閑話 皇帝とエアの正体
ヴァイスのもとに、唯一帝ブランがやってくる。ヴァイス、かねてより聞きたかったことを尋ねる。
ヴァイス
「陛下は、エアさんの正体をご存じなんですよね?」
ブラン
「だいたいはね」
ヴァイス
「その、教えてはいただけないんですか?」
ブラン
「少しくらいは教えてあげてもいいよ。質問してごらん」
ヴァイス
「お、じゃあ、エアさんはそもそも人間なんですか?」
ブラン
「人間だよ」
ヴァイス
「純人ですか?」
ブラン
「白竜人と純人のハーフ」
ヴァイス
「……そうなんじゃないかと思ってました。性格といい、肉体の強靭さといい、どこか竜人種に近いものを感じていましたから。でも、そうだとすると、イグニスさんもそうだということになりますね」
ブラン
「そうだよ。彼も、白竜人と純人のハーフだ。もっとも、本人たちはそのことを知らずにいるけどね」
ヴァイス
「え、そうなんですか?」
ブラン
「これは秘密にしていることだけど、ヴァイスにだけは教えてあげよう。あのふたりの母親は、ヴァイスと同じ眷属だよ。当然、三百年前は、眷属が子供を残すことは厳しく禁じられていた。だから、私が直接あの子を処分した。だから、私はあのふたりにとって母親の仇というわけなんだ」
ヴァイス
「そ、それは……そうだったんですね」
ブラン
「もっとも、弟のイグニスが生まれた直後に私はあの子を殺し、そのうえ、あの子の周囲の人々から、あの子についての記憶や痕跡を可能な限り消したから、おそらくふたりはそのことを覚えてはいないだろうけどね」
ヴァイス
「その、なんで、ふたりを生かしておいたんですか? 今の陛下ならともかくとして、三百年前なら……」
ブラン
「それがあの子の望みだったからだ。もともと私は、あの子を殺すつもりはなかった。眷属ではなく、ひとりの白竜人女性として生をまっとうするのであれば、監視こそすれ、罰するつもりはなかった。だがあの子自身が、眷属としての自分を捨てきれなかった。罪悪感に耐えかねて、結局は帝国に帰ってきて、自ら法の裁きを望んだ。そして、私に、子供たちを生かしてくれと頼んだ。頼まれずとも、眷属が産んだ子を裁くような法はなかったから、どうするつもりもなかったんだけどね」
ヴァイス
「……なるほど」
ブラン
「優秀な子だったんだよ。よく悩む、いい子だった。今でも時々思い出す。思えば、あの一件をきっかけに、私は眷属たちの自由をより重んじるようになった。それまでは、偏り、もとい個性はあれどどの子も自分と似たような存在であると思っていた。国や同族のために自分自身を使うことが、眷属たちにとって最大の幸福であり、正しい役割だとそう思っていた。でもあの子の生き方と、その最期を経験してからは、私は考え方を少し変えたんだ」
ヴァイス
「経験、ですか」
ブラン
「私は、眷属のみんなが見た景色、感じたことを、その気になればいつでも取り出して自分のものとして感じることができる。もちろん、普段はプライバシーを尊重して、そんなことはしないけどね」
ヴァイス
「陛下。私は、眷属としての自分よりも、自分としての自分の方が好きです。仕事よりも、遊びの方が好きです。でも、いつか自分に最期のときが来たら、その時には、私のすべてを陛下に知っていてほしいと思います」
ブラン
「うん。ヴァイスには、ヴァイスにしか経験できないことがある。それがどんなものであっても、ヴァイスの生は、最後には、私と、私のかわいい眷属たち、それに、私が守るべき帝国の人々の役に立つ。だからヴァイス。あなたには、自由に生きてほしい」
ヴァイス
「と言いつつも、大まかな指示は出すんですよね?」
ブラン
「結局ヴァイスも真面目だから、その方が動きやすいでしょ?」
ヴァイス
「はぁ。お見通しというわけですね」