72、夏闘祭⑦
「……ずいぶんひどくやられたな」
エアと入れ替わりで病室に入ってきたのは、全身義肢の大男だった。カタリナはちらりと一瞥したあと、大げさにため息をついた。
「慰めも同情もいらないと先に言っておく」
「わかってる」
「じゃあなんできたの?」
シグは悩むそぶりを見せたあと、深くため息をついた。
「心配だったからだ」
「容態は他の人から聞けばわかるだろうに」
「精神的な部分は、話さないと分からない」
カタリナは内心、シグに対してどう接していいかわからなかったが、別に不快感もなかったので、拒絶しようという気にもなれなかった。
「それはそうかも」
言葉は絶えて、静かな時間が流れる。シグは少しもそわそわせずに、じっと立っている。カタリナは観念したようにもう一度ため息をついて、シグの方に目を向けた。目があったが、互いに目から感情を読み取ることはできなかった。
「これからどうするんだ」
「どうするって?」
「まだこの学園で学ぶのか」
「……さぁ。でもそれを考える前に、エアのことが先だろうね」
「エア? 彼女がどうかしたのか」
「私は詳しいことはわからない。でもヴァイスが私たちから距離を取っていることや、イグニスが表に出始めたことを考えるに、私が何もしなくとも、今後彼女を中心に大きな出来事が起こるのはわかってる。そして私にできることはほとんどなにもない。イグニスと直接戦って、それははっきりとわかった」
「魔王を倒すんじゃなかったのか」
「それに関しては最初からイグニスの掌の上だよ。彼が、エアに魔王を倒させるというのなら、そうなるし、私がそのサポートをするべきだと彼が考えるなら、結果的に私はそうならざるを得ないと思う」
「諦めたのか」
「何が?」
「英雄になること、だ」
カタリナは自分の胸に問うた。憧れていた英雄の姿に、自分は近づけただろうか。いや、今でもその英雄の姿に、自分は憧れているのだろうか?
「そもそも私のその目標は、そんなはっきりしたものじゃなかった」
でも、と自分の胸にもう一度聞き返す。
幼いころの自分が憧れた英雄たちのひとりに、自分が数えられるようになり、また別の、幼く才能の秀でた子供が、自分の話を聞いて、憧れて、それを志すような未来は、カタリナにとって、いまだにその魅力を寸分も失ってはいない。
「エアは私にいろいろなことを教えてくれたと思う」
シグは深く頷いて、そこでようやく腰を下ろして、カタリナから目をそらした。
「それを俺にも教えてくれないか」
「エアは私に、私自身のことを教えてくれた。私が知らなかった、私自身のことを。
私は、私じゃないものになろうとはしていない。私はただ、私自身として生きて、私自身として死にたい。
英雄になれるかどうかは、私が決めることじゃなくて、きっと、他の人が判断することなんだ」
「俺は、お前を英雄らしいと思ったことはない。お前は最初からずっと、魔術師らしい魔術師だ。現実的で、実利的で、野心をもっていて、孤独で、孤高で、悪意がない。魔術師らしくないところと言えば、少し子供っぽいところだろうが、それはまだ若いからかもな」
シグはそう言って少し笑った。カタリナもつられて笑う。
「あなたはそう思うだろうね。でもきっと、エアはそうは思わない」
「だろうな。そして多分、俺より彼女の方が、お前のことをよくわかっていると思う」
カタリナは頷いた。
「これからどうするのかってさっき聞いたよね」
「あぁ」
「イグニスにコテンパンにされることまで含めて、私はここでやりたいことはだいたいやり終えたから、あとはエアに付き合うことにする。エアがそうしたいと思うことの、手助けをする」
シグは静かに立ち上がって「それが聞けて安心だ」と言った。そのまま、別れの言葉もなく病室を立ち去った。
カタリナは上機嫌に鼻を鳴らし、すべてが終わって、もしエアが自分のそばにいられなくなったなら、彼と一緒に旅をするのも悪くないかもな、と考えた。