69、夏闘祭④
決勝戦が行われている。その試合は一方的だったが、決して理不尽な試合ではなく、負けている側にも見せ場があった。
カタリナは、エアとの戦いで心から満たされていた。強敵に打ち勝ち、互いに認め合い、観客たちもそれを祝福してくれた。彼女は、自分が望んでいる自分の姿に一歩ずつ確かに近づいているように感じられていた。
「やぁイグニス」
待機室で試合の結果を待つイグニスのもとに、ザルスシュトラが現れる。イグニスは老いた容貌のまま、かすかに片方の眉をあげる。驚きはしなかった。近いうちに必ず接触してくるだろうというのは、わかっていた。
「どういうつもりだ」
「それはこっちのセリフだよ。君が表舞台に上がるなんて、珍しい」
ザルスシュトラがイグニスに会うことにした最大の理由は、彼が夏闘祭のエキシビションマッチに出るという話を他の観客から耳にしたからだ。らしくない、と思ったのだ。
イグニスはザルスシュトラの問いに答えず、別の事実を口にした。
「お前はセラを殺したな」
「あの子はもともと消えかけていたよ。力のほとんどをエアに奪われていた」
「お前は自分のやっていることの意味をどれくらい理解している?」
「何にもわかっていないよ」
ははは、とイグニスは笑った。同時に、客席が大きな歓声に沸き立つ。
「カタリナを殺すのか」
ザルスシュトラは、ささやくような声でそう言った。
「そのつもりだった」
「ということは」
「あぁ。あいつのせいで台無しだ」
「なるほどね。大体わかったよ」
カタリナは、学園側からその存在を疎まれており、死が望まれていた。イグニスは、エアを精神的に不安定にすることによって、計画を次の段階に進めたかったので、観衆の目の前で、不幸な偶然を装って試合の中でカタリナを殺害するつもりだった。
だが、エアとカタリナの試合を見た観衆は、カタリナに対する見方を変えた。彼女が決して、残酷で、人の心がない人間などではなく、友情に厚く、正々堂々と戦うことを重んじる人間であることが明らかになってしまった。
「で、どうするんだ」
「まだ考えている」
「ふむ。君のために私にできることはあるか」
ザルスシュトラは、親し気にそういった。イグニスはくくくと笑う。
「お前はお前の好きなようにすればいい」
「あぁ。でもひとつ教えてくれないか」
「なんだ」
「私たちに勝ち目はあるか?」
「ない。たとえお前が俺を殺せたとしても、必ずエアは解き放たれる」
「唯一帝が出張ってきても、か」
イグニスはため息をついた。
「それは、知らない」
「ミリネはどうだ。ミリネがこちらについたら」
「関係ないな。そもそも、あの女は俺よりも弱い」
「……そうだろうと思ったよ。彼女はずっと過大評価されている。本人が一番わかっていることだろうけど。下手すると彼女、一対一だとハープにすら勝てないかもしれない」
「お前にも、な」
「さぁ、それはどうかな」
そろそろか、とザルスシュトラは背後に合図を出す。ソフィスエイティアが門を開く。
「彼女らに、何か伝えておきたいことはあるかいイグニス」
「好きにしろと伝えておけ」
「わかった」
「逆に、君の方から何か言いたいことはあるかい、ソフィスエイティア」
ソフィスエイティアは首を横に振った。イグニスが、何か自分たちに利益となるようなことを言うとは思えなかったからだ。