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29、力の魔王 エクソシア


「ねぇリナちゃん。一度引き返そうよ」

 エアの顔が真っ青になっているのを見るのは、はじめてだった。先ほどから、汗でびしょびしょになった右手を、震わせながら、カタリナのローブに縋り付いている。

 エアは気分屋で、これまでの旅の中でも「あっちに行きたい。こっちはやだ」とか「あれがほしい。これはいらない」といった、子供っぽいわがままを何度も口にしてきた。

 今回も、そういった単なる気分的な問題かとカタリナは思っていたが、あまりに様子がおかしいので、三人は立ち止まって、ひとまず昼食をとることにした。

 その間にも、エクソシアは近づいてきている。また、もっと後ろの方では、ハープとノロイの激しい戦闘が始まったばかりだった。

「別に、今日決着をつけたいわけじゃない。それに、エクソシアが、見つかったら逃げ切れないタイプの敵じゃないこともわかってる。まずは偵察として軽く一戦交えて、そのあとすぐに撤退する。エア。それだけのことだから、そんなに不安にならなくてもいい」

 カタリナとしては、中央大陸に来てからまだこれといった戦果をあげられていなくて、やきもきしている部分があった。シグ、ヴァイス、ハープと拳を交えたとはいえ、それは単なる自己紹介の延長上のことであり、他に自分がやった意味のあることと言えば、記憶喪失のエアに魔法と戦い方の基本を教えたくらいである。

「もし、本当に嫌なら、このあたりで待っていてもいい」

 ヴァイスは、何も言わなかった。ザルスシュトラとイグニスの思惑に従うならば、エアを戦いに連れていくべきだが、ヴァイス自身はそもそもあまりこの戦いに乗り気ではなかった。

 彼女は、楽しく愉快で、予想のつかない旅をしたいのであって、決して敵と死闘を繰り広げたいわけではなかった。もともと戦闘的な性格ではない上に、戦いに自信があまりない。逃げ足と、身を守ることには自信があるものの、カタリナ、エアと連携を取りながら魔王を討伐することなど、不可能なのではないかという疑念や不安の方が大きかった。


 天気がどんどん悪くなっていく。魔力の流れが異様な雰囲気を醸しており、エクソシアの到来を告げていた。カタリナが立ち上がると、ヴァイスは仕方なく後をついていった。ひとり取り残されたエアは、雨か自分の涙かわからない液体を拭ってから、カタリナを走って追いかけて、その左手の袖をぎゅっと掴んだ。

 そのころ、ハープとノロイの戦いに、ちょうど決着がつき、ハープは無力化されたノロイを抱えながら空を飛んで彼女らに追い付こうとしていた。


 嵐をまとった少年は、開けた平原で立ち止まり、遠くに見える三人の旅人を見据えた。そのうちのひとり、怯えたように自分より少し背の高い少女の影に隠れているのが、自分を引きつけている対象だ。

 山を震わせるような、太く、はっきりとした声色で尋ねる。

「お前の名は何だ!」

 エアは耳を塞ぎたかったが、片腕ではそれもできない。ヴァイスとカタリナは、名を問われているのが自分ではないことを、なぜかはっきりと感じ取ることができた。

「彼女はエア。エリアル・カゼット」

 カタリナが代わりに答えると、エクソシアは返答する。

「そうか! よい名だ! 俺はエクソシア。力の象徴であり、自由と破壊を愛する者。エア。貴様は何故俺を縛り付ける!」

 縛り付ける、という言葉には明確な殺意が込められていた。その声とともに、激しい風が吹き付け、エアの柔らかい肌を切り裂いた。血が、たら、とほほを伝う。

「そんなの、わからないよ」

 エアの消え入りそうな声は、確かにエクソシアの耳にも届いた。懐かしくて、愛おしくて、そしてなぜか、恐ろしいと感じるその声を聞いて、エクソシアははっきりと自分の心の動揺を自覚した。

 そして同時に、彼女を殺すつもりで来たはずなのに、何をどうあがいても、エクソシアはエアを殺せないと直感した。だがその直感をそのまま受け入れることは、エクソシア自身のプライドが許さなかった。

 拳を握り締め。力を放出する。己の全存在を賭けて、エアを滅しなくてはならない。そうしなくては、己が己でなくなってしまう。


 お前はお前であるべきでないのだ。

 エクソシアの頭の中に響く、己自身の声としか言いようのない命令を、力を放出する快感によって塗り替えながら、ゆっくりと三人に近づいていく。


 射程圏内だ。試せることはすべて試そう。カタリナは、すぐに曲剣を抜いた。振りぬいて魔力の斬撃を飛ばすが、エクソシアがまとっている嵐に阻まれ、本体には届きそうもない。

 刃を鞘に納め、ローブの内ポケットから十数本の釘を取り出し、氷の術式で固め、射出する。ノロイが放つものほど鋭くはないが、それでも並の魔術士では、防ぎきれない優れた攻撃だ。

 しかしそれも、エクソシアがまとう風にあおられ、あらぬ方向に軌道を逸らされる。力そのものをまとっているエクソシアに対して、中途半端な威力の魔法は無意味だった。すべては押しつぶされ、吸収され、破壊される。

「相性が悪いな」

 カタリナは、エクソシアに対して接近戦を挑む気にはなれなかった。

 カタリナが思うに、エクソシアを倒すには、二通りのやり方がある。ひとつは、地中から魔力をくみ上げた術式を起動させ、力押しで勝つ。もうひとつは、接近戦だ。

 カタリナ自身は、使い捨ての右腕を前に出して確かめていけば、どこまで体が耐えられるかわかる上、もしダメならすぐに退いて仕切り直すこともできる。

 しかし、エクソシアのまとっている風はおそらく、触れただけで傷つくほど圧倒的な魔力量をまとっている。事実、その空間に触れたエーテルがそれに耐えきれず、小さな電撃や爆発を起こしているのがはっきりと目にも見える。下手をすると、エクソシアに近い部分では、エーテルがその形態を完全に保てなくなり、そこに新しく流入することもできず、魔力回路の存在しない真空状態ができているかもしれない。

 それに、エクソシアはまだ何の魔法も、武器も見せていない。何ひとつわからない状態でリスクをとるのは不合理だ。

「いったん退く?」

 ヴァイスも、似たような思考をしており、カタリナにそう提案した。しかしカタリナは首を振る。

「まだ何の情報も得られていない。せめて、魔法が使えるのかどうか、武器は持っているのかどうかは確かめたい」

 カタリナは一歩踏み出そうとしたが、その前にエクソシアの方が動いた。地面を蹴り、風をまとったまま三人へ一直線に直進していく。まとっていた風は、彼において行かれ、遅れてついてくる。

 カタリナは氷属性の結晶をまとった腕から、氷の礫を飛ばす。エクソシアはその右手から自らの身長ほどもある大剣を出現させた。それは、エクソシアがまとっていた力の塊である風のほとんどを吸収していく。彼がそれを振り下ろすと、氷の礫は跡形もなく消え去り、その剣先から放たれた斬撃波が三人を襲う。カタリナは横っ飛びで交わし、ヴァイスも上方に逃れた。

「エア!」

 カタリナは、座り込んで動かなくなっているエアに向かってそう叫んだ。エアは、もうろうとした目で迫ってくるエクソシアの力の波動を眺めていた。

 それは、エアを傷付けることはなく、周辺の低木や草花を吹き飛ばすだけに終わった。まるでエアが、実体を持たない存在であるかのようだった。

 エクソシアは速度を落とし、自らの斬撃波によってむき出しになった地面の上をゆっくりと歩く。風は静まり、雨も止んだ。空を覆っていた黒い雲が少し薄くなり、あたりは少し明るくなった。

 エクソシアはエアに近づき、しゃがみこんでその目を覗き込んだ。その様子を、カタリナとヴァイスは見ていることしかできなかった。明らかに雰囲気が異様であり、その持っている剣がきわめて危険なものであることを、感じずにはいられなかったからだ。

「この剣は、裁断の原理という」

 裁断の原理。カタリナはその名を知っていた。いや、誰もが知っているかもしれない。千年前の英雄、剣聖アレクサンドラが所持していた概念形装であり、望んだものすべてを切り裂くことのできる、この世の理の外にある武具。

 カタリナは驚きとともにその剣を見つめる。その形状を、一度見たことがあった。エアを封印しようとしていた六枚の羽をもつ少女、セラの持っていたものとエクソシアが持っているそれは、酷似していたのだ。

「すべてを断ち切るということは、断ち切らぬものを選ぶこともできるということだ」

 エクソシアは、脅すようにエアの足元にその裁断の原理を突きさす。

「エア。お前は何を知っている。何が俺たちを縛り付けている。なぜ俺たち三人が魔王と呼ばれ、なぜお前はそうじゃないのか。お前はいったい何者なんだ」

 エアは、黙って首を振る。何も知らないのだ。何も答えようがない。

 エクソシアは、答えが得られぬまますべてが終わってしまうことに強い失望を感じながらも、裁断の原理を持ち上げ、無慈悲にも、エアに振り下ろした。


 カタリナは、そういう状況にあっても冷静であった。できたばかりの友人、それも、少なくない親愛を、短い期間とはいえ確かに育んできた相手が、目の前で死を迎えつつある状況にあったとしても、カタリナは次の一手を冷静に考えていた。

 事実、カタリナは目の前で友人を失うということを、もうすでに三度も経験しており、三度とも、取り乱すことはなかった。それは、戦闘におけるある種の才能であり、彼女を彼女たらしめる、性格的というより、能力的特徴であった。

 とはいえ、カタリナは決して感情的に冷たい人間ではない。彼女にとって、悲しみや苦しみといった感情は、数時間遅れで必ずやってくる厄介なもので、エアの命の危機に対して、カタリナは自分に何ができるかということを、冷たい頭で考えていた。

 何もできない。それがカタリナの結論だった。ただ、まだエアが死んだと決まったわけではない。状況がどう動くか、直視し、判断しなくてはならない。エアが死んだなら、ヴァイスとふたりで戦うか、あるいは逃げるか決めなくてはならないし、もしエアがこの一撃を耐えられたなら、エクソシアの隙を見て彼女を救出し、離脱することが正しい判断になる。

 ヴァイスの方はというと、もう完全に精神は傍観者としての在り方にシフトしていた。エアが死んでも、カタリナが戦っても、自分はただ見つめ、記憶し、その内容を皇帝に伝える、そういった道具としての自分を全うすることに集中していた。

 眷属であるということは、ある意味、都合が悪い状況に陥ったときに、主体性を持つ人間としての義務や在り方を放棄して、道具としての本性を全うする選択をとることができるということでもある。

 精神的に追い詰められたとき、人は常に何らかの逃げ道を探ろうとする。眷属であるヴァイスにとって、自分がしょせん皇帝の一部でしかないということは、平時なら受け入れがたく、うっとおしい一面の真実に過ぎない。しかし、このような、親しくなった人間を見捨てるしかない現状、すなわち、自らの無力さや、不誠実さに向き合わなくてはならない状況から逃げ出すには、眷属であるということが、うってつけの理由として作用するのだ。


 しかし、実際に裁断の原理が振り下ろされたとき、ヴァイスは我に返った。カタリナも、その時ばかりは冷静さを失いそうになり、口をぽかんと開けることになった。

 エアが、裁断の原理の鋭い剣先を、右手で掴んでいたのだ。その手は重厚な白鎧に覆われ、雲の間から差し込んだ光を反射し、その姿はさながら神話の一ページかのようだった。


 エアは、無意識的に掴んだその大剣から、膨大な力が自分に流れ込んでくるのを感じた。それは、懐かしいような、寂しいような、そんな気持ちになる力だった。

 エアの心から恐怖が消えていって、だんだん自信がわいてくる。反対に、驚きのあまり数秒放心したエクソシアは、慌てて剣を引き、エアから距離をとる。彼はエアとは反対に、先ほどまでの自信を失い、それどころか、不安と恐怖におののいていた。

「エクソシア。私にはやっぱりわからないよ。でも……」

 エクソシアは唾を飲んだ。欲していた答えが、聞けるような気がした。だがそれは、同時に強い恐怖を呼び起こした。聞いてはならない。聞かない方がいい。

「多分、私たちは存在していない方がいいんだ」

「やめろ!」

 エクソシアは再び裁断の原理を振り上げた。彼女の、鎧に覆われた右腕を切り裂くために。

 自らの運命とともに、彼女の忌々しい概念形装、潔白の重鎧を断ち切るのだ。

 エクソシアは強く踏み込んだ。先ほどのような、ただ振り下ろすだけの攻撃ではない。明確な殺意を持って、断ち切るのだという強い意志を持って。

 エアは、右腕を引きつけて、迫ってくる大剣に拳を叩きつけた。砕けたのは、その両方だった。しかしエクソシアは、もう一度右腕から裁断の原理を生成する。先ほどよりはるかにゆっくりとだが、彼の右手から剣の柄が作り出され、発光とともに剣先が伸びていく。

 エアの方は、力を使い果たしたように、地面に倒れこんだ。腕は無事だが、概念形装は消失している。彼女の意識も、完全に途絶えていた。

「エア!」

 カタリナは叫んだ。と、同時にエアの元に走り出した。アイスボルトをエクソシアに射出するも、それは彼に到達する前に、弱まったとはいえ今でも彼の周囲を取り巻いている風に軌道を逸らされ意味をなさない。

「邪魔をするな!」

 エクソシアは、空いている左手をカタリナに向ける。切断属性の突風が噴き出し、カタリナを襲う。

 カタリナは結晶化した右腕を、肘のところまで融解させ、盾の形状に変化させる。風の魔力によって、それは徐々に削られ、エクソシアは再び完全になった裁断の原理で、カタリナを両断しようと横なぎに振るう。

 カタリナはそれを見てから跳躍することによってかわし、エクソシアの少し上空から腐蝕属性の液体を放射状にまき散らす。そのほとんどが風によって周囲に吹き飛ばされ。その一部がカタリナの体に触れた。カタリナの左腕と右目が溶けて爛れていく。左腕の骨と、右目の眼窩が露出していく。カタリナは自らの魔法による傷に構わず、続けて、体をひねることで右肩から先をエクソシアの方に放り投げた。それもまた、風に巻き込まれて地面に叩きつけらえるが、同時にそれは爆破し、煙を周囲にまき散らす。まき散らされたそれには腐蝕の反属性と、治癒効果が付与されており、先ほど進蝕されたカタリナの左腕と右目はみるみるうちにもとに戻っていく。

 エクソシアにとって、視界が見えないことは問題ではなかった。魔力の大小で、誰がどこにいるかは理解できる。しかし、問題なのは先ほど腐蝕の魔法がまき散らされたのと、魔力の塊であった結晶性の腕が爆発し、その魔力が空気中に飛散していることであった。エクソシアは、エアとカタリナの位置を一瞬だけ見失ってしまった。

 エクソシアが、自分が対象を見失っていることに気づいたとき、彼女らはすでに十歩ほど先で、背を向けて逃げようとしていた。

 エクソシアは風の魔法によって加速しようとしたが、横から強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。ヴァイスが、彼を横から全力で殴りつけたのだ。エクソシアは、加速するために自らを取り巻く風の魔力を後方に集中しており、ヴァイスの攻撃を防ぐことができなかったのだ。

 エクソシアが体勢を立て直すころには、三人はもう見えなくなっていた。どちらの方向にいるのかは、エアに引っ張られている自分自身の感覚によってわかるものの、追いかけて再び戦闘を継続する気にはなれなかった。

 エアに裁断の原理を受け止められたとき、力をかなり吸い取られたのを、エクソシアは感じていた。それがなければ、カタリナの目くらましも、ヴァイスの一撃も、問題なく対処できていたはずだ。

「また、力を蓄えなくては」

 エクソシアは来た道を引き返し、エアから離れる方向に進んでいった。



「イグニス。これも想定通りか?」

「いや、想定外だ」

 ザルスシュトラとイグニスは、少し離れたところで、自らの魔力と気配を隠しながら一部始終を傍観していた。そんな彼らの元に、ノロイを抱えたハープがやってくる。

「もう終わっちゃった?」

 ザルスシュトラが答える。

「少し遅かったね」

 抱きかかえられたノロイは、恥ずかしそうにうつむきながら「先生、ごめんなさい」とつぶやいた。イグニスは表情ひとつ変えず、彼女を褒める。

「ノロイ、よくやったな。思っていたよりも長い時間を稼いでくれた」

 そう言って、顎で去っていくエクソシアの方を示す。ハープは驚きの表情を浮かべる。

「あの三人で、エクソシアを倒したの?」

「撃退した、というのは事実だね」

 ザルスシュトラが答えた。

 イグニスは、ハープからノロイの体を受け取り、抱きかかえる。ノロイは顔を赤らめ、青い巨大な帽子を深くかぶり、表情を隠そうとする。

「だが、これはこれで悪くない」

 イグニスは、上機嫌だった。ハープは面白くないといった表情で、イグニスをにらみつける。

「結局、何が目的なの?」

「いずれ分かる」



 カタリナとヴァイスは、交代でエアを背負いながらリカタの街に戻って、そこで一晩を過ごしたが、エアは次の日の朝にも目覚めなかった。生きていることは確かだが、体内の魔力の動きが安定しておらず、何らかの病気か障害が引き起こされていることは確かだった。

「やぁやぁ。お疲れさん」

 呑気な声が、三人の泊まっている別荘の一部屋に響く。ノックもせずに入ってきた男に、ふたりは顔をしかめる。ザルスシュトラだ。

「イグニスに伝言と案内役を頼まれてね。君たちには、パレルモ湾沖の魔法都市ウスティカに向かってもらうことになった。そこで、エアの腕を治してもらって」

 カタリナは、ザルスシュトラの言葉を遮る。

「その前に、ひとつ聞かせて」

「なに?」

「この子は何なの? エクソシアとこの子の関係は?」

「前に言ったこと以上のことは私は知らないよ。イグニスも、話すつもりはないみたいだしね」

 ヴァイスも横から口をはさむ。

「エアはいつ目を覚ますんですか?」

 ヴァイスは、エアの容態がとても心配だった。自分が一時、自らの弱い心を守るためにエアを見殺しにすることを選んだことを気にしており、もしエアが目覚めたらそのことを謝ろうと思っていた。

「それはわからないけれど、最悪魔法都市で治療できるから、大丈夫だと思うよ。話を戻すけど、今回の戦いで、今の三人じゃエクソシアを倒すには戦力が足りないのがわかったと思う。だから、魔法都市ウスティカにある学園に、生徒として入学してもらい、もっと強くなってもらおうと思うんだ」

 カタリナは眉をひそめた。もともと彼女は、パレルモ湾沖の島にあるとされる魔法都市には興味があった。ユーリア大陸のギルドから、留学に行く者もいるくらい名の知られた学園であり、中央大陸中の魔術師たちが集う場所でもある。

 しかし、なぜこのタイミングなのかがわからない。イグニスやザルスシュトラなら、もっと早い段階で三人の戦力が足りないことはわかっていただろうし、ただエクソシアを倒させたいのなら、一度戦うまでもなく、もっと早くそこに招待すればよかったじゃないか。

 そういった疑問を口にすると、ザルスシュトラはあらかじめその問いを想定していたかのように、スムーズに答えた。

「君の疑念はもっともだ。私の予想だと、イグニスは、エクソシアがエアをちゃんと殺せると踏んでいたが、実際には、殺し損ねた。そこで反対に、エアがエクソシアを倒すというシナリオに、書き直したんだろう」

「イグニスは、エアと三大魔王を殺し合わせているってこと?」

「そうじゃないと、理屈が合わないだろう? なんでそんなことをする必要があるのかは、私にはわからないがな」

 カタリナは、その話には納得しかねた。おそらく、話している当のザルスシュトラ自身も、自分の仮説に確信を持っているわけではない。彼も本当に、真相は何も知らないのだ。

「ともかく、魔法都市に行くことに関しては賛成。一度行ってみたかったし、私自身、もう少し戦い方を考える必要があるのがわかったから」

 事実、カタリナはエクソシアに対して有効な攻撃手段をほとんど持っていなかった。かつてギルドの暗殺者として働いていたこともあり、彼女の究めている戦闘技術は、普通の人間に対してのみ有効なものばかりだったのだ。

 何より、カタリナがもっとも得意とする腐蝕の魔法は、知能を持たない魔物や、その魔法の知識を持たない人間に対してはめっぽう強いものであったが、自動的に投射系の魔法を弾き飛ばすエクソシアに対しては、有効であるどころか、自分自身や仲間を傷つけかねない使い道のあまりない魔法であった。

「私は……」

 ヴァイスは、軽い気持ちで旅に参加したものの、その旅は実際にはきわめて厳しく、自分自身の努力も必要であることに気づき、迷いが生じていた。

「私も、正直に言うと戦うのは嫌ですけど、他の眷属には任せられないし、頑張りますよ」

 現実の問題として、誰かがエアのそばについて、状況を皇帝に報告しなくてはならない。ここで別の誰かに仕事を交代してもらい、もしその子に何かあったとすれば、他の眷属たちから何を言われるかわかったものではない。そういった打算的な考えが、最終的にヴァイスの心を決定づけた。

「よし、それじゃあ魔法都市に移動しよう。ノロイさん、入ってどうぞ」

「はーい」

 丁寧に、ノックをしてから入ってきたのは、青を基調として、白いラインの装飾が施された、上品な法衣を身にまとった女性だった。同じ色の魔女帽を身に着けており、その髪は見事な金髪であった。

「転移魔法で魔法都市にこの部屋ごと移動します。準備に半日ほどかかるので、しばらくお待ちください」

 ノロイは、ハープに敗れたことをあまり気にしていなかった。もちろん、勝つつもりで挑んだが、勝てなかったものは仕方がない上に、おそらくどうあがいても実力的に彼女の方が上であることを思い知った。

 それに、ノロイはハープとは違い、戦闘以外のことも高水準でこなすことができる。転移魔法のように、高度かつきわめて有用な魔法を高い精度で安全に扱うこともできるし、人にものを教えることだって得意だ。

 彼女は、仕事をしている時がもっとも幸せであり、それがうまくいっている限りにおいて、過去の失敗は大したことではないと割り切ることができた。


 エアの眠っている部屋は静かで、カタリナとヴァイスはそういった空間自体に何となく寂しさを感じずにいられなかった。

 早く目覚めてほしい。また元気に笑ってほしい。

 ふたりは、転移魔法の準備が終わるまで、交代で眠っているエアの右手を握り続けた。


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