55、ルティアとカタリナ
ある日、午後の部の、魔力回路学の授業が終わって、ルティアは自室に帰る途中だった。
座学は得意だった。授業の中で、何度も先生に褒めてもらえた。戦技科から、魔力回路学科に移った方がいいと勧められさえした。
しかしルティアは、丁重に断った。もし、エアと出会わなかったら、それも真剣に考えたが、今はただ、エアとできるだけ長い時間一緒に過ごしていたかった。
残念ながら、エアは魔力回路学の授業には出てこなかった。彼女はじっと座っているのが嫌いな人間で、座学の多い、数学、世界機構学、元素学、魔力回路学などの授業にはほとんど出席するつもりがない様子だった。
反対に、エアといつも一緒にいるカタリナは、それらの授業になるべく出席するようにしており、ルティアと一緒にいる時間も多かった。さらに、それらの学問においては、ふたりの理解のレベルがほとんど一致していたため、教え合い、学びを相互に深めることもできていた。
「ルティアは魔力量全然ないのに、概念理解力とか、知能に関する能力はかなり高水準でまとまっているね。私、そういうのってだいたい魔力量と比例するって思ってたから、考え直すことにしたよ」
カタリナの言葉は、いつもまっすぐだった。人との争いを避ける気のないその言動は、姉であるアリシアを思わせたが、彼女とカタリナのもっとも違う点は、ルティアを下に見ていないという点にある。
そもそもカタリナは、どんな人間も下に見たりはしない。カタリナにとって自分自身は特別な存在であり、他者はどんな時でも自分との比較の対象ではなかった。
だからこそカタリナにとって、すべての他者は、自らとの関係の中で存在する者であり、その重要性や能力の優劣を、あまり強く意識しない人間だったのだ。
人によっては冷たくて自己中心的にみえるカタリナの性格は、ルティアにとって心地よいもので、自然と、授業以外も一緒にいる時間が増えていた。話題は様々だったが、やはりエアについての話が多かった。
カタリナは、最初こそ目立ちたくなかったし、イグニスたちに事情をあまり話さないよう咎められていたので慎重に話していたが、途中でめんどくさくなって、すべて話してしまった。
エアが封印されていたこと。記憶を失っていること。イグニスの姉であり、おそらくは三百年以上生きていること。
ルティアは、驚きはしたが、その言葉を少しも疑わなかった。カタリナはくだらない嘘を言う人間ではなかったし、エアのその神秘的で特別な存在感のことを考えると、彼女が超越的な存在であるという事実は、決して受け入れがたいものではなかった。
「基本的に不老者は、恋という感情を持たない。愛を持つことはあると思うけど、エアの場合は誰かひとりを特に愛するというより、すべての人を分け隔てなく愛している。そしておそらく、その場で一番傷ついていて、苦しんでいる人に、より多くの愛を与える」
カタリナの、エアの人格の分析は正確だった。ルティアは、自分の想いが決して実らないことを、素直に認めた。それでも、彼女のことを考えずにいられなかったし、熱は冷めることがなかった。
不思議なことに、エアが自分のことを、自分がエアを想うのと同じように強く恋焦がれたりすることは決してないという確信は、ルティアを安心させた。エアの心が決して変わらず、自分にとって永遠の憧れに留まることを、ルティアはなぜか、何の苦しみもなく、平然と、受け入れることができた。
同時に、ルティアの中である種の覚悟が固まったため、エアのことばかり考えているせいで授業や日常生活がおろそかになることはどんどん減っていた。エアがそばにいるときは、エアばかり見ているが、同時に他のことも考えられるようになってきた。
ルティアは毎日が楽しかったし、幸せだった。