが、そこでもあっさりハープが勝利し、優勝した。