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22、戦闘的自己紹介

 朝、エアとカタリナのふたりが伝えられていた広場に到着すると、すでにザルスシュトラと白竜人のヴァイスが立って、話をしていた。

「もっとさりげなくできなかったんですか?」

「策を練る時間がなかったんだ。だいたいイグニスが悪い」

「ふたりとも、策士っぽい性格じゃないですもんね……」

「その点、唯一帝はまさに策士って感じの性格だな」

「陛下は、くだらない企みごとなんてしませんよ」

「そうかな? お、君の新しい仲間たちが来たみたいだぞ」

 エアとカタリナは顔を見合わせて、今の話は聞いてよかったのだろうかと、少し気まずい思いをした。

「さてと、実のところ、私は忙しくてね。ささっと紹介を済まさせてもらう。彼女はヴァイス。善悪の彼岸の一員にして、帝国のスパイだ。私を監視するために送られてきているが、実際はとても仲が良く、隠し事なんてひとつもない」

「ところどころ嘘つくのやめてもらえますか?」

 ヴァイスは、その見事な白髪のポニーテールを揺らしながら、ザルスシュトラの頭に軽くチョップをかました。背伸びせずそれができる彼女の背丈は、長身のザルスシュトラよりほんの少し低い程度だった。

「帝国の、スパイ?」

 エアが間抜け面で尋ねる。

「あー……もうめんどくさくなっちゃったじゃないですか」

「隠しておくつもりだったのかい? その髪の色と、背中のもっこりで?」

「もっこりって言うのやめてもらえますか?」

 ヴァイスの背には、確かに不自然な盛り上がりがあり、その中には二枚の翼がしまわれていた。服は、あくまでそれを前提として作られており、苦しくはなさそうだった。

「白竜人、か。初めて見るな」

 カタリナが、上に下にとヴァイスの全身をじろじろ見ながらそう言った。

 確かに、ヴァイスは思わず振り返りたくなるほどの美人だ。まぶたは大きく開いており、眉は整っており、鼻が高くて、口元は薄く、上品だ。中性的が外見で、声を聞かなかったら細身の男性かと思っていたかもしれない。

「あ、はい。白竜人です。一応その、唯一帝陛下の眷属で、彼岸との連絡役ということになってます」

「それじゃ、私は忙しいからおいとまさせてもらうよ」

「えっ? ちょ、ザルスシュトラさん?」

「あとは自分で説明してくれ」

「えー。ちょ、待ってくださいよ」

 ザルスシュトラはヴァイスの制止も空しく、自由気ままに風に乗って去っていった。

「イスちゃんって呼んでいい?」

「あ、はい。どうぞ」

「よろしくね、イスちゃん」

「うん。えっと、エアさんであってますよね? で、隣のかたが、カタリナさん」

「よろしく。それで、さっきのザルスシュトラの説明は、どこまで正しいわけ?」

 いきなり窮地に追い込まれたヴァイスは、頭を素早く回転させて解決策を練ったが、結局は全部打ち明けてしまうほかないと諦めることにした。

「だいたい正しいですよ。その、いつかは本当のことを言うつもりでしたが、最初はもっと普通に信頼関係を築いてからにしたかったんですよ」

「はいはい。それで?」

「なんか、イグニスさんはエアさんたちに魔王を倒させたいらしくて、戦力が足りないからということで、私が抜擢されたんです。唯一帝陛下も、私を送るのがいいだろうと。あと私、一度、冒険者みたいなことをやってみたくて。その、いいじゃないですか。仲間と強敵を破って絆を育む、みたいなの。帝国で暮らしてたら、そんなの絶対できませんし」

 エアとカタリナは互いに顔を見合わせる。同時に、首をかしげる。ふたりが、言葉を使わずにお互いの気持ちを通じ合わせる仕草は、もうすでに何年も一緒に過ごしている友人かのようだ。

「あのさ……正直、ちょっとあなたのキャラクターがわからない」

「きゃ、キャラクターですか? えっと……その、眷属の中だと問題児扱いされることが多いです」

「じゃあなんで皇帝は、そんな問題児を送ってきたわけ?」

「そ、それは……」

「リナちゃん。あんまり問い詰めちゃかわいそうだよ」

 エアになだめられて、カタリナは肩をすくめる。目の前のおどおどした白竜人と、どう関係を作っていけばいいのかわからなかった。

「でも、仲間になるならお互いのことをよく知らないといけないでしょ?」

 エアは少し考える仕草をしたあと、名案だと言わんばかりに手を打った。

「そうだ! 戦えばいいんだよ!」

「はい?」

「ん?」

「よし、そうしよう」

 そう言って、エアは右手に概念形装を発現させて、先ほどカタリナと街で買ったばかりの安い杖を握った。

「イスちゃん! 勝負だ!」

「え? あ、はい」

 カタリナは額に手を当てて、頭を傾げて呆れたような仕草でため息をついたが、そのあとすぐに笑った。エアは多分、新しいおもちゃを試したいだけなのだ。

「お互いある程度加減してね」

「うん!」

「もちろんです」

 ヴァイスの方は何も取り出さず、構えもせず、突っ立っている。ただその表情は真剣で、エアの体全体を冷静に見据えている。


 広場の中央部でふたりはじっと睨み合っている。カタリナは、周囲の人々を危ないからと遠ざけたが、娯楽の知らせを聞きつけた多くの人々が次から次へと広場の周りに集まってきていた。

「イスちゃんは、魔法使える?」

「そりゃ、使えますよ」

「戦うの、得意?」

「得意ではないですね。眷属の中だと……戦闘能力は真ん中より少し上くらいだと思います」

「ふぅむ。じゃあお手並み拝見と行こうか!」

 エアは杖を振るった。

「アイスボルト!」

 名を叫ぶのは、魔法を使い慣れていない者特有の動作だ。自分が何をするか自分自身で確認することによって、魔法の発動を安定させることができる。

 氷のつぶてが短い杖の先に出現して、打ち出されてゆく。ヴァイスは何も言わず、右手を開いて体の前にかざした。エアが放った氷の塊は、透明な魔力の壁に阻まれて砕け散る。

「だめかぁ」

 カタリナは、肩を落とすエアを見てほほえましく思った。

 今エアが放った魔法は、学術的な意味ではアイスボルトではなく、それより少し難しい魔法だ。アイスボルトは、釘やねじなどの先のとがった物体に魔力を込めて射出する魔法で、彼女が放ったのは、空気中のエーテルを杖の先に圧縮し、冷属性で固めることによって弾丸を形成してから放つ、アイスストーン、またはアイスショットと呼ばれる魔法であった。

 それを防いだヴァイスの方は、エアの様子を見てどう戦っていいのかわからない様子で少し困惑している。

「じゃあ次は、もうちょっと激しくいくよ」

 エアは杖を動かして術式を構築し、詠唱を始める。

「円環を為す灼熱の針よ、汝を守る薄氷を壊し……」

 エアが杖を円を描くように回すと、中に熱の魔力を宿した氷の礫がそのあとに出現し、ゆっくりと回転している。エアは、杖をまっすぐヴァイスに向けて。

「敵を貫け!」

 魔力を込めると、次々と並べられた氷のつぶてが続々と射出されていく。射出されたそれは、次々に補充され、その回転と射出は止まることなく続く。

 ヴァイスは先ほどと同じ動作で魔力の壁を作るが、最初の一発を防いだ瞬間、爆発が起きて、魔力の壁の維持が難しいことを悟ったが、もう遅い。次のつぶてがヴァイスの眼前に迫る。間一髪でかわすが、かわしてから、自分の後ろには街の建物があり、避けちゃいけなかったことを思い出して「やば」とつぶやいた。ヴァイスはつぶてを次々と軽快な動きでよけながら、その向かう先を目で追ったが、建物にぶつかる前に小さな爆発を起こして消失したのを見て、エアの魔法の技術が、その詠唱のぎこちなさと比べて、はるかに高度であることを理解した。

 カタリナは、エアが失敗したときのために建物や人々の群れの前に保護の結界を張っていた。ヴァイスは振り返ったときに、カタリナが施した結界にも気づいたため、戦いに集中することにした。

 ヴァイスは再びエアの方に視線を戻したが、残っていたのは、自分を狙って回り続ける氷のつぶての術式のみだった。その術式の最後の一発を避けてから、気配を感じて、右方に振り返る。

「こっちだよ!」

 杖を逆手で握ったまま、エアは拳を振り上げる。ヴァイスは腕を上げて防ごうとする。エアの白鎧に覆われた右腕と、ヴァイスの生身の前腕がぶつかる。吹き飛ばされたのはヴァイスの方だったが、彼女は自分の後方のエーテルの硬度を少しあげて、クッションとして利用し、その跳ね返りで反撃を試みた。エアの方は、先ほどの強打の反動で、体制を崩していた。ヴァイスの、勢いを利用した回し蹴りが、エアの脇腹に直撃する。

「うぐ」

 エアは、ヴァイスがしたように自分に触れる空気の硬度を調整して体勢を立て直そうとするが、うまくいかない。自分で固めた空気の壁にぶつかりダメージを受けてしまう。何とか足で地面に着地するので精一杯だった。

「イスちゃん、さっきの無傷?」

「はい。硬化させておいたので」

 そう言ってヴァイスは袖をまくり、左腕の前腕を見せる。爬虫類のうろこのような装甲に覆われている。


「竜人種は、うまれつき近接戦がめっぽう強い。もう片方の子の戦い方も面白いが、分が悪いだろうな」

 カタリナの後ろで、腕組みをした男が周囲の者たちにそう語る。

「よし。じゃあリナちゃん交代!」

 そう言って、エアは持っていた杖をカタリナの方に投げる。カタリナはそれを受け取り、ヴァイスの前に立つ。

「でもこの杖いらない……」

 そう言って、脇の方に退場したエアに杖を投げ返す。

「私には手加減いらないからね」

 ヴァイスは困ったような表情を浮かべる。

「いや、こっちが手加減してほしいんですが」

「私のことは大体知っているってわけね」

「シグさんに勝ったらしいじゃないですか。あの人、強いのに」

 確かにシグは、極めて戦い慣れした人物であり、ユーリア大陸のギルドの指標なら、文句なしで最高クラスの冒険者と同等の実力を認められるレベルとカタリナは評価していた。

「まぁ、試してみないと分からないでしょ?」

「そうですね」

 今度は、ヴァイスはしっかり構えをとる。緑がかった白色のうろこが、彼女の顔をおおうが、それでも彼女の容姿は美しい。両腕も完全にうろこに覆われている。

 カタリナは、いつものように左手でサーベルを抜き、魔力の斬撃を放つ。ヴァイスはぎりぎりまでその魔力の塊をよけずに見つめている。いや、その向こうのカタリナの様子を注視している。カタリナはヴァイスが動かないのを確認してから、右手でポケット中の釘を掴んだ。

「エア。アイスボルトは、固体の物質に冷の魔力を付与した魔法のことを言うんだよ」

 ヴァイスの方を注視しながら、その釘を無造作に空中にほおる。それらは、地面に接触する直前に、即座に凍結し、さらに、釘のとがった部分がさらに伸びてヴァイスの方を向いた。ヴァイスは、魔力の斬撃を体で受け止めたが、ダメージはほとんどなかった。次の攻撃に対する準備を整えている。

 正しい意味での十数のアイスボルトは、地面より少し浮いた場所から動かない。カタリナは、そのまま左手のサーベルを振り上げて、さらにもう一撃、二撃、振りぬく。その斬撃波が次々とヴァイスに襲い掛かる。ヴァイスは、それも体で受け止めようとしたが、斬撃の波がヴァイスに届くより先に、それを追い越してカタリナの本体が飛び出してきた。

 その動きを予想していたので、ヴァイスは対処に焦ることはなかった。体をひねって、斬撃を避けられる体勢のまま、突っ込んでくるカタリナが振り上げているサーベルに合わせて、右足を振り上げる。竜人種の蹴りに、カタリナの腕は耐えられない。カタリナはサーベルを握った腕の力を抜いて、あらかじめ硬化と治癒の強化を施す。

 蹴られた腕の先にあるサーベルが宙を舞う。もし相手がカタリナでなかったなら、ヴァイスはここで追撃し、戦いを決定づける一撃を狙いに行くが、先ほどカタリナが用意したアイスボルトが温存されている。ヴァイスはバックステップで下がるが、カタリナの手から離れたはずのサーベルが、自分をめがけてまっすぐに襲ってくるのを見て、体を横にねじる。腰に掠ったが、ダメージはない。しかし、地面に突き刺さったサーベルに魔力の反応を感じて、飛びのく。電撃が、一瞬地面に残ってたヴァイスの左足に響く。動けなくなるほどではない。

 さらに攻撃は続く。地面を離れたヴァイスに、先ほどの十数の氷の釘が襲い掛かる。釘は、もはや小剣と呼べるほどその先端が長く引き伸ばされており、正確にヴァイスの体を貫きに来ていた。竜人種の有機的な装甲は、打撃や斬撃に対してはめっぽう強いが、刺突に対してはそれほど強くない。一点に強い負荷が加わると、簡単に貫かれてしまう。

 ヴァイスは空中で体勢を立て直し、右手を広げて魔力の壁を形成する。もし爆発してこの壁が維持できなくなっても問題がないように、後ろに下がりながら新たな壁を生成し続ける。その選択は正しかった。釘は爆発しなかったものの、壁一枚を容易に貫いてきた。次から次へと氷の釘は襲い来るものの、壁は一点が貫かれても他の部分は残るため、それぞれぶつかり、減速し、最後には止まった。

 猛攻を耐えきったヴァイスは、広場の中央で自分を冷たい表情で見つめているカタリナを見て、苦笑いをした。

 カタリナの周囲には、先ほどのアイスボルトと同じものが、先ほど襲ってきたのとは倍用意されており、叩き落したはずのサーベルも、彼女の左手の中にあった。

 何より威圧的なのは、先ほどは一切使っていなかった右腕が、氷の結晶を身にまとって巨大化していたことだ。

「あの調子でずっと攻められたら、何にもできませんよ」

 大げさなため息をつきながら、ヴァイスは両手をあげて降参の意を示した。

 カタリナの右腕を覆っていた氷が融け、同時に地面の上に静止していた氷の釘もとけて、その右腕に吸い込まれるように、集められ、彼女のローブの内ポケットにしまわれた。

「皇帝の眷属と聞いたからどんなもんかと思ったけど、けっこう普通の竜人種なんだね」

 その言い方に、ヴァイスは少しむっとするが、反論はできない。

「そうですよ。私ら眷属は、戦闘用に特化して作られた子以外は、結構普通の人間です」

 とはいえ、竜人種はその人種自体が戦いに特化したような体を持つ者たちだ。細かい魔力操作に関しては、純人種の方が優れている傾向にあるものの、それ以外の部分では、他人種の追随を許さない。

「でも、これに関しては確かにエアの言った通りかもね」

「何がですか?」

「戦ってみれば、お互いのことがわかるっていうこと。ヴァイスは一貫して冷静だったし、判断も正しかった。馬鹿っぽいと思ってたけど、そんなことはないみたいだね」

「……リナさんは、人を試すのが好きなかたなんですね」

 エアが駆け寄ってきて「私は?」と元気よく尋ねる。

「エアさんは、素直でかわいらしいかたなんだなぁと思いました」

「正解!」

「自分で言う?」

 三人は笑い合いながら、それぞれ何とかうまくやっていけそうだと安心した。

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