31、魔道具技師マリオネット
ノロイの集団転移でパレルモに到着し、眠っているエアをイグニスに預けた後、カタリナは彼岸の拠点、通称「宮殿」で開かれているパーティーに出席した。そこには、見知った顔が何人かいたが、カタリナはあまり話す気にはなれなかった。エアのことが心配だったのだ。
その宴会には、カタリナが大陸に来たばかりのころに知り合ったシグも出席しており、カタリナを見つけると、親し気に手を振った。カタリナは、片方の眉だけ上げたあと、ひじを挙げて、両手の拳を自分自身に向ける仕草をした。シグは困ったように首を傾げた。何を意味しているジェスチャーかわからなかったからだ。
カタリナ自身も、そのジェスチャーの意味は知らなかった。というか、今思い付きでやってみたことだった。
そこまで仲良くない知り合いが親し気な仕草をしてきたことに対して、カタリナはちょっとした居心地の悪さを感じたので、その仕返しに、誰が見てもよくわからないジェスチャーをすることで困らせることにしたのだ。
「それ、何のジェスチャーですか?」
横から声がかかる。少女くらいの背丈の……人形だった。
関節は球体であり、目はぱちぱちと不自然に瞬きしている。カタリナがぎょっとしたのを見ると、人形はさっと頭をさげた。
「申し遅れました。私はマリオネットと申します。病弱の身ですので、本体は床にふせております」
「あぁ、じゃああなたが例の」
「例の?」
「魔道具技師とかいう……あ、えっと。エアの腕のこととか何か聞いていない?」
「あぁはい。聞いております。ですが、私の出番はないかもしれないといわれております」
「どういうこと?」
「エアさんのなくなった腕を再生するすべがどうやらあるらしいのです。信じられない話ですが」
人体の情報のすべてはその心臓であるコアにある。そのコアから情報を拡大させて、物質化させたものが肉体であり、その物質化された肉体に及ぼされた影響は、情報としてまたコアに戻っていき、その生体情報が更新される。だから、肉体が一時的に欠損したとしても、コアにその欠損した情報が完全に共有されるまでの間につなぎ合わせたり、元の状態に戻したのなら、問題なく回復することができる。
しかし、一度欠損した状態で肉体が安定してしまうと、完全にその情報がコアに保存され、そう簡単なことでは元の状態に戻らなくなってしまう。エアの場合は完全にそうなっており、治癒の魔法などでは失った左腕を治すことは本来不可能なはずであった。
だから、魔鋼製、すなわち、人体以上に魔力を通しやすく、反応も早い人工義肢によって、疑似的に失った部位を補完するのが有効な案だと考えられていた。
「カタリナさん。聞いたことがありますか。古代の魔術師は、目の見えない人間に泥を塗って目を開かせたり、もうすでに死んだ人間を蘇らせたりしたそうですよ」
「その話は私も聞いたことがある」
「イグニスさんはもしかすると、そういった類の魔術に精通しているのかもしれませんね」
「奇跡ってこと?」
「です」
「話は変わるけど、マリオネット。あなたは普段何をしているの?」
「様々なことをしています。基本的にはザルスシュトラさんに言われたことをしていますが、手持ち無沙汰になると、やりたいことを好きなようにやります。私は、これと同じ肉体を最大で同時に四体使役できるので、絵を描いたり、楽器を演奏することも得意です。ひとりではできないようなパフォーマンスで、見ている人を楽しませるのは面白いことです。あと、今まで帝国ではできなかったことをやってみようと思って、色々やっています。帝国では禁忌とされていた魔術を研究したり、街の人々に変な噂を信じ込ませたり。毎日が楽しくて仕方ないです」
彼岸には奇人変人が多いと思っていたが、マリオネットは輪をかけておかしな人間だとカタリナは思った。
「戦うこととかはできるの?」
「無理ですね。前に、レオさんに人形を一体壊されてしまいました。嫌だって言ったのに、無理やり襲ってきたんですよ。最低です。あの人」
「ご愁傷様。彼岸は、居心地いい?」
「そうですね。嫌な人とか、変な人は多いですけど、別に仲良くしなくてもいいし、最悪殺し合っても構わないみたいな、そういう緩い感じが好みですね。あと、私、ザルスシュトラさんが大好きなんです。あの人、頭よくて、面白くて、最高なんですよね。ほんとはずっと一緒にいたいんですけど、まぁ互いにいろいろやりたいことがあって、ゆっくり話せる機会はあまりないんですけどね」
「あぁ。ちょっと似てると思ったよ」
「私と、ザルスシュトラさんがですか?」
「うん。聞いてもいないことをべらべらとずっとしゃべってるところとか」
「えへへ。ありがとうございます」
「褒めてないんだけどね」
「でも、面白くないですか? しゃべるのって。私、しゃべるのが大好きで。本体は喉がつぶれてるんで全然声でないんですけどね」
カタリナは、目の前で、早口な機械的な音声でしゃべるマリオネットの本体とやらを見てみたい衝動にかられた。
「本体って、どこにいるの?」
「あ、見ます?」
「いいの?」
「いいですよ。こっちにどうぞ」
彼岸の屋敷は四階建てで、三階の端の部屋にカタリナは案内された。そこに入ると、大きなベッドに仰向けに寝かされている、スキンヘッドの女性がいた。
「私、かわいくないですか? このつるつるの頭とか」
「剃ってるの?」
「いえ。薬の副作用でこうなるんです。あ、よければ便の処理とか、見ます?」
「いや、それはいいかな」
寝ている女性は、ぴくりとも動かない。だが、目の前の動いている人形と、その女性が確かに魔力で繋がれているのはカタリナにもわかった。
「でも、その人形、どうやって動かしているの? 眷属召喚に近い術式?」
「ご明察ですね。私は様々な術式を扱えますが、四体の人形には、私の両手両足が内蔵されています。それを通して操作しているわけですね。だから多少は痛覚とかもあるんですよ?」
カタリナは、試しにおそるおそる人形のほほを引っ張ってみた。
「それくらいじゃ、痛くないですけどね」
「なんか怖いからいいや。帝国には、そういう人いっぱいいるわけ?」
「あまりいませんね。そもそも私みたいに自分の体をわざわざ完全に動けなくして、その代わりに人形の操作に特化させる人間は、私以前にはひとりもいなくて、私がはじめてそれをやってから結構人道的に問題になったんですよ。いろいろな人に協力してもらったんですけど、その中のひとりは逮捕されて、今も牢屋の中にいると思います」
「なかなか世知辛いね」
「そうなんですよ。帝国は、普通の人には生きやすいですけど、私みたいなのからすると、けっこう窮屈というか、毎度毎度奇異の目で見られるのがつらいんですよね。過剰な気遣いとかも、疲れますし。カタリナさんくらい、ずけずけ言ってくれる方が楽ですし、楽しいです」
「私、そんなに遠慮ない?」
「あら、自覚のないかたなんですね」
「まぁでも、私的にはあなたの方がザルスシュトラよりも話しやすいな」
「そうですか」
「うん。あなたは、ただ自分が好きなことを好きなように話している感じがする。時々相手に合わせながら。ザルスシュトラは、それよりももっと器用で、不気味。こっちの心の内側を覗かれているような気持ちになる」
「全然そんな風に思ったことありませんでした。私、鈍いんですかね?」
「どうだろうね。でも、彼岸の他の人間はザルスシュトラに対してみんな好意的だよね。私みたいな考えの人、いるの?」
「ザルスシュトラさん、帝国では一時期、悪魔の舌なんて言われてたことがあって、カタリナさんみたいに、ザルスシュトラさんを……すごく人付き合いが器用な人として見る人は、あんまりいませんね。あの人、見るからに不器用じゃないですか。感情表現が下手というか」
「そう?」
「私たち、実はさっきから別の人の話してませんか?」
「あの長身ガリガリで、よくしゃべる上に、気取ってて、いつもかっこつけてるあのザルスシュトラの話であってるでしょ?」
「ですね」
「とらえどころがないのかな、あの男は」
「それは同意できますね。会うたびに、同じテーマの話をしてもぜんぜん違う会話の流れになるのが、本当に面白いんですよ」
「もうこの話はやめようか。なんだか、あいつの話ばかりしてると、私があの男を気に入っているみたいに見えそう」
「違うんですか?」
「違う」
「お似合いだと思いますけど」
「どこが! どこが?」
「なんとなく、ですかね」
「不本意だな」
「でも、苦手で、嫌っていても、気にはなってるんでしょう?」
「不審に思ってるだけだよ」
「でも、あの人はエアさんの事情ほとんど知らないと思いますよ。カタリナさんたちには無害だと思うんですが」
「……確かにそうだね。単に、性格の相性が悪くて、無駄に敵として意識してるのかも」
「性格の相性、すごくいい気がしますけどね」
「なんで?」
「カタリナさんも、おしゃべりが好きで、好奇心が強くて、本音で語るのが好きなかただと思ったんですが、違いますか?」
「あってるけど……まぁいいや。そろそろ行くね。一応他のメンツにも挨拶したいし」
「はい。お付き合いありがとうございました」
その後カタリナはシグに捕まって、うんざりするほど旅についていろいろ質問をされた。マリオネットの方は、ザルスシュトラが彼女を訪ねてきて、カタリナのことを含めていろいろな話に花を咲かせた。