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28、ハープ対ノロイ②

 ノワールの弟子であるカタリナやハープの戦い方は特殊である。

 通常、人間の戦闘は、一対一や一対多で行われるものではなく、魔物や怪物相手であっても、人間同士の戦いであっても、多対多で行われるものであり、当然集団で戦う場合、役割分担が生まれる。

 カタリナやハープは、いとも簡単に接近戦と遠距離戦を同時にこなすが、近距離で扱う魔法と、遠距離で扱う魔法は、性質も、発現のさせ方も全く異なっており、常に戦いの状況を見ながら、よりよい判断をしつつ、繊細な魔術の行使を行うのは、極めて難しいことだった。

 ノロイは、中央大陸において魔術師として最高位のグランドマスターの称号を得ており、それも、特に戦闘技能が優れていた点において評価されていた。彼女の得意としている戦法は、中距離を維持しつつ、追尾系の魔法で一方的に相手を叩きのめす、魔術師としては正攻法かつ、近接戦闘しかできないものにとっては、対策のしようのない戦法であった。


 ふたりの戦いにおいて、先に攻めたのは、当然ノロイであった。地面を蹴って飛び上がり、未だ地に足をつけているハープに対して、あらかじめ仕掛けておいた罠の魔法を作動する。地面から無数の腕が、ハープの体を覆うように現れる。ハープは体ごと翼を回転させ、迫りくる土の腕をいともたやすく切り裂いた。その飛び散った破片すら、彼女の体には一切掠らない。

 ノロイは、上空から腕の対処におわれているハープめがけて、戦闘系の魔法でもっとも基本的なアイスボルトを展開する。アイスボルトは、物質的に存在している釘上の物体に、氷の属性を付与し打ち出す、シンプルかつ、威力の高い魔法である。この魔法の最大の利点は、極めて発動が速い上に、氷属性は対象から魔力を奪う性質を持っており、エーテルの壁を作り出して防いでも、徐々にその壁の力が弱まり、もし肉体に直撃したのならば、当たった部位から魔術を展開することが難しくなる。

 近接戦闘を得意とするものであっても、凍ってしまった個所の肉体強化は弱まるため、明確に戦力が削られる。

 ノロイほどの高位魔術師になると、そのアイスボルトの連射速度と射出速度は、もはや確認できないほどである。しかし、鋭い水色の斜線が二人を繋いでいくように見えるその攻撃すら、ハープにはかすりもしない。

 ノロイは、背後に魔法陣を起動し、自らの所持している射出用の釘すべてをそこにばらまく。アイスボルトの自動発動化。術式の構築の方法にはいくつかあるが、今ノロイがおこなった術式の構築法は、記録の魔法を応用したものであり、自らが先ほどとった魔法の行使を術式に保存された魔力が続く限り繰り返すものだ。

 手の空いたノロイは、また別の術式を構築する。ハープが腕とアイスボルトに対処しながら、地上に何らかの術式の発動準備を整えていることを察したノロイは、それを防ぐために自ら開発した妨害術式を構築し、起動する。地表を起点にする術式は、もともと最初に用意しておいた、自動追尾式の土腕術式で事足りるが、ハープの術式は、おそらくもう少し地中の深いところで構築されている。それを防ぐためには、術式構築の上でもっとも重要な個所の魔力回路を破壊するのがよい。もっとも魔力回路が密集している部分を自動的に感知、追尾する、魔力遮断性の針を、ノロイは空中から落とし続ける。もちろん、肉体に対する殺傷性もあり、ハープはよけながら、術式の構築を中断する。

 ノロイのこの魔法のもっとも恐ろしい部分は、単に相手の術式を妨害することではなく、同時並行して、落とした針に繋がった地中の魔力回路に入り込むことによって、高度な術式を、本体の魔力操作リソースを使用せず、自動的に構築することができることにある。

「召喚魔法ね!」

 ハープは思わずそう叫ぶ。

 そう。そのとき、ノロイがもっとも得意とする魔法が発現した。土の中から、兵士の姿をした土人形が、数十体現れ、ハープに対して土の剣を向けた。地中に落ちた針の数だけ、兵士が出現し、しかもその剣は魔力の輝きを帯びており、次の瞬間にはその剣先から魔力の光線を放った。

 地中からくみ上げられる魔力を利用した、魔法とは呼べない単なる魔力の放出。しかしその出力は極めて高く、かつハープであっても目視できないほどの速さで空間を貫いていく。

 ハープは思わず空中に飛び上がる。ハープは空中戦を得意としていたが、それはノロイも同じこと。彼女はすでに、中空を満たすエーテルに、数多くの術式を構築し終えていた。反対に、地中の深くに術式を構築しようと試みていたハープの方は、全く準備が整わぬままに空中に追いやられた。

 そこで、弾切れを起こしたのか、自動発動のアイスボルトの射出が停止する。

 ふたりは宙に浮かんだまま、顔を合わせる。互いに手を止めて、語り合う。

「あれだけやって、無傷なのはさすがと言わざるを得ませんね。それに……」

 土人形の剣先から放たれた光線が逸れて、ノロイの方に向かう。しかし、ノロイのもとに至る前に、軽いボールが水中に投げ入れられたときのように、弾力をもって魔力の壁に阻まれ、さらに同じ力で反射し、土人形を貫いた。

「飛び道具で反撃しようとしなかったのも、正しい判断です」

「お兄ちゃんがね、似たようなタイプの魔術師だったんだよ。相手の攻撃はすべて自動的に防げるように、あらかじめ準備を終えておいて、あとは手数で押し殺すだけ。相手が反撃すればするほど、有利になるような、卑怯で、狡猾な、魔術師らしい戦い方」

「おほめ頂きありがとうございます」

 ノロイは、うやうやしく頭を下げる。

「それで、ハープさんは、それをどうやって攻略するおつもりですか? 私としては、魔力が切れるまでこのままずっと戦っていてもいいのですが」

「地中から魔力を吸い上げる術式をすでに起動させておいて、消耗戦に誘導しようとするところまで、そっくりだわ。魔術を究めると、そういう風になっちゃうのかしら」

 ハープの言葉には、余裕が見られた。ノロイはそれに対して、疑念を抱く。ノロイは、ハープが本気で戦っているところを見たことがない。もちろん、ハープだってノロイが本気になっているところは見たことなどないだろう。

 ただここまでの戦いで、お互い隠しているものはまだ残っているにせよ、ノロイの方は手の内の半分ほどは見せたが、ハープの方はただその身体能力だけでノロイの攻撃を捌ききっただけだ。

「あのね、ノロイ。鳥人属の守護を任せられたのは、私と、ふたりのお兄ちゃんの、三人だった。その三人で、長い間ずっと戦いの訓練をしていたけれど、たとえ一対二だったとしても、私は一度も負けたことがなかった。だからね」

 ハープは、片翼で体を隠し、もう片翼を上方に掲げた。剣先が、太陽の光を反射してきらりと輝く。

「私は、あなたよりずっと強いの」

 高速で接近してくるハープに対し、ノロイは素早く術式を起動する。ハープが一直線にノロイに突っ込んでくることを見越して、彼女は、自分とハープを取り囲むような、円柱状の魔力の壁を発現させる。そして、正面に熱属性の魔法を、可能な限り高い出力で起動する。

 熱属性は、魔力の変換効率がもっともよい属性であり、触れたものを溶かし、その形状を維持できなくする。しかし熱の魔力は、それが伝わりやすい方に動く性質から、簡単にその方向をそらされやすく、何もないところで撃っても、魔力の壁で簡単に防がれてしまう。しかし、この状態では、火に対するきわめて高い耐性を持つエーテルの壁で周囲を取り囲んでいるうえに、ハープはよけるつもりなんて全くないほどに、ノロイに向かって突っ込んできている。直撃だ。

 ノロイは一瞬発動を躊躇した。もしこれが自分の思うとおりの効果を発揮したならば、ハープは死んでしまうかもしれない。

 それでも。覚悟はもうすでに決めている。それに、英雄ハープが、こんなところであっさり命を落とすことなどありえない。自分には想像もつかない方法で対処するに違いないと、窮地に追い込んだノロイ自身もそう信じていた。

 当のハープは、その状況をピンチとすら認識していなかった。逃げ道を塞いで、火の魔法で燃やし尽くす。それもまた、魔術師の常套手段であり、ノロイの戦い方は、どこまでも高位魔術師のお手本のようなものだった。

「どうしてこの私が、魔力の壁程度を壊せないと思うのかしら」

 ハープは、翼を前方に突き出し、きりもみ状に回転し始める。翼の先に取り付けられた剣が、プロペラのように回転し、その魔力の波動が拡散していく。そして、彼女の上下左右を覆っている半透明の魔力の壁にその魔力の波動が接触すると、壁の方が、まるでかわいてもろくなった粘土が崩れるように、粉々に散っていった。

 彼女の正面から迫りくる火の放射は、彼女を避けるように空気中に消えていく。ノロイは次の手を打つ。自らの正面に用意していた魔力の壁を用意しつつ、鏡像反射の魔法で、その壁から向こうを、相手からは見えなくする。そして自らは空中から自由落下し、壁を突き破ってこちらに向かって方向転換し、急降下してくるハープに照準を合わせるように杖を向けた。

 電撃が、ハープに向けて放たれる。しかもそれは、先ほどハープが破壊した魔力の壁の破片すべてに伝播し、その力を増幅しながら、ハープを取り囲むように迫ってくる。

「芸がないわ」

 ハープはしかし、防ぐこともせずに、その電撃の魔法の反動によって落下を加速させたノロイを、さらに速い速度で追う。彼女に電撃が迫るも、彼女の肉体は雷を通さない。

 雷の属性は、単に魔力を他の魔力に伝えるだけの属性である。ただ、空気中のエーテルが許容できる量の魔力を超えた場合、エーテルは爆発を起こし、その衝撃が拡散する。人間の肉体にも、魔力の許容量があり、局所的に大量の魔力が注ぎ込まれると、魔力回路が機能不全を起こし、魔力の排出を肉体が自動的に優先する。そのため、雷属性の魔力は、人間の体を麻痺させる働きを持つ。

 しかし、ハープは雷属性とは逆の属性、遮断属性の魔力を常にその肉体の周囲にまき散らしながら戦っている。それは、カタリナやヴァイス、シグなども同じで、近接戦闘を得意とする者なら、誰しもおこなっている雷属性に対する対策である。

 もちろん、ノロイもそれを知らないわけではない。空気中に散らばる物体を広範囲の電撃によって、回路を接続させることが、彼女の真の狙いだった。

 ノロイは手に持った杖を放した。その杖を中心に、先ほどの電撃を受けた魔力の破片が、蜘蛛の糸のように四方に接続されていき、それらが杖に向かって素早く収縮していく。

「爆ぜろ!」

 気づいた時にはもう遅い。ハープは速度を緩め、杖から距離を取ろうとしたが、その時にはもう、爆発が、自らの後方で引き起こされていた。それによって杖に無理やり近づけられ、さらに、その杖は、より大きな爆発を引き起こした。

 通常なら、体が粉々になるほどの空中爆破。ノロイは、地面に足からゆっくりと着地し、上空を見上げる。ハープの姿が見えない。跡形もなく、粉々に消え散ったのだろうか? いや、それならば、もっと多くの魔力の破片が、地上に降り注いでいるはずだ。あれほど大きな体内循環魔力量を有している人間が死んだのならば、空気中のエーテルの流れもその影響をもろに受けるはずだ。今はただ、中空で爆発が起きたときの反応しか感じられない。

 だとすると。

「まずい」

 ノロイの頭に浮かんだのは、イグニスの顔だった。ハープが、自分をほうっておいて、魔王の方に向かったのではないかと思ったのだ。

 その瞬間、自分の腹部から剣が飛び出しているのを見て「えっ」と思わず声が出る。遅れて、喉の奥から血が上ってきて、げほっと吐き出す。

「あとで治してあげるから、じっとしていてね」

 ノロイは激痛を堪えながら、頭を悩ます。なぜ気づかなかった? そもそも、地上にいた土人形たちが、なぜ今も反応しない? 自動的にハープに狙いをつけるように術式を構築したはずだが。周囲を見回すと、土人形は一体も残っていなかった。魔力切れ、ではない。土の上には、何本か、ハープが翼に取り付けていた剣が突き刺さっている。空中にいる間に、剣の何本かを土人形たちに放っていたのだ。

 ノロイは歯を食いしばりながら、まだ残っている手札を使い切ろうと、先ほど打ち切ったはずの自動連射アイスボルトを再起動する。弾はまだ半分ほど残している。打ち切ったふりをして、油断したところを狙うつもりだったが、ここで使うしかない。

 しかし、その攻撃が、ハープの体を動かすことは少しもなかった。ハープは自分の背に魔力の壁を作り出し、アイスボルトを防いでいた。冷属性は、確かに魔力を吸収するはたらきがある。しかし、それは熱の魔法によって相殺される。火は、力が伝わりやす方向に向かう。氷は、力を吸収する働きがある。火をまとった魔力の壁は、氷が壁そのものに到達する前に、火によって溶かされ、中の物質的な釘だけが、堅固な魔力の壁に突き刺さる。

 まだだ。ノロイは左手に握っていた術式の込められた魔石を砕く。彼女の腕を中心に術式が展開されていく。その瞬間、ノロイの感覚から、左手が消えた。同時に、術式の感覚も消えて、魔法陣は空気中に消えていった。腹部に刺さった剣が勢いよく抜かれ、血が噴き出す。意識が一瞬飛んで、地面に倒れこむ。両腕で体を支えようとしたが、左腕はないので、体の片側が地面にぶつかり、土で汚れる。

 ハープは、両の翼を後ろになぐようにはらい、ついた血を落とす。そして、治癒の魔法を彼女の腹部にかけると同時に、弱い電属性の魔法で彼女の体を麻痺させる。その後、先ほど自分が切り落とした左腕を拾い上げ、彼女の肩につけて、接続の魔法で元に戻す。

「ノロイ、少し、お話しよう」

「時間稼ぎになるなら、なんでもしますよ」

「時間稼ぎにはならないわ」

 そう言って、しゃがみこんだハープは、その両の翼で彼女を抱き上げた。

「追いながら、話すからね」

「恥ずかしいですね。こんな姿を先生に見られてしまうのは」

「いや?」

「別にいいですよ」

 ノロイは、自分が負けたことを素直に受け入れていた。そもそも最初からハープは、この状況を作り出すつもりだったのだ。おそらく本当は地中に組み込んだ術式を起動してノロイを戦闘不能に追いやるつもりだったのだろうが、それを防がれて、こういう形になったというそれだけのことだったのだ。

「痛かったでしょ、ごめんね」

 ハープは、血で染まったノロイの腹部を、優しく翼で撫でる。ノロイは自分の背に何か無数に固いものがあたるのを感じ、ハープがその厚手の服の中に、刃のストックを大量に隠し持っていることに気が付いた。

「ハープさんは、今の戦いで何割くらい力を使ったんですか」

「消耗は全くしてないわ。これくらいの戦いなら、丸二日くらいずっと続けられる。本気さの度合いでいえば、七割くらいかしら」

 ノロイはそれを聞いて安心した。もしその言葉が本当なら、ハープの実力は、イグニスに迫るほどではない。

「ハープさん、私の健闘に免じて、街に戻りませんか? 私も、休みたいですし」

 ハープは首を横に振る。彼女がやることはもうすでに決まっているのだ。

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