3、エアの一日目
軽快な足取りで半壊した町を行くエリアルは、奇妙なほどその風景に馴染んでおり、誰もその姿を不審に思わなかった。エアの他にも、ひどい惨状を、ある意味どうしようもない事柄であると捉え、開き直って明るく生きようとしている者は多かった。シラクサでもっとも人通りの多いメインストリートは、もう再建されきっており、以前よりも道路は整っていて、とてもにぎわっていた。
エアは道行く人に、仕事を探すにはどこに行けばいいか尋ね、教えられた職業案内所に向かった。
「エリアル・カゼット」
名前を聞かれたのでそう答えると、受付のやつれたお姉さんは眉をひそめた。
「……没落した貴族や王族のかたですか?」
「え?」
「こういうところに来る人は、普通家名なんて持ってませんし、笑われますよ。エリアルで登録しておきますね。それで、何ができますか? 使える魔法は? 体はどれくらい動きますか?」
エアは、自分が使える魔法は何だろうかと考えたが、それを思い出そうとしても頭が痛くなるだけだった。
「……多分、魔法は使えない。体は動くと思う」
「……そうですね。魔力量は並程度にはあるみたいですし、がれきの撤去作業がいいでしょう。ここから大通りを南に行ってください。そこから右に曲がったところに……」
エアが紹介された場所は、きわめて劣悪な環境だった。力の魔王エクソシアは街の半分以上の建物を破壊したが、そのほとんどはそのまま放置されており、それを片づけないことには新しく立て直すこともできない。町の中心部はすでに新しい建物が建っているが、そこから少し外れたところは悲惨な有様だった。死体はすでに片づけられている様子で血の匂いはしないものの、無理やり安い給料で働かされている労働者たちの汗と熱で、むせかえるようだった。
エアがそこの責任者らしい比較的マシな服装をしている男性に声をかけると、男はエアに説明をはじめた。仕事の内容はガレキの撤去作業。細かい指示は現場の監督官に仰ぐこと。給料は次の日の朝に支払われるらしい。夕方を過ぎてから、それぞれの労働者がちゃんと働いていたか監督官から報告を受けて、それにふさわしい給料を各々に支払うとのことだった。
エアはその説明を話半分に聞いており、そんなことより早く働きたかった。体を動かして、誰かの役に立つということはそれだけで楽しいことなのだとそう思っていたのだ。
はじめこそエアの動きはぎこちなかったが、三時間が経つ頃にはエアは誰よりも懸命に効率よく働きはじめた。彼女は、自分の体の魔力回路が、自分の感覚と少しずつ馴染んできているのを感じた。病み上がりの体が、だんだんといつもの調子に戻っていくのと同じ感覚だ。
それと同時に、自分の中から湧き上がる力のようなものを感じた。
「いついかなる時も前を向いていること」
エアは自分の左手を見つめた。ぎゅっと手を握って力をこめると、その皮膚の表面が金属的な白い光沢を帯び始めていることに気が付いた。その様子は異様なものだったが、エアはそれに見覚えがあった。
「おい、そんなところで休むな! 危ないぞ!」
半壊した二階建ての民家のそばに突っ立っていたエアに、監督官が声をかける。休んだり、サボったりすること自体を咎めているわけではない。ただ、彼はぼうっとしているエアに親切心で声をかけたのだ。実際、その日エアが働き始めてから、彼女が彼女なりに懸命に仕事をこなしていることを、監督官はちゃんと見ていたし、当然記録もとっていた。
「ん? お前それ……」
監督官は近づいていくと、エアの左腕に鎧のようなものが発現しつつあるのに気づいて、その手を凝視する。
皮膚に出現したきらめく白い鎧は、肩まで彼女の体を覆っていったが、そこで発現は止まった。
「その白い鎧は……概念形装? この目で直接見たのは初めてだ。お前、何者だ?」
「概念形装?」
「知らないのか」
「思い出せない」
監督官はため息をついた。子供を諭すように、背の高い彼は少しかがんで目線を合わせた。
「精神の具現化だ。物語とかにはよく出てくるが、実際に扱える人は本当に少ないらしい。そのメカニズムも、よくわかってない。俺が言えるのはそれくらいだが……でも、この仕事に役立ちそうだな、それ」
エアは何か答えようとしたが、考えがまとまらなかった。それどころか意識がもうろうとして、足元がふらついた。監督官は慌ててエアの体を支えた。激しい労働で疲労がたまっていた……というわけではなさそうだった。エアがふらつくと同時に、彼女の左腕を覆っていた鎧が、彼女の皮膚に吸収されてなくなった。するとエアは「あぁ、ごめん」と監督官に謝って、再び自分の足で立った。
「相当魔力を使うみたいだな、それ」
「うん。何かに使えるかなって思ったけど、無理かも。あとおなかすいた」
生物の魔力の循環には、媒体となる有機物、つまり食事が必要となる。激しく魔力を消費する行動をとるほど、当然、補給する必要がある。
「……まぁいいか。昼休みは一時間後だが、早めに休んでていいぞ。ついてこい。今日の分の配給を出してやる」
「ありがとう」
エアは、その人懐っこく明るい性格と、親しみやすい容姿から、すぐ人と仲良くなることができた。