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35、再会

 中央大陸北西部に位置し、海沿いに様々な建物が立ち並ぶ大都市パレルモから、かすかに見える、都市ひとつ分の大きさの島がある。

 魔法都市ウスティカ。人口は約三千人で、六本の尖塔が島を囲うように海の中に立っており、島の中心には六角形の巨大な時計塔が立っている。

 島全体が巨大な結界に覆われており、招かれざる客を拒んでいる。さらに、その内部のエーテルは可能な限り均質化されており、あらゆるエーテルの偏りは、通常より素早くもとに戻るよう調整されている。


 魔法都市ウスティカは、魔法、魔術の研究と、後進の育成を同時に行っており学園としてもよく知られている。

 時計塔の土台となっている建物は、そのすべてが校舎であり、数千人の生徒たちが毎日そこに通っている。

 中心部から離れたところには高名な魔術師の研究塔や、あるいは魔術関連の商人の店がそれぞれのエリアに密集している。


 大西大陸、中央大陸、ユーリア大陸という、海によって阻まれている三つの大陸は、それぞれ別の学問体系を有しているが、言語が世界全体で統一されているので、書物を通じて互いに影響を与え合っている。


 ユーリア大陸出身の、実力的には高位魔術師に相当するカタリナは、船で魔法都市についてそうそう、地位の高い人々、主に学園の理事を務める者たちの食事会に招待され、そこで自分の得意としている魔法や、現在のユーリア大陸の大ギルドの実情を、問題のない範囲で話すこととなった。同時に、魔法都市のシステムと、自分たち三人の今後の予定について、彼らから話を聞くことになった。

 イグニスは同席していなかったものの、カタリナがそれとなく彼のことを聞くと、皆が彼のことを知っており、尊敬の念を抱いているようだった。「赤の老魔術師」「刺焔しえん」と呼ぶ者もあった。

 そのイグニスが現在善悪の彼岸に属していることと、二年前に彼岸に属する帝国出身者、ミリネが正教授のポストにつき、多分野にわたり研究の行き詰まりを解消したことで、彼岸に対する魔術師たちのイメージはすこぶるよかった。


「ところでカタリナさん。魔法使いと、魔術師と、魔導士って、何がどう違うかご存じですか?」

 食事会の帰り道、同行していたヴァイスはカタリナにそう尋ねる。

「ユーリア大陸だと、それらはあまり区別されてなかったと思うよ。まぁニュアンス的に、論理的に魔法を使うのが魔術師、道具や術式をメインにするのが魔導士、なんか頭のおかしな人を魔法使いっていう傾向はあった気がする」

「帝国では、その三つは明確に区別されています。魔法使いは、古い魔力行使者の名称で、魔導士は、魔導具の専門的な取扱いに長けた、一種の資格として扱われています。魔術師は、魔力行使者の総称で、魔法関係の専門家が名乗る名です」

「この大陸だと、どうなっているんだろう」

「多分、この島は中央大陸の他の地域より帝国の影響を強く受けているみたいなので、帝国の基準で考えていいと思います」

「それだと私は魔術師ってことになるのかな?」

「カタリナさんは高位魔術師ですね。私は、おそらくぎりぎり魔術師と名乗れないくらいのレベルだと思います。最低限の魔法しか使えないので」

「ねぇ。私たちって生徒としてこの学園に入るんだよね?」

「ですね。多分、私とエアさんは、戦闘関連の実技中心で、リナさんは理論的なことを中心に学ぶことになるんじゃないですか?」

「理論、ねぇ」

 カタリナは、高い概念理解能力を有していたが、興味のある本を適当に読み漁った程度で、あまり詳しいことは知らなかった。もちろん、エアのような魔法についての初心者に、基本的なことを教える分には問題なかったが、専門的なことはわからなかったし、高度で複雑な術式を容易に構築することもできなかった。

 たとえばノロイが自分たちをここまで運んだ転移術式も、カタリナにはほとんど理解できないものだった。

「苦手ですか?」

「多分、得意な方だとは思う。でもちゃんと勉強したことはなかったから、不安もある」

 話によると、入学する前に簡単な試験を受けなくてはならないらしい。しかし、三人は授業料が免除されることで話がついており、取らなくてはいけない単位の縛りのようなものもなかった。ただ自分が必要だと思った授業を選んで受ければよい。それがわからない場合は、イグニスの助手であり、元戦闘技術科正教授であるノロイに相談するように言われていた。


「それにしても、エアさんは大丈夫なんですかね?」

 その質問は、カタリナとヴァイスがふたりきりになってから、互いにもう十回以上尋ね合っていた。ふたりとも、彼女のことが心配だったのだ。

「体のことも心配だし、エクソシアとのことで、何か精神に問題が生じていないかも心配。あと……こういう集団生活ができるのかというのも心配」

 ヴァイスは、皇帝の眷属として、他の眷属とともに暮らしていた時期が長かったので、特に不安も問題も感じていなかった。カタリナの方も、ユーリア大陸の大ギルドが運営していた中等学校に二年ほど通っていたことがあるので、その点はあまり不安を感じていなかった。

 エアは人見知りせず、誰とでも仲良くなれる性格とはいえ、マイペースでわがままなところもあったので、隣人たちと何らかのトラブルを引き起こすかもしれないとカタリナとヴァイスはあれこれと心配していた。

「なんか、世話の焼ける妹みたいですよね」

 カタリナは、妹という言葉に違和感を感じた。

「でもエアは、どちらかというと……姉だと思う」

「そうですか?」

「私はそう思う」

 実際、エアがカタリナを見る目は、尊敬や信頼だけでなく、慈愛や思いやりなど、ある意味、人間としてより進んだところにいる者が、そうでない者を見るときのそれに近かった。それでいて、下に見られているような印象はない。カタリナはその優しい目を不快に思ったことはなかった。

 自分の育ての親であるノワールとの関係にも近いものがあった。

 カタリナは、自分がエアにものを教えているのは、彼女が記憶喪失に陥っているからであり、そうでなかったのならば、自分が教えられる側であったかもしれないということを常日頃考えていた。



 翌日、ノロイから連絡があり、儀式場の前に待っているよう二人は伝えられた。いつになるかわからないが、エアが目覚めた時、すぐに再会できるように、とのことだった。

 カタリナは、イグニスが案外エアや自分たちの感情に配慮していることに少し驚いたが、ヴァイスはあまり驚かなかった。

「あの人は、気難しいですが、意外と気が回るんですよね。魔術師らしいと言えばそうですが」

「それもあるけど、あいつはエクソシアにエアを殺させようとしたんでしょ?」

「それ、ザルスシュトラさんが勝手に言ってるだけだと思いますよ」

「だとしても、エクソシアにエアをぶつけようとした事実は変わらないし、明らかに戦力が足りていなかった。それに、エアはエクソシアを前にするとおかしくなっていた」

 そういった話も、エアが眠りについてからカタリナはもう何度もヴァイスや他の者たちにしていた。感情がたかぶっていたわけではないが、エクソシアとの戦闘やイグニスの思惑が、自分の中で腑に落ちておらず、もやもやとした気持ちの悪さを感じていたのだ。



 そんなふうに色々なことを考えてヴァイスと語り合っているうちに、儀式場に続く研究塔の門がぱっと開かれ、なかならエアが飛び出してきた。カタリナは驚いて「エア!」と叫んだ。

 エアは、小走りで、両手を広げてカタリナに寄ってくる。彼女の腕が戻っていることと、その笑顔がかつてと変わらないことに、カタリナは心の底からの安堵と喜びを感じずにいられなかった。

「リナちゃん!」

 エアは、勢いそのままカタリナに抱き着く。カタリナは、案外エアの体が重いことを知っていたので、ちゃんと足に力を込めて地面を踏みしめ、その衝撃に耐えた。これくらいのことで押し倒されるほど、やわな鍛え方はしていない。

 エアの方は、押し倒すつもりで飛び込んだが、そうならなかったことを気にすることよりも、無事に再会できた喜びの方がはるかに上回っていた。

「リナちゃん、私たち学校に入るらしいね!」

「そうらしいね。ヴァイスも一緒に」

 ヴァイスは、なんだか恥ずかしくなって何か隠れるものがないか探したが、見当たらなくて、諦めてため息をついた。

「エアさん。無事でよかったです」

 ヴァイスはぎこちない動きでエアに近づいていく。エアは、首をかしげて笑った後「イスちゃんも無事でよかった」と新しくなった生身の左手を差し出した。ヴァイスがそれを握ろうとした瞬間、体に強い衝撃を感じてそのまま地面に押し倒された。エアが抱き着いてきたのだ。

 ヴァイスは、体中でその体の暖かさを感じながら、自分のエアに対する負い目が、なんだかどうでもいいことのように思えた。

「エアさん。重いです」

「あぁごめんね。それにしても、イスちゃんって、結構固いんだね」

「白竜人ですので」

「ねぇエア。前よりさらに距離感おかしくなってない?」

「普通だよ普通」

 そう言いつつも、エアは自分が以前よりさらに彼女らに対して強い好意を抱いていることを自覚しており、それをしっかりわかるように表現することも、意識してそうしていた。なぜそうするのか、という理由は存在しない。彼女はただ、何も考えず、自分が自分であることの幸せを感じていた。

 そう。エアは、セラから受け取った魔力によって、より自分自身に近づいたのだ。

「あ、そうだふたりとも。ニス君……イグニスっておじいちゃんいたじゃん? 彼、私の弟らしいよ」

 エアはヴァイスの上からどいて立ち上がり、何でもないことのようにそう言ったが、ふたりは驚きに開いた口がふさがらなかった。

「弟? 待って、どういうこと?」

「イグニス・カゼットっていうんだって」

「私の聞いた話だと、イグニスさんは三百年以上生きているらしいですが」

「じゃあ私も三百歳のおばあちゃんってことだ!」

 カタリナは肩をすくめながら、親し気にヴァイスに言う。

「ね。エアは妹っていうよりお姉ちゃんだって」

「えー……」

 何はともあれ、三十手前のカタリナ、百と少しのヴァイス、三百は超えているエアの三人は、その年になって魔法学園に入学することになったのである。

 とはいえ、学園は様々な年齢、種族の人々が通う場所であり、さすがに百歳を超えている生徒はほとんどいないものの、子供より成人している者の方が多い。

 職員に限っていえば、不老者でない者の方が少なく、三人の年齢は、エアを除いてそう目立つものでもなかった。そもそも、書類に年齢を記入する項目はなかったので、たいていの人はその点を気にすることはなかった。

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