23、皇帝の眷属
「ヴァイスちゃんって、皇帝の眷属なんでしょ? 眷属ってそもそも何なの?」
三人は道をのんびり歩きながら、気になることを互いに自由に質問しあっている。特にエアは、ヴァイスの生い立ちに興味津々であった。
「えっと……眷属の魔法については、リナさんから聞いた方がわかりやすいと思います。私はあまり詳しくないので」
「リナちゃん教えて」
「一般的な眷属召喚の魔法についてでいいの?」
「はい」
「うん。眷属召喚は、基本的に体の一部を切り離して自立させる魔法のことを言う。一応私も簡単なのは使えるから、見ててね」
カタリナは、自分の右腕の爪を左手でべりっとはがした。
「うえ。痛くないんですか」
「右腕だけは痛覚取ってあるから」
その剥がした爪を宙に放ると、それが一枚の蝶の羽になり、補完するように、胴ともう一枚の羽が出現し、ひらひらとカタリナの周りを舞った。
「この蝶は、私の爪としての機能を残したまま、自立している。私が私由来の魔力を供給している限り、ずっと自律的に動き続けることができる」
「ほえー。すごーい。え、じゃあリナちゃんの右腕全部使ったら、いっぱい蝶出せる?」
「出せるよ。それにこの蝶は、魔力の糸を分泌するから、単体でも簡単な術式な構築できる。離れたところから術式を構築させることもできるし、広い範囲に効果を及ぼす大規模術式を組む際にも、結構役に立ったりする」
「私も練習すればできる?」
「できない。眷属召喚の魔法は、自分の肉体に刻み込む類の魔法だから、先に自己改造系の術式を覚えないといけない」
「なーるほど。え。それじゃあヴァイスちゃんは、皇帝の体の一部っていうこと?」
「えーっと。その辺よくわからないんですよね。私の側からだと、陛下と繋がってる感覚はありませんし、そもそも眷属の中には他の人間と子供作っちゃった子とかもいるんで、そういうの普通無理なんじゃないですか? リナさん」
「無理というか、そもそも定義上おかしい。眷属は食事をとらないし、自律的に動くと言っても、単純なことや命令されたことしかできないはず」
「普通にご飯食べますし、命令にも背きますよ?」
カタリナはヴァイスの方を横目で見ながら、じっと何かを考えるそぶりを見せながら、語る。
「皇帝の使う眷属召喚、使役の魔法は、眷属召喚という魔法のカテゴリにも含まれていない、何か特別な魔法なんだと思う。おそらくは……自らの劣化コピーを生み出すような」
「あぁ、劣化コピーって話なら、眷属同士でもよくしますよ。あと、陛下のことをお母さんとかママって呼ぶ子もいます。あと、年上の眷属をお姉さんって呼ぶ文化もあります」
「ん? ちょっと待って。皇帝の眷属って、どれくらいいるの?」
「正確な数は把握してませんが、だいたい千二百とかそれくらいだと……」
「……帝国の皇帝って何なの?」
カタリナは心底呆れたような表情でため息をつく。
「ほえー。子だくさんなんだなぁ」
「あはは。帝国内じゃ八百年も生きてるのに処女だって馬鹿にされることも多いんですけどね」
「どこから突っ込んでいいのやら……っていうか、これも皇帝に聞かれてるかもしれないんでしょ? いいの?」
「陛下は自分の悪口を聞くのが好きな変態さんなんで平気です」
「なんで?」
「多分、崇拝されたり愛されたりすることに飽きてるんじゃないですかね。私は比較的若い眷属なんで、よくわかりませんが」
「ねぇねぇ。ヴァイスちゃんっておいくつ?」
「百三十くらいですかね? 数えてないですけど、眷属の中じゃ結構若い方ですよ」
「ほえー。長生き。あれ? リナちゃんっていくつだっけ」
「三十手前」
「まだまだ子供じゃん」
「いや、白竜人種でもだいたい二十歳くらいで成人になりますよ。そこからが長いだけで。ところで、エアさんは?」
「おぼえてなーい!」
「竜人種の寿命って、二百くらいだっけ」
「何事もなければ三百くらいまで生きるらしいですよ。眷属は不老なんで関係ないですけど」
「不老? 不老なのに子供が作れるの?」
「意味わからないですよね。前そのことを陛下に聞いたら、眷属の不老性は皇帝から分け与えられたもので、眷属たち自体は不老化前の陛下の肉体をベースに作られているから、みたいな話を超早口でなさってましたよ」
カタリナはため息をついてから、話を変えた。
「そういや眷属にも戦闘用に作られた人たちがいるって前言ってたよね?」
「あぁそれ私も気になる」
「えっとですね。眷属と言っても、仕事にいろいろ種類があって、まぁなんたら班って呼ばれてるんですけど、私の場合は調査班に所属してるわけですね。そのノリで、戦闘班ってのがあって、軍の中枢に何百年も居座ってるやべー奴らがいるんですよ。顔とか姿かたちとかを変えて、代わりばんこで出世して。帝国って、表向きにはフェアな競争社会ってことになってるんですけど、人生十回目、みたいな眷属たちが結局は国家の中枢を担うことになっちゃうんですよね。まぁ一部の天才が上がってくることはあるんですけど、死んだら終わりですし、不老になったとしても、たいてい途中で疲れちゃったり飽きちゃったりで、同じ仕事は続けませんし。善悪の彼岸のメンツも、結局そういう人たちの集まりですしね」
「なんか急に話難しくなったね」
「でも興味深いな。政治や軍事が、眷属同士の太いパイプで作られる出来レースってわけか」
「いえ。出来レースというより、不老者であることの有利を、正々堂々と定命の者たちに押し付けてる感じですね。それも、他の人たちにわからないように。やーな奴らです。んで、結局すごく才能のある普通の人たちがうまくのし上がっても、結局は人生観が超越してる眷属たちとうまく付き合っていくことを強要される。帝国って、皇帝陛下の意志で動いているというより、眷属たちと、あと、帝国の中で力を持ってる数万の他の不老者たちの『皇帝陛下ならどう思うか』で動いてるんですよね」
「数万?」
「あぁ、はい。不老の術式って、そんなに難しくないじゃないですか? 帝国では毎年何百っていう人が不老者になってますし、その半分くらいの不老者が自殺してますよ」
「異常だな、帝国は」
カタリナは、そんな世界のことはうまく想像できなかった。不老の術式は、魔術の天才的な才能がなければ容易には習得できず、それに半生をつぎ込むものも少なくない。きわめてすぐれた才能を持って生まれたカタリナの場合でも、二年間、研究と鍛錬に励む必要があった。そういったレベルの術式を習得する者が、毎年何百人規模で生まれ続ける国。何が起こったら、そんなものが出来上がるのか。
「なんか、帝国って面白そうだね。一度行ってみたいなぁ」
「もし許可が下りたら、私が案内しますよ?」
「えー! ありがとう! でも許可って下りるの?」
「どうなんでしょうね。帝国は基本的に入るのも出るのも難しい閉鎖的な国なので。私たち眷属は結構例外なんですよ。一応皇帝の手足なわけですし」
「ねぇヴァイス。皇帝って冗談抜きで、どんな人なの?」
ヴァイスは、んー、と明るく唸りながら空を見上げて考える。
「多分、性格的なところでは、平均的な白竜人女性。穏やかで、愛情深くて、保守的で、冷静で、知的。能力的なところでは、なんていうかもう、人間をやめてますね。八百年間自己拡張を行い続けてるからか、もうその思考がどういうものなのか誰にも分らなくなってます。魔法についての理解も飛びぬけてて、わけわかんない魔法をなんでもないことかのように使いこなしてますしね。あの人、転移の魔法、遠隔で使えるんですよ。好きな対象を、好きなところに飛ばせる。おかしくないですか? それって」
「どういうこと?」
「陛下がその気になれば、私たちはいつでも、玉座の前に召喚されるってことです。私、一度されたことあって、その時にはびっくりしちゃいました。ま、玉座といってもすげー狭い仕事部屋みたいな感じなんですけどね」
「眷属だから、とかじゃなくて?」
「ザルスシュトラさんも同じことされたって言ってました」
「あいつも眷属なんじゃないの?」
「眷属は全員女性なんで違うと思います」
「もう何が何やら」
カタリナはやれやれと言った様子で首を振る。エアの方が、質問を重ねる。
「え、それじゃあ眷属ってみんな同じ顔してるの?」
「いえ、体型も、顔つきもそれぞれ違いますよ。体のベースは皇帝陛下のそれなので、多少共通点はありますけど、結構ぶれてるんですよね。私は陛下より中性的な見た目ですし、背も高いです。胸も少し大きいです。陛下のはぺったんこなので」
カタリナとエアは顔を見合わせる。胸のサイズは、この三人の中じゃエアが一番大きいが、しかし目立つほどのサイズではないし、言われなけばそれぞれ気にすることもなかったようなことだ。
「ところで、エクソシアは、本当にこっちの方角にいるのかな?」
エアは、先ほどの街、ラグーザも、今通っている道も、その先にもう見えつつある次の街、ジェーラも、何かに襲われて破壊された痕跡は少しもなかった。それどころか、魔物一匹遭遇することなく、平穏無事に旅が進んでいた。
「噂話を聞く限と、人の少ない森や山の方を通って、西に向かっていったらしいですけど」
「ねぇリナちゃん。魔王が移動するときって、何かを目標にして移動するの?」
「さぁ。私が遭遇したことのある魔王はみな、人間を苦しめることしか考えてない魔物らしい魔物だったから、近隣の人間の多いところを目指してた気がするけど」
「エクソシアは、周囲の魔力を吸収しながら移動するみたいなんで、人の少ないところを通る分には、魔物が減ってむしろ平和になってますよね」
「でも結局、そこで溜めた力を、シラクサみたいな人の多い都市部で振るうなら、とんでもない魔王だと思うけど」
「それはそうですね」
ジェーラに到着して、一向はあることに気づく。人々の表情があまりに暗く、町全体に不穏な空気が漂っていることに。