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48、そのころ三人は

 ウスティカ魔法学園は十二の学科があり、それぞれに小さな寮が存在している。

 どこに所属するかは生徒たちが自分で選択する。

 もちろん、途中で所属する学科を変えることも可能であるし、そもそも寝泊まりする場所は生徒たちの自由に委ねられているので、別の寮にいる仲の良い友人たちのところに身を寄せるものや、寮とは別に、街の宿屋で毎日寝泊まりしたり、研究室や図書館で暮らしている者もいる。


 エア、カタリナ、ヴァイスの三人は、それぞれひとりきりの時間を大切にする人間であった。旅の最中も、街の中ではぐれることはよくあったし、そのことをあまり不便に感じたこともなかった。集合したいときは街の広場に集まることにしていたし、それで問題が起きたこともなかったのだ。

 そういうわけで三人は、戦闘技術科の寮に入ったものの、それぞれ別の個室で眠ることになっていた。時々エアがカタリナの部屋に押しかけて抱き枕にすることはあったが、それくらいであった。


「授業が始まるのって、三日後だよね?」

「そうだね。その間どうする? 自主的に訓練する?」

「やだ!」

 エアが目覚めてから、三人は日中行動を共にすることは多かった。


 魔法都市は、学園を中心として、ひとつの島を魔法の研究に適した都市にして、それを七百年間改良してきた。当然、この島の中でだいたいすべてのことができるようにはなっている。娯楽も十分にそろっており、たびたび大都市パレルモからこちらに遊びに来るものもいるくらいである。

 三人はここ数日、海水浴、温泉、グラウンドでの魔術競技、図書館での読書、歌唱場で下手な歌を歌うなど、旅の疲れを癒すように毎日遊んで暮らしていた。

「私、グラウンドで軽く鳴らしてくるわ」

 カタリナは右腕の袖をまくってぶんぶんと回して、ひとりグラウンドの方に向かう。元冒険者にして元暗殺者。英雄志望のカタリナは、ここ数日ずっとエアのやりたがることに付き合っていたので、毎日欠かさず行っていた訓練がしばらくできていなかった。体が激しい運動を求めてうずうずしていたのだ。

「リナちゃん、マッチョだからなぁ」

「ですね」

 エアは、新しい腕がなじむまで安静にしているよう伝えられていた。全然違和感はなかったが、旅の間ずっとカタリナの訓練に付き合っていたために、単純な動きの繰り返しの訓練に飽きていた。

 それに、苦労して鍛えていたにもかかわらず、エクソシアにこっぴどく痛めつけられたこともあり、戦うこと自体に少し嫌気がさしていた。

「私もそろそろ報告しとかないと心配されるんで」

 そう言って、ヴァイスもどこかに行った。皇帝への報告は普段夜に行っており、昨晩もちゃんとエアのことを報告していた。つまり、今の話は嘘だった。ヴァイスはひとりでやらなくてはならないことがあった。

 数か月前新しく善悪の彼岸に入ったメンバーと、その弟がここ魔法学園ウスティカに来るのだ。名前は、レスフィス・ケイロスと、ルティア・ケイロス。弟の方は、自分たちと同じ戦闘技術科に入る予定で、兄の方は、ザルスシュトラやイグニス、ミリネら、彼岸の主要メンバーに挨拶をし、今後の計画や予定についての相談をするらしい。

 ヴァイスは、帝国との連絡役として、新しいメンバーとはできるだけ早めに接触をはかり、関係を作っておかなければならない。彼女は皇帝の眷属であり、その役割を果たそうという気持ちも、少なからず持ち合わせているのだ。

「とはいえ、自由にやらせてもらいますけどね」

 船から出てきたレスフィスは、すぐにヴァイスに気づき、近づいてきて、グラウンドを借りられるか聞いてきた。ヴァイスは初対面のレスフィスがなぜ自分のことを知っているのか尋ねると、ザルスシュトラからそう聞いたとのこと。

「でも、なんでグラウンドを?」

「弟が、昔馴染みと決闘することになってな」

「決闘、ですか。とりあえず、ミリネさんに聞いてきます」

「頼んだよ」

 ミリネは、帝国出身の魔術師であり、昨年度から戦闘技術科の正教授の地位についていて、その実力は善悪の彼岸随一である。人格も優れており、いつも眠そうにしているその表情とは裏腹に、細やかな気配りと、多方面への配慮を怠らない、勤勉な性格でもあった。


「エアさん……」

 ミリネがいつもいる戦闘技術科の研究室に行くと、エアとミリネが机を挟んで楽しそうに談笑していた。

「あ、イスちゃん。どうしたの?」

「いや、まぁ、エアさんは誰とでも仲良くなれますよね。ともかく、用事はミリネさんにあるんです」

「私? 何かな?」

「レスフィスさんがついさっき到着しました。それで、決闘に使うのでグラウンドを借りられないかと」

「誰と誰の?」

「新入生の、ルティア・ケイロスとイリーナ・メロイのです」

「家名だ! え? 家名あるの!」

 エアが割り込んでくる話に割り込んでくる。ヴァイスは指に手をあてて静かにするよう伝えた。ミリネは、穏やかな態度のまま、理由をたずねる。

「決闘の理由は?」

「喧嘩だそうです」

「ふむ。面白そうだね。でも私はちょっとこれからやらなきゃいけないことがあるから、立ち会えないな」

「立ち合いはレスフィスさんがやるそうです」

「なるほど。それじゃあヴァイス。彼に戦闘記録をとってもらえるよう伝えてくれる? 新入生のことはできるだけ早く知っておきたいし」

「そう伝えておきます」

「私も行く! リネ先生またね!」

「はい。エア、またいつでも来てね」

 ミリネはひとりきりになって、ため息をついた。

「残酷な話だな。あの子が、例の、白鎧のエアだなんて」

 帝国の大魔術師ミリネは、数少ない、エアの記憶や正体のことをほとんど正確に理解している人物だった。それゆえ、エアがこの先どんなことを経験し、どんな現実に向き合わなくてはならないか考えると、憂鬱な気分にならざるを得なかった。

 エアと直接は関係していないとはいえ、繊細な感受性と豊かな経験、優れた人格を持ったミリネは、日々そういった、関わっている人々の人生を想像し、心を痛めてしまうのだ。

「せめて、平和なうちは幸せでいてほしいな」

 そう言いながら、魔法学園都市ウスティカの自動防衛システムの改良に、引き続き取り掛かった。

 仕事に、感情は入り込ませない。憂鬱で悲しい気持ちになっていても、ミリネの魔力を操作する技術は正確で、寸分の狂いもない。

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