33、セラとイグニス
軟禁状態にあるセラは、薄暗い部屋の中でずっと考えていた。あの、温泉のある村でエアと出会い、撃退されてから、エアの感覚が自分の感覚とどこかで繋がっているような気がしていた。
背中の目でものを見ようとすると、なぜかエアが見ているのと同じ景色が見えた。ヴァイスやハープと出会い、エクソシアと戦ったエアの見た景色と、その感情も、確かに感じることができた。
エアに対する信頼と愛情がより強くなっていくと同時に、彼女を封印しなくてはならないという義務感が、いったいどこから来たのか疑問に思うようになった。
彼女は、あるとき部屋を出て、イグニスを呼んだ。
「どうして、私はエアを封印しなくちゃいけないと思っているの?」
「知らん」
イグニスはめんどくさそうに答えた。何かを隠しているわけではなく、本当に彼にはわからなかった。もちろん、いくつか仮説を立てたが、それを安易に口にして、問題をややこしくするようなことはしたくない。
「エアは、優しくて、賢くて、きれいで、素敵な人だと思う」
「そうだな」
イグニスは、否定しなかった。彼自身、エアに対して複雑な感情を抱いていたが、彼女が優しいこと、賢いこと、美しいことについては、否定しようがなかった。
「エアが封印されなくちゃいけなかった理由を、教えて」
「彼女が、危険な存在だったからだ」
「危険? 何にとって?」
「さぁな。彼女自身が、それを望んだんだ。だから俺は応えた。それだけのことだ」
かつて、エアを封印したのは他でもないイグニス自身だった。そして、封印をといたのも、イグニス自身だった。
「じゃあどうして、イグニスはエアの封印をといたの」
「そうしたかったから、そうしたまでだ」
「ねぇイグニス。私、わからないよ」
「わからない方がいいこともある」
「前から思ってたけど、イグニス、話し方変だよ」
「お前もそうだ」
事実、イグニスは口下手だった。三百年以上、ずっとそうだった。それを直そうとけなげにも努力していた時期もあったが、もう二百年以上前にいくらやっても直らなかったので、諦めた。
「イグニス。教えて。私は、エアをどうすればいいのかな?」
「お前はエアをどう思っている」
「エアを愛している」
「では、彼女が望むようにするといい」
「エアが、私に望むようにってこと?」
「そうだ。お前はエアの役に立ちたいんだろう?」
「うん」
「なら、そうするといい」
イグニスは、セラを軟禁状態に置いたとはいえ、部屋の鍵を閉めたりはしなかった。イグニスはセラに一貫して「好きにするといい」と言っていたし、同時に、彼女が余計なことをしないよう、他の彼岸のメンバーに協力を頼んでもいた。
「イグニス。ありがとう」
「礼を言われるようなことはしていない」
「でも、ありがとう」
「ふん」
セラは、イグニスの中に、エアと少しだけ似ている部分があるのを感じていた。それが何かは、今のセラにはわからなかったが、きっとそれが重要なのだろうということだけは、なんとなくわかっていた。