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66、夏闘祭①

 ハープは夏闘祭に合わせてウスティカ島に招かれていた。招いたのはザルスシュトラであったが、そのザルスシュトラはパレルモの港についても姿を見せず、ハープは不満であった。

 ちょうどそこに居合わせたのは同じ非純人で、獅子人のレオであった。二人はもともと仲がよく、訓練相手としても最適であり、決闘の対戦成績自体は五分であったが、ハープの方は常に手を抜いていたため、実際にはハープの方が実力は明らかに上であったが、レオはそのことに気づいてはいなかった。


 ハープはザルスシュトラに、夏闘祭の二日のイベント、部外者込みでのトーナメントに出場するように頼まれていた。ザルスシュトラの思惑としては、できるだけ学園の魔術師たちの意識を、自分たちからそらしたかったのだ。ハープやレオといった、純粋な魔術師ではない、どちらかといえば戦士というのにふさわしい者たちがウスティカ島に来て、戦うとなると、彼らもまた、色々と考えなくてはならないことが増えるだろうという考えであった。

 また、シグもザルスシュトラから頼まれはしなかったものの、夏闘祭に出場する予定であった。


「私、あんまり出たくないな」

 エアがそう言うと、カタリナは驚いた表情で「なんで?」と尋ねた。

 エアの力は順調に戻りつつあったが、そのせいか、学校での学習自体はあまりうまくいっていなかった。というのも、何かを学ぶ必要もなく、魔力量と概念形装で、他の生徒たちとのレベルがかけ離れてしまい、互いにあまり学ぶことがなくなっていたのだ。

 また、一番仲がよかったルティアも、自分の才能が戦闘ではなく、もっと理論的な研究に向いていることを受け入れ始めており、戦闘技術科の授業よりも、数学や魔力回路学の授業をとることが増え始め、それにともなってエアの関心も戦闘以外のことに向き始めていたのだ。

 カタリナ自身は、学園に入ってからというもの自らの魔術への理解を深めることに専心しており、エアも含め、他の人たちの感情や行動原理について考えることが少なくなっており、その自己中心性が際立っていた。

「正直、エア以外にここの生徒で私に敵いそうなのいないから、エアとの本気の決闘、楽しみにしていたんだけどな」

 カタリナはそう言ってため息をついた。

「まぁでも、エアが出たくないなら、別にそれでいいと思うよ」

 と、少し棘のある口調で言った。エアは「うん」とあいまいな返事をした。彼女は、自分がこの先どうするか思い悩んでいた。


 エアの記憶は少しずつ戻っており、かつての学生時代のことも思い出していた。彼女は二大会連続で夏闘祭を優勝した経験があったが、二回目の大会では当時の戦闘技術科の教授をエキシビションマッチで完膚なきままに叩き潰してしまい、その教授は不老者であったが、その件をきっかけに、教授職を追われ、その後自死したという事件があった。ぼんやりとではあったが、エアはその時に感じた強烈な後悔と不快感を思い出して、夏闘祭に対するモチベーションがきわめて低くなっていた。

 また、それとは別に、イグニスの計画についての憂慮もあった。おそらく、自分が封印されていた何らかの理由が解決されていないまま、自分は封印から解放され、そしてその脅威が、自分だけではなく、周囲の人間にまで影響を及ぼす予感があり、何かをしなくてはならないと思うに、何をすればいいのかわからずにいた。

 さらに、そのことを他の人間に相談しても、イグニスは取り合ってくれず、ミリネにはごまかされ、カタリナは興味を持たず、ヴァイスも気の毒そうな顔をするだけであった。

 結局そういう状況にあって、彼女に寄り添っていたのは、彼女に恋をしていたルティアのみであった。


「ティア君。私どうすればいいのかな」

 ルティアは何度もエアの話を聞いていたが、エアの正体のことも、エアの過去のことも、よくわからなかった。だがいつも元気で明るくふるまっているエアが、不安を感じて自分を頼っていることに、嬉しく思う反面、心配に思う気持ちが強かった。

「僕は……」

 ルティアはいつだって、エアに対して何を言えばいいのかわからなかった。彼は早い段階で、自分がエアに対してかっこつける意味があまりないことを理解していたし、それゆえ、純粋にエアのために何ができないかという献身の姿勢をとっていた。

 いや、それはルティアにかぎったことではない。エアが、他者に対してそういった態度をさせるような特殊な空気感をまとっているという方が正確である。というのもエアは、自らが他者に対してきわめて献身的であるうえに、自分もまた、他者から愛され、喜ばせられる存在であることを、当然であると思っているからだ。

 ひとつの見方において、エアは極めて善良であるがゆえに押しつけがましい人間であり、意識せず大きな対価を要求する人間でもあった。


 話はあまりに複雑になりすぎていた。それぞれの人物が考えていることと、その動きは単純であったかもしれないが、それぞれが別々の向きに動くので、誰もが理想的と言えるような状況にはならなかった。


 夏闘祭当日の天気は曇りであり、前日は雨が降っていたため、地面は少しぬかるんでいた。本来ウスティカ島の天気は、天候系を専門とする魔術師によって管理されていたが、つい先日、その魔術師が失踪したため、自然の天候に任せることになってしまっていた。

 もちろん、その魔術師を失踪させたのは、ザルスシュトラと知恵の魔王ソフィスエイティアであり、ミリネもそれに気が付いていたが、咎めはしなかった。いや、正確には、咎めることが不可能だった。

 ザルスシュトラによって空間系と結界系の魔術の知識を得たソフィスエイティアは、夏闘祭に入る前に、ウスティカ島に張り巡らされた結界をすり抜ける方法を確立しており、いつでもどこでも、自分の体を島のあちこちにつなげることができるようになっていたのだ。今や、ミリネであってもソフィスエイティアの侵入を完全に防ぐことはできない。


「さて、ソフィスエイティア、アイル。君たちの目標をもう一度確認しよう。

 ソフィスエイティアは、自らの存在を存続させたい。つまるところ、生き残ること。さらに、その生存がイグニスなどによって脅かされないことが目標だ。

 次にアイル。君は、エアやエクソシア、セラなど、君の肉体と繋がった人間を、自らと同質、あるいはそれに近い存在に作り替えたい。そしてふたりの目標を同時に達成させるために必要なのは、まず第一に、イグニスを排除すること。次に、エアとセラを無力化し、君たちとの同一化を阻止すること」

 ザルスシュトラは続ける。

「タイムリミットがいつかはわからないが、動くのは早い方がいい。夏闘祭では何が起こるかわからないから、一旦は潜入して様子見だが、チャンスがあるようなら、行動を起こす。いいな」

 ソフィスエイティアもアイルも、ザルスシュトラを信用していなかったが、もうすでに取り返しのつかないところまで、彼に行動をコントロールされており、今や、彼なしで何かを決めて行動に移すことは難しい状態になっていた。


 そして唯一ザルスシュトラの支配力の影響を受けていなかったエクソシアは、現在夏闘祭が行われているウスティカ島に向かってきている。

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