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43、赤獅子のレオ

 赤獅子の異名を持つレオは、道に迷っていた。

 人生の、ではない。単に、ここがどこだかわからなくなっているだけだ。

「まいったぜ……」

 彼はその立派なたてがみのついた頭を掻きながら、どうしようかと悩む。彼が今所属している善悪の彼岸の大きめの集会がパレルモで開かれると聞いて、そこに向かうはずだったのだが、その道中、おかしな魔力の流れを感じてそれを追いかけた結果、完全に迷ってしまったのだ。


「なんだ、お前」

 森の中の道の正面に、少年が立っていた。レオは、彼を一目見て、尋常な人間でないことを察した。

「それはこっちのセリフだな、少年」

「俺が問うている。なんだその見た目は」

 レオは、動物のような顔をしていた。体は黄金の体毛に覆われ、赤橙色の光り輝く全身鎧を身にまとっている。明らかに異様な格好なのだ。

「見ての通りだが、わからないか?」

「獣人、か」

「獅子人だ。君は純人か。その呼び名には気を付けた方がいい。獣人というのは蔑称だから、俺じゃなければ、気分を害していたかもしれない。我々は獣などではない」

「獅子は獣だろう」

「それをいうなら、純人だって獣だ。まぁいい。お前こそなんだ? その魔力、人が身にまとうものには思えない」

 エアとの戦いで力の一部を奪われたエクソシアは、目の前の武人との戦いは分が悪い可能性を悟っていた。

 だが、嘘をついて逃げることができるほどエクソシアは器用な存在ではない。彼は力の魔王である。力によって、道を切り開けないとき、はじめて逃走することのできる存在なのだ。

「俺は、力の魔王エクソシアだ」

「魔王エクソシア! そうか、お前がか」

 レオは迷わず背に背負った槍を抜いて、少年に向けた。エクソシアは、舌打ちをしながら自らの肉体を風でまとった。分が悪いのは察している。目の前の男は、かつて一瞬戦った腐蝕属性使いの魔術師、カタリナより格上だ。万全の状況ならともかく、今の、満身創痍の状態で勝てる見込みはあまりない。

 しかしレオはそんな事情など知らず、瞬時に踏み込み、エクソシアの懐に入り込む。エクソシアが裁断の原理を顕現する間もなく、槍が少年の肩に突き刺さる。風の魔力による防御では、レオのシンプルな一突きを止めることはできなかった。

「なんだ、大したことないな」

 一撃与えた後、レオはすぐに下がって笑った。

「イグニスのじじいに、お前たち魔王を殺すなと釘を刺されているが、なぜ俺があいつの言うことを聞かなければならない? 俺は、魔王とかいうものが大嫌いなんだ」

「なぜだ」

「生まれたばかりのお前にはわからないかもしれないがな、昔の自分を見るというのは、俺のような英雄にとっても、苦痛なんだ」

「お前もかつて魔王だったというわけか」

「正真正銘の、魔王さ。俺は純人が憎くて殺しまわり、殺し続けた結果、人でなくなったことがある。そんな俺を救ったのが黒夜梟、ノワールのババア。まぁお前に言ってもわからないだろうが、今の俺は、純人も含めた、すべての人間を愛しているんだ。だから、人間を無条件に殺し続けるお前たち魔王が、嫌いなんだ」

 それに、とレオは続ける。

「俺は戦うのが好きだ。特に、自分より弱いやつを圧倒して、力の差を見せつけるのがな。お前はその点いい相手だ。この状況でも冷静さを失わっていないのに、プライドからか、正しい判断ができていない」

「舐めるな」

 エクソシアはレオのおしゃべりの最中に裁断の原理を完全に顕現し終えていた。それを振り下ろし、巨大な斬撃の波を打ち出す。森全体が揺れるほどの衝撃だが、レオは咆哮によって魔力の斬撃を打ち消そうとする。それもまた、木々がざわめくほど大きな魔力の反応を引き起こした。

 大きな魔力同士のぶつかりによって、爆発が引き起こされるかと思われたが、レオは目を疑った。自らの音声系の魔力の放出を、斬撃の波が真っ二つに切り裂き、自分に向かってきていたからだ。

「なるほど」

 だが、レオが取り乱すことはない。横っ飛びで裁断の原理での攻撃を回避する。だが、その回避した先に、エクソシアは次の風の刃が迫る。レオはニヤッと笑う。風の刃を避けず、突進する。彼の体を刃が切り裂こうとするが、鎧を傷付けることはできない。

 レオが突き出した槍の先を、エクソシアは裁断の原理の太い刀身で防ぐ。ガキン、と金属同士がぶつかる音が鳴って、両者は下がって距離をとった。

「純粋な切断属性の魔力……とは言えないな、その剣の放つ魔力は」

「これは、裁断の原理という」

「あぁ。なるほど。すべてを切り裂く悪名高い概念形装だな。魔王が持つにはもったいないものだ」

「どういう意味だ?」

「ノワールから聞いたことがある。それは、道を切り開くためのものだ。いや、道を切り開く覚悟と言った方がいいか。それはお前のものじゃないな? 他の誰かから奪ったものだ」

「どういう意味だ」

「楽しみだな。それが、本来の所有者の手に戻ったときのことが。そのときには、俺も彼女と一度手合わせしてみたい。きっといい勝負になる」

「……エリアル・カゼットのことを言っているのか」

「エリアル・カゼット! あぁそうか。あの、エリアル・カゼットか。まだ生きていたのか」

「知っているのか」

「あぁ。俺がまだ魔王だった頃、俺はあいつに倒されたが、なぜか許された。あの時に滅されてもおかしくなかったが、あいつは俺の存在を許し、俺はユーリア大陸に逃げた。そこでノワールと出会ったんだ。俄然、彼女と再会したくなったな。今の俺で、彼女に敵うかどうか」

「あの女は何者なんだ」

「なんだ。お前は知らないのか。彼女は……」

 レオはエアについての事柄を思い出そうとしたが、戦った記憶しかなかった。

「彼女は強い」

「強くはなかった」

「うん? 彼女は強いぞ」

「強くはなかったが、力を奪われた」

「お前が彼女から力を奪ったんだろう?」

「何を言っているんだ」

 その時、二人の間にひとりの人物が割って入った。赤いローブを身にまとった老人がため息をついて、レオの方を睨んだ。

「どいつもこいつも、余計なことをする」

「イグニスじゃないか。次に会うときはその服の色を変えておけと言ったはずだが」

「俺が何を着ようと俺の勝手だ」

「色が被ってんだよジジイ。まぁいい。ちょうど俺は道に迷っててな。イグニス。パレルモまで案内してくれ」

 イグニスは困惑したように、エクソシアの方を振り返った。

「戦っていたのではないのか?」

「戦っていたさ。だが、エリアル・カゼットの話で少々盛り上がってな」

「お前には彼女の話をした覚えはないが。まぁいい。エクソシア、お前はもう行け」

 エクソシアは舌打ちをして二人から離れていった。事実、エクソシアは生まれた直後に、自分の創造主であるイグニスに歯向かったが、手も足も出なかった。彼と戦うことは絶対にできない。それほどまでに、実力差がある。

「それで、レオ。エリアルのことをお前はどこで知った」

「どこでも何も、俺はあいつに一度助けられているんだ。恩人のことを忘れるほど、俺は薄情じゃないぞ」

「いつの話だ」

「それは覚えてないがな」

「三百年前か」

「知らねぇよ。それより、エアは今どこにいるんだ」

「お前をエアに会わせるわけにはいかない」

「どういう意味だ?」

「お前が昔のあいつを知っているなら、なおさら、会わせられない」

 イグニスは戦闘態勢に入っていた。レオも槍を構える。

「じじい。お前が何を企んでるのか知らねぇがな、俺は俺がやりたいようにやるぜ」

「レオ。俺がその気になれば、お前をたやすく殺すことができる。怖くないのか」

「俺を殺せる奴なんて山ほどいるが、誰も俺を殺さなかった。だから、お前も俺を殺さない」

「お前の後ろに黒夜梟がいるからだろう」

「それは関係ないんじゃないか? あの人は、自分が助けた人が死ぬのに慣れている。復讐心を抱くほど人間らしくもない」

「なら、結局お前は何も考えていないわけだ」

「それの何が悪い? 人生は楽しむものだ」

「薄っぺらなやつにはうんざりだ。重いやつ、複雑なやつにもな。そうだ。俺は、人間にうんざりしている」

「俺は人間を愛しているぞイグニス」


 戦いは一瞬で決着した。イグニスが多重起動した攻撃術式のすべてを防ぐことができるものは、中央大陸すべてを探しても、ミリネくらいのものだろう。

「それで、俺をどうするんだ?」

 火の鎖で縛られたレオを見て、イグニスは頭を抱えている。

「それを今考えている。殺すのは簡単だ。だが後のことを考えると、殺すのはまずい。捕えておきたいが、お前はどんな牢も簡単に破壊するだろう。となると封印するしかないのだが……」

「封印は困るな」

「ハープといい、彼岸にはどうにもコントロールできないやつが多すぎる」

「人間をコントロールできると思うこと自体が傲慢じゃないか、じじい」

「どうしてお前はこの状況でそこまで生意気でいられる」

「生意気? 俺がか? 俺はいつも通りの俺だ。お前が勝手に生意気だと思っているだけだ」

「まぁいい。半年ほど封印させてもらう。悪く思うな」

「じじい。封印がとけたら、お前が一番困ることをしてやるからな」

「……期間を延ばしてやろうか」

「延ばせば延ばすほど、俺の恨みが大きくなるだけだがいいのか?」

 レオは、この状況でも楽しんでいた。彼が封印されるのはこれが初めてではないし、自分より強い者に対して精神的に優位に立つこともそうだった。

「なぁレオ。ユーリア大陸に戻ってくれないか。それなら俺も、お前をどうこうするつもりはない」

「嫌だね。いつかの恩人が生きているのがわかった今、彼女に会うまでは、この大陸から離れるつもりはない」

「今、エアには記憶がない」

「ほう」

「お前のことなんて絶対に覚えていない。弟である俺のことすら覚えていなかったのだからな」

「弟!? あぁ。どうりで……そうか。イグニス。お前、彼女の弟なのか」

「だったらどうした」

「姉弟は大事だ。そうか。よし。気が変わった。しばらくは、お前に従ってやるよ、イグニス。だがその代わり、なぜ俺が彼女と会ってはいけないかその正当な理由を教えてくれ」

 イグニスは沈黙した。これからイグニスが計画していることをレオに話したなら、レオは間違いなくそれを止めようとするだろう。腐ってもレオは英雄で、彼が何度もそういったように、彼は人間を愛している。

 イグニスは、エアのために、罪なき人間を何人も葬るつもりだった。それが、計画に必要なことなのだから。それを事前に防ごうとする者は、できる限り排除しておくに限る。今の段階でも、彼岸の中には警戒すべき人物が多いのに、レオまで混ざると手が回らなくなる。

 いくら大陸最優の魔術師、イグニスと言えども、レオと同格の実力者を同時に何人も相手するのは無理がある。負けることはないが、今のように、簡単に伸すことができるわけじゃない。

「今彼女はシラクサにいる。会いたいなら、会えばいい。だが、過去のことは何も話すな。お前が何を知っていても、だ」

 イグニスは嘘をついた。エアは今、大陸北西部の海岸沿いにある大都市パレルモからさらに北西部にあるウスティカ島にいる。シラクサは大陸の南東部に位置し、真逆の方向だった。

「そうか。シラクサにいるのか。わかった。俺は彼女に何も言わない。ただ礼を言い、決闘を挑むだけだ。それなら問題ないだろう?」

「あぁ」

「最後にひとついいか。お前は姉を愛しているか?」

「愛しているし、憎んでもいる」

 レオは笑った。イグニスはレオの拘束を解いた。

 レオにつまらない嘘がばれるのは時間の問題だろう。計画を早めた方がいいかもしれない。


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